第14話 不安ではあるけれど、討伐訓練は始まる



 学園を出て森を抜け、ヴェルゴ王国の東へと馬車を走らせる。どれほど時間が経っただろうか、朝から出て陽がだいぶ昇っている。


 馬車が止まったのかぐらりと揺れた、どうやら昼前には到着したようだ。


 森の入り口では簡易テントがたてられており、教師が一人と救護担当者が常駐するらしい。そこには救護を担当する人物がすでに用意をして待っていた。



「ナーリア先生、お待たせしました」


「あぁ、アルフィー先生、エラ先生、ローガン先生。こっちはもう準備できています」



 くるりと振り向いて笑みを見せる褐色の女性、ナーリア・マリエットだ。綺麗な白い髪を三つ編みに一つで結っており、彼女が動くたびに揺れる。黒いローブから見える魔導士服はよく似合っていた。


 魔術薬学の教師である彼女は回復魔法や治療に関することが得意である。治療に関しては彼女に任せていれば大丈夫だろう。無理をして風邪をこじらせたことが多々あるが問題はない。



「何かあったら、すぐに報告してください」

「わかりました」



 ナーリアと会話をしたアルフィーは生徒たちを集め、グループに別れるように指示を出す。


 カナリアは傍に立つフィオナをちらりと見て小さく溜息をついた。


 彼女はなんだが嬉しそうにしていたのだ。いったい何が嬉しいのか、カナリアには分からない。自身はフィオナに良い顔を見せていないのだから。



「えー、これからボア討伐を開始する。見つけ次第、倒すこと。深追いはせず、森の奥までいかないこと。この森には魔物にのみに幻覚を見せる作用の花が生えている。滅多に咲いてはいないが、この花を見つけたら幻覚を見ている魔物がいる可能性があるのでその場を離れるように。あとは何かあったらすぐに先生たちに報告すること。以上だ」



 ローガンが手にしていた百合のような白い花を指さしながらアルフィーは説明し、授業を開始した。


 どうやら、森の奥に入らないようにローガンとアルフィーが見張るらしい。迷いやすい森の中だ、それが当然だろう。


 カナリアは二人の教師の背を眺めながら森の中へと入った。


 森はじめっとしており、少し肌寒く薄暗い。生い茂る木々の葉に陽が覆われているからだろう。道など無くて草が伸び放題で足場が悪く、気を付けなくては転んでしまいそうである。


 そんな森を歩きながらカナリアは索敵するように魔力を計る。ぴんっと尻尾を伸ばし、猫耳を動かす。物音はなく、気配もしない。


 そんなカナリアの傍でシャーロットは、きょろきょろと辺りを見渡しながら短い杖、ワンドを構えていた。


 フィオナは長い杖であるロッドを地につけ、周囲を警戒している。魔法石であろう石で飾られた特殊なロッドは目を惹く。クーロウは剣を構えて目を細めていた。


 カナリアの武器は籠手である。白銀の竜の鱗から作られたその籠手は厳つく、それでいて洗礼されたデザインをしている。籠手の先から鉤爪が出る仕組みだ。


 こうしてみると前衛後衛はちゃんと組めるのだなとカナリアは思った。



「フィオナさん、クーロウさん」



 カナリアは立ち止まって二人を呼ぶ。警戒していたフィオナは何かあったのかと駆け寄ってきた。別に来なくてもよかったのだが、そう思いつつもカナリアは話は進める。



「前衛と後衛に別れましょう。ワタクシとクーロウさんが前衛、フィオナさんとシャーロットが後衛。良いかしら?」


「はい、分かりました!」

「後ろはお任せください、カナリア様~!」



 シャーロットは任せてくださいと胸を張る。アナタ、まだまだ魔法慣れしていないでしょうにという突っ込みはしないでおく。フィオナも目を輝かせながらびしりと姿勢を正していた。



 前衛と後衛に別れて探索を再開する。一定の距離を保ちながら四人は討伐対象であるボアを探した。


 クーロウの鼻がひくりと動いた。素早く身をかがめ、忍び足で茂みへと近寄る。そっと覗けば、そこには複数のボア。


 クーロウの様子にカナリアは身体を沈め、足音を立てずに彼の傍へと近寄った。



「どうしますか?」



 クーロウの問いにカナリアは考える。

 数は見える範囲で四体だ。その中で大きい個体が二体、通常の大きさが一体、小さいのが一体。無茶さえしなければ倒せなくはない。


 今なら不意打ちで攻撃が通るがその後が問題だ。気づいたボアが一斉に攻撃をしてくるだろう。


 ボアは魔法を使ってくるようなモンスターではないが力は強い。突進など受けては防御魔法を使っていなければ、あばら骨が数本折れるだけではすまない。



「不意打ちが通るわ。それはワタクシがやりましょう。攻撃したら、クーロウさんはワタクシをサポートするようにお願いしますわ。フィオナさんとシャーロットは援護を。あぁ、森の中なので火属性魔法は駄目よ」



