第15話 動き出す敵の影
「さて、神子を引き離さねば」
「私に任せてぇ~くださーい!」
きゃるんという音がなりそうなポーズで言うエラのその手には小瓶が握られていた。それは魔物を幻覚で惑わせる香料である。
木々の影に隠れ立っている人物はエラの見せてきたそれに呆れたように溜息をついた。
「お前はまた、そういうものを」
「いいんです~。これで混乱させれば、ばらばらになりますよ~。大丈夫ですって、マシューさま~」
マシューと呼ばれた男は木々の影から出ることはない。エラの問題ないという自信満々な姿に何を言っても無駄かと諦めたようだ。好きにするがいいと言って姿を消した。
許可をもらったエラは期待に応えるぞと力を入れる。どうやらマシューに気があるようだ。彼のためなら何でもやってみせる、そう意気込む。
「まずは~手ごろな魔物を~。いたいた~」
そこには数匹のオークがいた、彼らは幻覚やその類に弱い魔物である。これは丁度いいとエラは小瓶を投げ、弓を引くポーズをとった。びゅんっと空気を裂く音と共に小瓶が飛んでいく。
オークの真上までいくと小瓶は破裂して、溢れる香料にエラは魔法をかける。すると、オークたちの目が赤く染まった。
幻覚に囚われたオークは雄たけびを上げながら走っていく。その先に竜の神子がいることをエラは知っていた。
「可哀そうだけど~マシューさまのためだもの」
エラはにっとそれはそれは美しく、そして恐ろしい笑みを見せた。
*
カナリアはぴくりと猫耳を動かす、それはクーロウもだった。ばっと後ろを振り返って警戒態勢をとる。そんな二人の様子にシャーロットは慌て、フィオナは不安げにロッドを構えていた。
雄たけびが聞こえる、何かが走ってくる。目を凝らしてカナリアはそれを捉えようとする。
「シャーロット、フィオナさん! 右に飛びなさい!」
カナリアの大声に二人は驚きながらも右に飛んだ。クーロウは左へ、カナリアは上に飛ぶ。現れたのは目を赤くしたオークであった。オークは手にした斧を振り回し、暴れている。
カナリアは上へ飛んだことを利用し、オークの頭上へと身体を回転させる。籠手を構え、魔力を籠める。再び冷気を宿した籠手は鉤爪を凍らせて鋭い牙を生み出す。
おもいっきり力を込めて、カナリアはオークの頭を鉤爪で突き刺した。どさりと一体が倒れる、それでも残ったオークたちは雄たけびを上げ、カナリアたちに向かってくる。
「オークが暴れているなんて、聞いてないのだけれど」
「おれも聞いてないですね」
オークの棍棒をいなしながらクーロウは言う。ボアが繁殖しているという情報は聞いていたが、オークのことは初耳だ。
オークを観察していたカナリアは気づいた、赤くなった瞳に。
「幻覚を見ている?」
「アルフィー先生が言っていたこの森に生えている魔物にのみ幻覚作用をみせる花の影響では……」
クーロウはオークの攻撃をかわしながら、その疑問に答える。話す余裕があるなら戦うことに関しては問題ないだろう。カナリアは構えをとってオークを見据えた。
オークが幻覚作用のある植物に触れてしまったという可能性はなくはなかった。
なんという不運だろうか。カナリアは襲ってくるオークの攻撃をかわしながら思う、これは先生に報告する案件だろうと。しかし、オークは襲ってくるためなかなか逃げるタイミングがつかめない。
それはクーロウもなのだろう、様子を窺いながらオークの攻撃を受け止めている。シャーロットとフィオナも援護するように魔法を放っていた。
オークの数は二体である。オークは下級モンスターの位置にいるものの、中級に近い魔物だ。まだ実戦にも慣れていない自分たちには分が悪い。特にシャーロットやフィオナは魔法の実技の成績があまりよくないのだ。
フィオナの護衛も担当しているクーロウは訓練を積んでいるため、戦闘はできるだろうがそれでも二人が心配である。
(一体は不意打ちで倒したものの、このままでは危険……)
カナリアはオークを殴り飛ばしながら考える。とにかく、この場から逃げなくては。ふいにどんっという音が響いた。そこにはボアが数頭、鼻息を荒くし立っている。
オークにボア、カナリアは最悪な場面に眩暈がした。それでも意識を保ちながら逃げるしかないとオークから距離を取る。
「シャーロット、煙幕を! その後、離脱! 逃げなさい!」
「は、はい」
