第18話 ワタクシにだって意地がある
夜明け、太陽がゆっくりと昇り森を照らす。動物たちが目覚めて活動を始めたのか鳴き声が耳に入るそんな朝、カナリアとフィオナは全力疾走していた。
「フシャァァァァアァァ!」
原因は後ろから迫ってくる大蛇、レッドサーペントという中級モンスターだ。真っ赤な瞳とその巨体の赤錆びた鱗からそう呼ばれている。
朝になって、カナリアたちはあまり動かないほうがいいだろうと待機していた。きっと、捜索隊が自分たちを探しているはずだ。それに迂闊に動き回って迷うよりかはいいと判断したのだ。
来た道は分かっているものの、迷わないとはかぎらないのだ。大人しく助けがくるのを待っているほうがいい。そうやってフィオナとともに周囲を警戒していた時だ、草を潰し這う音を耳にした。
カナリアはフィオナを引っ張って茂みに隠れた。現れたのはレッドサーペント、その巨体を這わせながらきょろきょろと辺りを見渡している。
中級モンスターがいるということは自分たちはかなり奥まで迷い込んでしまったようだ。
カナリアはレッドサーペントがいなくなるのを待つのだがなかなか移動しない。その様子はまるで何かを探しているかのようだった。
餌を探しているのかもしれない。見つかれば面倒なことになりかねないなと思っていると、ぱきりと枝を踏む音が響いた。くるりと振り返れば、フィオナがやってしまったといったふうな表情を見せている。
レッドサーペントは地面から伝わる僅かな振動を聞き分けたのか、首をこちらに向けた。
「フシャァァァァ!」
こうして、見つかってしまい必死に逃げているのだ。どうにか森の奥に行かぬように来た道を戻ってはいるものの、相手は諦める様子はない。
(ワタクシだけならまだ……)
カナリアだけならば逃げきれなくもなかった。今なら体力も魔力もあるため、逃げることに徹することができる。けれど、フィオナがいるのだ。彼女を放っておけるほど薄情ではない。
フィオナは体力がないなか、必死に走っている。だが、力尽きるのも時間の問題だろう。
(倒すしか……でも、できるの?)
下級モンスターを相手にするわけではないのだ。ボアのような存在ではない、レッドサーペントは牙に毒がある。
それを受ければ全身は痺れ、動けなくなる。彼らはそうやって動けなくして獲物を食らうのだ。
フィオナを見遣れば、彼女の表情は限界といったふうに青ざめているのでこのままでは息が持たない。カナリアは周囲を見渡す、できれば広い場所へと移動したい。
ふと、地面が見える空間が目に留まった。カナリアはフィオナの手を引いてその場所へと移動する。
そこは草も疎らで木々も密集していなくて広い場所だ。此処ならばとカナリアは立ち止まり、レッドサーペントに向き合った。
「か、カナリア……さま……」
「フィオナさん、下がっていなさい」
指示に従うようにフィオナは下がり、息を整えようと空気を吸い込む。レッドサーペントは獲物を捕らえたように、鋭い視線をカナリアたちに向けていた。
カナリアは構えの姿勢を取って籠手に魔力を注ぎ込む。ぼっと淡く光ると冷気が宿った鉤爪を出し、冷気を集中させる。鋭い氷の刃となった鉤爪で空気を裂いた。
冷気が一気に溢れ出る、それは風と共に混じり刃となってレッドサーペントを襲った。切り裂いた、そう思ったのも束の間だ。
鱗が防具の役割をしているのか、傷一つつけることができなかった。
(下級魔法じゃダメですわね……)
カナリアは構えの姿勢を崩さすに相手を観察する。レッドサーペントは鳴き声を上げて牙をむき出し飛び掛かってきた。
それを飛び避け、カナリアは胴体を蹴り上げる。びくりとレッドサーペントは反応するもダメージは通らない。
(火属性は効かない相手だから……)
カナリアは必死にレッドサーペントの特性を思い出す、相手は火属性耐性を持っていたはずだ。苦手なものは寒さ、水属性の攻撃が有効なはず。
カナリアは籠手に再び魔力を注ぎ込み、冷気を帯びさせる。鋭い刃と化した鉤爪でレッドサーペントの胴体を切り裂いた。
「ギャアァアアアァァァアアアッ!」
鱗を剥いで傷をつけることに成功した。痛みに声を上げるレッドサーペントだが、それでも逃げることなくカナリアに牙を向ける。
噛みつくレッドサーペントの牙を避けながら、カナリアは攻撃を試みる。鱗を剥ぐことはできるが致命傷まではいかない。
もっと魔力を注ぎ込めば何とかなるかもしれない。だが、フィオナから意識をそらすため注意を引き付けている身としては迂闊な行動はしたくない。
レッドサーペントは自身の胴体を鞭のように呻らせる。たっと飛びそれを避けるが、狙ったかのように大口を開け噛みついてきた。籠手で牙を跳ね退けて空中を一回転し着地する。
(危なかった……)
少しでも判断を誤っていれば、牙が身体に食い込んでいただろう。カナリアは構えの姿勢を保ちながら、レッドサーペントと睨み合っていた。
「か、カナリア様……」
フィオナは木々の影に隠れながらその様子を見守っていた。何もできない自身が歯がゆくて、悔しくて。
でも、今何かすればカナリアの迷惑になってしまうとフィオナはロッドを握り締める。
自身にもっと力があれば、もっと魔法が上手ければ、体力があれば。フィオナは泣きそうになりながらも、レッドサーペントから目を逸らさなかった。
カナリアはレッドサーペントの突進を避ける。レッドサーペントは身体を鞭のようにしならせて、草木をなぎ倒した。
「きゃっ」
フィオナの悲鳴にカナリアは反応する、その隙をレッドサーペントは逃さなかった。ぐるりと身体をしならせ、鞭のように振る。
「ぐはっ」
カナリアの身体に当たり、勢いよく吹き飛ばされた。そのまま木に衝突して身体が軋む音がした。ごろんと地面に転がり倒れる。
「カナリア様!」
フィオナはその光景に思わず叫んで駆け寄った。
カナリアは呻いている、まだ息はあった。回復魔法を使えばまだ何とかなる、そう思うも目の前にはレッドサーペントがいる。レッドサーペントは赤い瞳でフィオナを捕えていた。
(こわい)
フィオナの身体を恐怖が支配する。今すぐ逃げたい、そんな衝動にかられる。それをぐっと堪えながら、ロッドをレッドサーペントに向けた。
カナリアを放っておくことはできない。自分を守ってくれたのだ、彼女は。
「わ、私はカナリア様の友達だから!」
恐怖から零れる涙など気にも留めず、フィオナは魔法を放つ。レッドサーペントはそれを受けるもびくともせず、その身体を使いフィオナを弾き飛ばした。
激痛がフィオナの身体を襲う。地面に倒れながらも、なんとか意識を保ち立ち上がろと腕に力を入れる。目の間には牙を向けたレッドサーペントがいた。
もうだめだ、そう思った時だ。
目の前に風が吹き荒れた。それはレッドスネークを覆うとその巨体を弾き飛ばす。
「フィオナっ!」
ルーカスの声だった。起き上がり後ろを振り返れば、額から汗を流すルーカスの姿、その傍にはノアもいる。その表情は酷く怒りの形相であった。
「大丈夫か!」
「わ、私は大丈夫。カナリア様がっ!」
「ワタクシがなんですって?」
冷静ないつもの変わらぬ声音にフィオナはびくりと肩を震わせる。カナリアは立っていた、レッドサーペントを睨みつけながら。
猫耳をぴくりと動かし、頬につく泥を拭う。尻尾をゆらりゆらりと振って、カナリアはすっと息を吸う。
「カナリア、離れるんだ!」
「ノア様、フィオナさんをお願い」
ノアの言葉など無視し、カナリアはそう言うと構えの姿勢を取る。その瞬間、彼女の周囲から魔力が帯びた。
溢れ出る魔力は冷気となり、地面を草を木を凍らせていく。冷気は吹雪いているのではないかと思えるほどに、周辺の温度は下がり冷え込んだ。
ぐっと足に力を入れてカナリアは飛ぶ。レッドサーペントは見上げ、食らわんとばかりに大口を開いた。
くるりと回転し、牙を避けレッドサーペントの額を殴り飛ばす。勢いで弾き飛ばされたレッドサーペントをさらに追撃する。カナリアは凍った地面を滑って鉤爪を振り下ろした。
引き裂かれる胴体、溢れる血。レッドサーペントは悲鳴を上げながらのたうちまわる。それでもカナリアの攻撃は止まない。猫が飛ぶように地を蹴り、狙いを定めるように鉤爪を向けた。
身体のバランスを取るように尻尾が立ち、僅かな物音を聞き逃さぬように猫耳が研ぎ澄まされる。
鉤爪はレッドサーペントの首を捕らえた。ぐさりと突き刺さる鉤爪を押し込み、カナリアは魔力を注ぎ込む。
冷気が広がり、そしてレッドサーペントの体内で弾け、無数の氷が身体を突き破った。
「ヒャ、ガァァアア……」
がくりとレッドサーペントは力なく倒れる。カナリアは鉤爪を抜くと倒れるその身体を蹴り、地面に着地した。
地面に伏すレッドサーペントの瞳孔は開き、息の無い様子に絶命したのは見て取れる。
「ワタクシにだって意地がありますのよ」
そう言ってカナリアは籠手に注いだ魔力をおさめた。
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