 カナリアの指示にクーロウが少し考える素振りをみせる。どうやら。カナリアが不意打ち攻撃をすることについて、思うことがあるようだ。



「おれが不意打ちを……」

「猫の半獣人の血を継ぐワタクシならば、隠密行動に長けていますわ」



 猫の半獣人や獣人というのは隠密行動に長けている。気配の消し方から他の種類と違っているのだ。もちろん、ハーフであるカナリアもその血を受け継いでいる。


 犬の半獣人であるクーロウよりも隠密行動はできるだろう。カナリアは自身の頭に生えている猫耳を指さした。



「この耳と尻尾は伊達に生えていませんわよ」



 真っ直ぐと迷いない瞳にクーロウは何も言えない。カナリアが言うとおり、自身は猫の半獣人ほど隠密行動が上手いわけではない。分かったと頷くしかなかった。


 フィオナとシャーロットも、準備はできているといったふうにワンドとロッドを構えている。カナリアは三人の様子を確認して猫のように姿勢を低くした。


 茂みの奥から見える大柄のボアに狙いを定める。ゆっくりと物音を立てず、気配を消しながら獲物を狙う。


 ボアが背を向けた瞬間、カナリアは音もなく飛んだ。それは高くボアの頭上へと飛び、籠手先から鉤爪を出し向けた。


 ぼっと、白銀の籠手が淡く光るとそれは冷たい空気と共に氷を発生させた。鉤爪に帯びる冷気とともに、カナリアは腕を振り上げる。


 ボアの背を貫くように鉤爪がめり込んだ。ぶしゅっと血が吹きだすも、瞬時に冷却され、氷がボアの身体を包み込み倒れた。カナリアは着地をして素早い動きで距離をとる。


(身体が覚えてるってやつかしら? 戦い方が分かる)


 幼き頃から訓練し、学園の授業をしっかりとこなしていたこともあってか、身体が戦い方を覚えていた。生まれ変わったとはいえ、過去の積み重ねというのは身体に染み込んでいるようだ。


 これならば戦えそうだ。そう思ったカナリアのもとに襲撃に気づいた大柄な個体の一頭が突進してくる。それをすかさずクーロウが剣で受け止めた。魔力の帯びた剣ならば、ボアの突進を受けきることができる。


 シャーロットは風属性魔法を使い、小柄のボアを切り裂いていく。フィオナはわたわたとしながらも、水属性魔法を使って援護していた。


 小柄なほうはシャーロットとフィオナでどうにかなりそうである。カナリアは残った通常個体のボアに狙いを定めて攻撃を放った。


 氷の宿った鉤爪で切り裂き、凍らせ砕く。その力の強さと素早い動きにボアは何もできない。たっと地面を蹴り、殴り飛ばす姿は勇ましかった。



 クーロウはそんなカナリアにただの令嬢ではないのだなと驚きながらも剣に魔力を注ぎ、宙を斬る。空気が裂け、風が刃のようになる。それらは絡まり、ボア目掛けて飛んだ。


 連続で切られ続けているようにボアが切り裂かれる。獣の悲鳴が上がって彼の耳はピクリと動いた。止めを刺すように剣を突き刺せば、ボアの瞳から光は消えた。


 カナリアは最後の一頭に向かって拳を向ける。氷を宿した鉤爪がボアの腹部に突き刺さり、凍らせていく。そのままえぐるように引き抜けば、ボアは動かなくなった。


 全てを倒し終えたカナリアは周囲に何もいないことを確認し、魔法を止める。白銀の籠手から冷気が消えた。


 ボアの亡骸を眺めているとフィオナが手を合わせているのに気が付いた。



「フィオナさん?」



 カナリアが呼ぶとフィオナ少し悲しげで、でも受けいれているようなそんな瞳をしていた。



「いくら、人に害をなすとはいえ、生きている存在ですから。その……」



 どうやら彼女はボアを弔っていたようだ。いくら人間に害をなすとはいえ、彼らは生きている。生きるために食べ物を求め、時に人を襲う。これはモンスターが生きるためにやっていることだ。



「人間も生きるためには、やらなければならないのよ」



 カナリアはそう言ってボアの亡骸に視線を戻した。


 生き物を殺したというのにカナリアは冷静であった。悪役令嬢のカナリアという人物は、生きるための犠牲というのを受け入れていたのだろう。だから、生まれ変わった今も不思議とそれを受け止めていた。


 モンスターと同じように人間も生きるために戦う。生きるために生き物を殺し、その命を食らうことで生き長らえている。そう言葉にすればフィオナは分かっていますと頷いた。



「そうなんですけどね。でも、弔う気持ちがあってもいいかなって」



 彼らの命を食らうことで自分たちは生き長らえるのだ。なら、彼らを弔うことをしてもいいのではないか。フィオナの言葉にカナリアはなるほどと頷いた。



「アナタの好きなようにしていいと思うわ」



 弔うことが悪いわけではない、そう思うことを責めたりはしない。フィオナはその言葉に安堵したような表情をみせた。



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