第16話 助けると誓ったのだから




 学園では騒ぎになっていた。フィオナとカナリアがオークに襲われ、行方知れずとなったという報告を学園が受けたのだ。


 それをルーカスは聞いてしまったのである。彼がそんな報告を聞いて黙っているわけがない。



「捜索隊に俺も同行させてください」



 学園の教師たちからなる捜索隊に自身も参加したいと志願したのだ。教師陣は何度も止めたのだが、ルーカスは意地でもついていくと言って聞かない。


 これは困ったことになったと頭を悩ませているところに追い打ちをかけてくる者が現れた。



「僕も同行したい」



 ノアだ。彼の瞳は鋭く、全てを射抜くかのように向けられていた。


 彼はカナリアの言葉を思い出していた。


『もし、何かありましたら、ノア様が助けてくださる?』


 約束したのだ、自身が必ず助け出すと。


 一歩も引かない二人の様子に困り果てた教師陣、すると「いいじゃないか」と声がした。



「ムハンマド学園長」

「二人を連れていきなさい」

「しかし……」

「彼らは成績優秀な生徒だ。それにこのまま連れて行かねば、一人で勝手に行ってしまいかねんよ」



 ムハンマドはそう言って二人を見遣る。どうやら、二人の考えを見抜いてのことのようだ。


 勝手に二人が行ってしまうほうが問題になりかねない。ならば、指揮下に置いたほうが面倒事は避けられるとそう考えたようだ。



「行くのはいいけれど、先生の指揮には従ってくれるね? あと無茶はしないように、いいね?」


「はい」

「もちろんです」



 二人の返事にムハンマドは頷く。学園長が決めたことだ、教師たちはそれに従うしかなかった。


          *


 馬が駆ける、暗い夜道を月明り頼りにひたすらに。地を蹴るその勇ましさは普通の馬には見えない。


 魔馬、魔物の一種である。けれど、馬と同じように飼いならすことができる希少な生き物だ。魔馬はそこらの馬と違い、体力や脚力があり、そして魔力を秘めている。


 馬車に使う馬よりも早く目的地に到着することができるため、緊急時には活用されていた。


 魔馬に乗ってノアは先頭を走る教師の背を追う、もう間もなく到着するはずだ。彼の心は波打っていた。


 カナリアは大丈夫だろうか、怪我はしていないか。不安や恐怖を抱いていないか、それらが胸を締め付ける。それでも冷静にならなくてはならない。


 自身が焦ってしまっては助けられるものも助けられないからだ。


 ちらりと隣を見遣ると並走しているルーカスの表情は焦りを見せていた。フィオナのことが心配なのだろう。その気持ちは分からなくもない、自身もカナリアの身が心配だ。



「ルーカス、焦っては駄目だ」

「五月蠅い、そんなもの分かっている! だが、だがっ!」



 ルーカスはノアを睨みつけた。そんな視線を冷たく返せば彼は舌打ちをする。焦る気持ちは分かるが冷静に対処できなければ彼女たちを助けることはできない。


 ルーカスもそれは分かっていた。分かっていたけれど、心配なのだ。フィオナは無事なのか、怪我はしていないのか。それを考えるだけで冷静になどなれない。



「貴殿は心配ではないのか!」


「心配さ。だからこうして向かっている。でも、冷静に判断できなくては、カナリアを助けることはできない」



 焦ってミスを犯せば取り返しのつかないことになってしまうかもしれないのだ。そんなことになっては助けている場合ではない。


 冷静に言うノアにルーカスは唇を噛む。彼が言っていることが正しいのだと理解していた。けれど、それでも心配なのだ。



「こっちだ!」



 先頭を走っていた教師が大声を出す。それに続くように走れば、ランプで照らされている場所へと出た。簡易テントがたてられているそこには見知った人物が立っている。



「アルフィー先生」

「ルーカスにノア! 何故……」

「ムハンマド学園長が連れていけと……」



 先頭を走っていた厳つい身体の男教師がアルフィーに説明する。それを聞いたアルフィーはなるほどと頷いてノアたちを迎え入れた。


 一学年の生徒たちはエラとナーリアと共に学園に帰還したようだ。今、残っているのはアルフィーとローガンのみである。


 アルフィーは自身がいながらと悔しそうに拳を握っていた。



「話を聞くにオークが幻覚作用のある植物に誤って触れてしまい、暴れたと」


「症状的にそう見て間違いないかと」



 アルフィーの代わりにローガンが答える。クーロウとシャーロットはなんとか逃げ延び、アルフィーに報告したらしい。


 彼らの報告ではオークは目を赤く光らせていたと言っていた。それは幻覚作用のある植物に触れた魔物によくある症状だ。



「この森は幻覚作用のある植物が生えている。あまり知能があるわけではないオークならば、考えられなくはない」


「そうなると幻覚の効果時間が問題ですね」



 話を聞いたノアはそう言って考える仕草をみせた。どの程度の植物に触れてしまったのか、どれだけ効いているのか。それによって効果時間は変わる。


 効果が切れているのであれば、彼らは正気になり森の奥へ戻っていくだろう。なるべくならば、暴れているオークと戦いたくはない。



「夜明けには効果が切れると予想している」

「それはどうして?」


「この森に生える幻覚作用のある植物は大体、三時間から半日程度の効力がある」



 ローガンは瓶を取り出して説明し始めた。その瓶には白い百合に似た花が入っていた。オークが暴れていたとされる周辺を調べてみたところ、この花が咲いていたのという。


 この花の幻覚作用は三時間から半日、触れた度合いによってはすぐに効力は無くなる。オークが暴れていたという話を聞き、がっつりと触れてしまったと推察したようだ。



「暴れていた周辺にカナリア嬢とフィオナはいなかったのですね?」


「あぁ、いなかった。どうやら森の奥へと入ってしまったようだ」



 逃げるのに必死で周囲を見ていなかったのだろうとルーカスにアルフィーは言う。森の奥というと魔物が多く生息している地帯だ、迂闊に足を踏み入れるわけにはいかない。



「捜索は陽が出てからのほうがいいですね」

「待て、今すぐ探さずにどうする!」



 その言葉にルーカスが反応する。怒っているような表情にノアは冷たい視線を送った。



「君は二次被害を出す可能性を考えないのかい?」



 森の奥となると夜に活発になる魔物が多い。それに夜目が利くわけでもない人間が入っては危険であり、二次被害を出す可能性だってあるのだ。


 騒げば魔物はそれに気づき、襲ってくる場合もある。夜の戦闘というのは想像以上に難しいものなのだ。まだ学生である自分たちにそれが上手くできる保証はないとノアは言う。



「ムハンマド学園長にも言われただろう。無茶はしないと」

「しかし……」


「ルーカス。お前が心配する気持ちは分かるが、教師であるおれもノアの意見には同意せざるをえない」



 アルフィーはそう言ってルーカスの肩を叩いた。今は捜索の準備を整えることが重要だ、夜明けとともに捜索できるように。


 ルーカスは拳を握り締め、俯いた。自身にもっと力があればと思っているのかもしれない、そんな彼の姿にノアは目を細めた。


 自身もそう思ったのだ、もっと力があれば今すぐにでも助けにいけるのにと。



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