第17話 友になりたいのならば
手ごろな場所を見つけてカナリアは此処で野営をすることに決めた。木々も密集しており、隠れることもできる。物音も聞こえやすく、気配も辿るのに支障はないここならば問題はないだろう。
太い幹の木に寄り掛かるようにカナリアは座った。本来ならば火をくべて暖を取りたいところではあるが、光で魔物が寄ってくるのは避けたい。
「あ、あの……」
「どうかしたかしら?」
「火をおこしましょうか?」
「ワタクシ、魔物除け類の魔法は得意ではないの」
火をおこすにしても魔物に見つからないようにするには、魔除けの魔法と光を見せない夜火の魔法を使わねばならない。
カナリアは戦闘面に全振りされたステータスなため、火は熾せても補助魔法の類は一切といっていいほど使えないのだ。
そう説明すればフィオナが「私できます」とロッドを構えた。どうやら、彼女は補助魔法が得意のようである。
試しにと魔除けの魔法を使ったところ、上手く機能しているのを感じ取れた。これならば火を熾しても大丈夫だろう。
「夜火の魔法も使えまして?」
「は、はい! 大丈夫です」
「なら、火を出すわね」
カナリアはそう言って地面に落ちていた葉や枝を集める。籠手に魔力を宿すと、ぼっと炎が灯った。それを集めた枝に当てれば火が燃え移る。
「魔力の火は煙が昇らないから大丈夫でしょう。夜火の魔法をお願い」
「はい!」
フィオナはロッドを掲げて呪文を唱える。すると、炎からぽっと淡い光の玉が飛び出して、それは焚火を覆うように膨らんでいく。
カナリアは試しに少し離れた場所へと移動してみると、真っ暗で焚火があるようには見えない。夜火の魔法も機能しているようだ。
カナリアは焚火の傍に座るとフィオナはその少し離れた隣に腰を下ろした。
「フィオナさんは補助魔法が得意なのね」
「そうなんです。戦闘系の魔法はその……上手くいかなくて……」
はははとフィオナは頭を掻く。水属性の魔法ならば多少はできるのだがそれ以外となると駄目らしい。
「あとは光属性が少し……。あ、カナリア様はどうなんですか?」
「ワタクシ?」
水属性と火属性は使えるみたいですけどと、フィオナは問う。ボアとの戦いと火を熾した時のを見てそう思ったのだろう。氷の技は水属性からなるものだ。
カナリアは別に隠すことでもないからいいかと答えた。
「ワタクシは水属性と火属性、闇属性の三属性が適正。土と風は普通といったところかしら」
「光属性は?」
「苦手なのよ」
闇属性が得意なカナリアは、対となる属性である光属性が苦手である。これは普通のことで、もちろんそうでない魔導士も中にはいるのだが稀である。
魔除けの魔法も夜火の魔法も皆、光属性を利用するものだ。光属性を得意としないカナリアには難しいものだった。
「カナリア様は凄いですね」
「そんなことはないわ。補助魔法は苦手ですもの、ワタクシ」
「それでも凄いです。私は戦いが苦手なので……」
フィオナは寂しげに目を伏せた、少しの間だったと思う。彼女はあのですねと、遠慮げに話し出した。
「私、竜の神子のことしか父から教えられていなくて……」
父は竜の神子としての役割だけをフィオナに叩き込んだ。竜と対話し、鎮める、その役割の全てを。他のことなど二の次で、竜の神子というのが何たるかを厳しく指導したのだという。
自身は上手く竜と会話をすることができない。それもあってか父は厳しかったのかもしれないとフィオナは話した。
「この学園に入学するのも、父は反対していたんです」
お前は竜の神子なのだ、魔法など覚えず竜と対話し、鎮めることだけを覚えよ。父はそう言って聞かなかった。それを何とか母と共に説得して入学したのである。
それなのに自身は初めて知ることばかりで授業にはついていけず。それでも必死に頑張ってなんとかしがみついていた。
「ルーカス様は私にいろいろ教えてくださったんですよ」
彼を知らないわけではなかった。王族に仕えるフェル一族の長とその娘として、会ったことが何度かあったのだ。
学園で会った時の彼は王城で見た時よりも優しくてフィオナは驚いたのだという。
(ルーカスルートの話ね)
カナリアはフィオナの話を知っていた。これはルーカスのルートに入ると知れるストーリーなのだ。彼女はどうやら彼のルートを進んでいるようである。
「私、友達がいなかったので嬉しくて……」
「でも、それきっかけでいじめられていましたものね」
「そうなんですけど……」
ルーカスと友達の関係になれて嬉しかった。けれど、それをきっかけにいじめに発展してしまったのは事実である。