シャーロットはワンドを振ると周囲に煙が立ち込める。オークとボアはその煙に反応してか、動きを止めた。
今だ、カナリアは駆けだした。それはクーロウもシャーロットもである。走る足音にカナリアは指示通りに行ったと安心する、けれどそれも束の間だった。
「うわぁっ」
どてっと音を立ててフィオナが転んだ。その音にボアが反応する。カナリアは彼女を起こして腕を引っ張ると駆けだした。
「ありゃぁ……」
その光景を眺めていたエラは額を抑える。フィオナを一人にするはずが、カナリアと共にいさせてしまったのだ。邪魔ものが引っ付いてきてしまったことにどうしたものかと考える。
「まぁ、でも森の奥に行ったし~。あそこなら丁度いい魔物もいるから、なんとかなるでしょう」
エラはよしと呟き、木々を飛び駆ける。次の一手を打つために。
*
どれぐらい走っただろうか。後ろを振り返り、オークもボアも追いかけてきていないことを確認してカナリアは立ち止まった。
少し荒くなった息を整えてフィオナのほうを見る。彼女は座り込んでぜえぜえと肩で息をしていた。
半獣人とのハーフのカナリアと違い、彼女は人間である。体力の差というのがあるためかなりきつかったようだ。それは気づかなかったと声をかける。
フィオナはまだ整っていない息で「大丈夫です」と返事をしていた。とてもじゃないがそうには見えない。
彼女が落ち着くまでカナリアは周囲を警戒することにした。辺りを確認するにどうやら森の奥に入っていってしまったようだ。
(アルフィー先生に叱られるわね)
森の奥に入ってはいけないと言われていたのだ。それを破ってしまった以上、何かしら言われるだろう。でも、オークとボアの両方に襲われたのだから仕方ないと思うのだ。
クーロウとシャーロットの二人ともはぐれてしまっている。彼と合流できているのならば、シャーロットは大丈夫だと思うが不安だ。
「カナリア様……」
「落ち着いたかしら?」
「は、はい……」
やっと落ち着いたフィオナは立ち上がった。きょろきょろと見渡しながら、不安げにカナリアのほうへと近寄る。他の二人とはぐれたことにも気づいたようだ。どうしようといったふうに見つめてきた。
どうするもこうするも、一先ずは森から出ることを考えることが大事だろう。カナリアは近くにあった木に登った。
木の上から周囲を見渡してみる。広い森、木々しか見えず。それでも大体の方角は分かったのか、カナリアはすっと下りてきた。
「あ、あのどうでした?」
「ワタクシたちがあっちのほうから走ってきましたから……」
カナリアはそう言って指をさしながら話す。来た方角から少し逸れるように歩いていけば、森から出れるだろうと。
「なら、急いで……」
「だめね」
「どうして?」
「空をごらんなさい」
カナリアに言われ、フィオナは空を見上げた。空はぼんやりと茜色に染まり、日は傾き始めていた。もう間もなく、夜になる。
夜の森を歩き回るのは危険な行為だ。夜行性の魔物が闊歩し始める時間、遭遇すれば襲われるだろう。死ぬ可能性だってあるのだ。
カナリアが説明しなくともフィオナは理解したらしく、青ざめた表情を向けていた。
「とにかく、あまり動かないほうがいいわ。何処か手ごろな場所で野営をしましょう」
「は、はい……」
カナリアは周囲を警戒しながら茂みの中へと入っていく。その後をフィオナはついていった。
(さて、困ったわね)
彼女と二人っきりという展開。これはゲームでは、クーロウがなるはずのイベントではなかっただろうか。どうして自身が体験しているのだろうか。
(ゲームのシナリオが変わっているのかしら)
自身が悪役令嬢ポジションをせずにスルーしたがために、シナリオや人間関係が変わってしまっているのかもしれない。それならば納得できなくもない。
なんと面倒なとも思わなくなかった。彼女がどの攻略キャラクターのルートに行っていようが、自身には関係ないのだが。
(こうなったものは仕方ない)
カナリアはなってしまったものはしょうがないと割り切ることにした。二人っきりという現実は変えようがないのだ、諦めるほうが楽である。今は夜を過ごすことを考えよう。
カナリアは後ろをついてくるフィオナを気にしながら、野営できそうな場所を探した。
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