ルーカスが悪いわけではない、彼は純粋にフィオナのことを愛しているのだ。彼女がその想いをどう思っているかは知らないけれど、悪くとらえてはいない様子だ。
「私、カナリア様となら友達になれると思ったんです」
「どうしてそう思ったのかしら?」
カナリアの疑問にフィオナはえっとと、口ごもりながらも答える。それは、誰に対しても対応が変わらないところだと。
王子の前であろうと自身の意見を言えて、不利な状況であっても冷静である。そんなカナリアならば、自身のような存在とでも対等に接してくれるのではないかとフィオナは思ったのだ。
「ルーカス様やリオ様と一緒にいると、みんな避けちゃうし……。それに比べてカナリア様はいつもと変わらず、冷たい対応ですし。私のことなんてどうでもいいと思っているような態度で、それがまた安心できて……」
媚を売るでもなく、恐れるでもなく、いつもと変わらぬ冷たい対応。安心した、誰もが自身をそんな目で見ていないのだと感じて。
フィオナは泣きそうな瞳を焚火に向けていた。不安だったのだろう、ずっと。いじめられてからも、解決したあとからも。クーロウやルーカス、リオが傍にいてもずっと。
(ワタクシはただ自由にやってるだけなのよねぇ……)
カナリアはただ自由に、面倒でないほうを選んでいるだけだ。
誰に対しても冷たい対応なのも余計な者を避けるためだ。友達という存在がほしくないわけではないのだが、シャーロットと同じような関係を築ける者でないと嫌なのだ。
面倒なことは嫌だ、自由に行動できないのも。やりたいようにやって、生きていきたい。だから、主人公であるフィオナに関わらないようにしたのだ。主人公になど関わっては面倒なことに巻き込まれかねない。
(でも、こうも慕われてもねぇ……)
何をどうやってカナリアを慕っているのか、理解ができない。彼女なりに理由は述べているのだが、それでもやっぱり思うところはある。性格が悪いのだ、自身は。
「ワタクシ、アナタと関わると面倒だと思っているのだけれど」
「ルーカス様が原因でしょうか、あるいは私の性格とか……」
「全部かしら」
カナリアの即答さにフィオナはへこんだように項垂れる。それが面倒なのだけれどと思いつつも、口には出さないでおく。
正直、今も面倒だなと思っているのだけれど、どうしても彼女を憎めないのだ。
「私、ダメですね……。上手く人と関われなくて……距離の取り方とか知らなくて……」
フィオナは竜の神子として父親に厳しく指導されていた。それ以外を彼女は教えてもらえなかった。その影響もあるのだろう、それがなんだが可哀そうに思えたのだ。
「ごめんなさい、カナリア様」
フィオナはぎゅっとロッドを握り締め抱く。ごめんなさい、迷惑かけてと小さく呟くと零れそうになる涙を堪えた。
「そういうところが面倒くさいのよ、アナタ」
その言葉にへっとフィオナは目を丸くする。カナリアはもう一度、「それが面倒くさいの」と言った。
「別に謝ってくれだなんて、ワタクシは言っていないでしょう」
「そう、ですけど……私が」
「それがもう面倒なの。アナタ、もう子供でもないでしょう。なら、他人に言われずとも自身で覚えなさい」
他人との付き合い方も、距離の置き方も自身で覚えればいい。一度や二度の失敗でへこたれていては友達などできるわけがない。カナリアは呆れたようにフィオナを見つめる。
謝罪など求めていない。自身が悪いと思っているのならば反省し、次に生かせばいいとカナリアは説教するように言う。
フィオナはそれをただ聞くしかない、口をはさむ隙を与えてはくれなかったのだ。
「ワタクシの友となりたいのならば、へこたれないで頂戴。すぐに自分自身を責めないこと。よく考えて、反省し、それを次に生かすこと。求めてもいないのにすぐに謝らないこと。よろしくて?」
カナリアの「返事は?」という問いにフィオナは、「はいっ」と答える。びしりと姿勢を正して涙の溜まった瞳を向ける。
「あ、あのカナリア様」
「何かしら」
「それらを守れるならば、友達になれるのですか?」
じっと見つめてくる涙に濡れた瞳にカナリアは面倒げで、けれど嫌だという表情はみせずに言った。
「アナタが守れるのならばね」
「わ、私、頑張ります!」
ぱっと表情を明るくさせるフィオナにカナリアは苦笑する。どうしてこんな気まぐれをおこしてしまったのだろうか。でも、放ってはおけなかったのだ、シャーロットと同じように。
また面倒なことにならなければいいのだけれど、カナリアは喜ぶフィオナを横目に空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます