第13話 そういえば、忘れていたなゲームのストーリー


「君はいつ見てもいいね!」

「それはどうも」



 ノアはにこにこしながらカナリアの隣を歩く。どうして出会ってしまったかとカナリアは自身の運の無さを嘆いた。


 今日は課外授業の日で内容はモンスターの討伐訓練だ。


 モンスターの討伐訓練とはいえ、戦うのは下級モンスターだ。ヴェルゴ王国の東にある星跨ぎの森で、下級モンスターのボアが暴れているという情報が学園に入ったのである。


 ボアとは猪のような姿の黒い魔物だ。下級モンスターの中でも最下層であり、それほど強くはない。けれど、これを放っておくと農作物に被害を与えてしまう可能性が出る。そのため、大繁殖した際には学園側が討伐することになっている。


 出発まであと少しというところで、カナリアはノアとばったり出くわしてしまった。それも猫耳尻尾を出した状態で。


 討伐訓練ということもあり、カナリアは戦闘がいつでもできるように魔力を調整していた。戦う時には猫耳尻尾は出てしまうのでそれは隠すことができない。


 猫耳尻尾姿のカナリアを見て、ノアが放っておくわけがない。それはもう素早い動きでカナリアに近づき、肩を掴んできたのだ。興奮している彼を宥めて、今に至る。


 集合場所である運動場へと行くのにノアがくっついてきているのだ。授業はどうした、この男はとカナリアは思う。



「いくら、訓練とはいえカナリア、気を付けるんだよ?」

「分かっていますわ」

「でも、心配だ」



 本当に心配しているのだろう、眉を下げじっとカナリアを見つめている。討伐訓練はこの学園に入学してから初めてだ。不安がないわけではない、心配されてしまうのも理解できる。


 戦いに自信があるかと問われると微妙といったところだろう。どんなに魔法の実技が上手くとも戦いとなると違うものだ。


 彼は三学年、何度も討伐訓練を行っており経験というのがある。そういうのもあって初めてであるカナリアを心配しているのだ。



「一人ではないですし、先生もいますわ。無理もしません」

「カナリア……」

「そうですわねぇ……」



 あんまりにも心配するものだから、カナリアは考える素振りをみせる。彼を納得とまではいかずとも、大人しくさせる方法はないか。そう考えて、一つ思い浮かんだ。



「もし、何かありましたら、ノア様が助けてくださる?」



 それはあえて相手を頼るような行動を見せることだった。少し驚いたふうにノアは目を瞬かせたが、すぐにその瞳を輝かせる。



「もちろんだ。君に何かあれば、すぐにでも駆けつけるさ」

「それは頼もしいですわ」



 彼は任せてくれと胸を張る。なんと単純なのだろうか、この王子は。頼るというのは少なからず信用されていると思わせることができる。カナリアの考え通りに彼はそう思ったようだ。


 ノアを信用しているかいないかと問われれば、微妙である。彼が悪い存在でないことは態度や言葉からにじみ出ている。それにノアはあの公開処刑から助けてくれた人物だ、悪い印象などつけようがない。


 けれど、最初の印象というのが良いかと言われればそうではないのだ。今はだいぶその印象も変わってきてはいるが、まだ思うところもあるわけで。カナリアはノアの様子を窺っている状態。


 好きだと言われても、獣耳尻尾フェチだからでしょうとまだ思っている。彼は全てを愛すると言っているが、どうだろうかと警戒気味だ。


(用心深いっていうか、なんというか)


 自身の性格にカナリアは苦笑した。用心深いというよりは自分勝手な部分が見え隠れしているのだ。



「では、ノア様。この辺で」

「あぁ、気を付けて、カナリア」



 運動場へと続く通路の前でカナリアはお辞儀をし、背を向け歩いていく。ノアは名残惜しそうにその背を見送っていた。


 ノアと別れ、カナリアはほっと胸をなでおろす。相手は王子である、気を使わないというわけにはいかない。いくら自身に好意を向けているとはいえ、失礼な態度はとれないのだ。


(まぁ、失礼な態度をとった気もしなくないけれども)


 気を付けてはいるのだが、言葉の端々から出てしまっているような気がした。なるべく気を付けなくてはと思いながら、運動場へと出ればシャーロットと視線があった。


 彼女は「カナリア様~」と呼びながら手を振り、走り寄ってくる。綺麗なピンク色の長く二つに結われた髪を靡かせ駆け寄ってくる姿はよく映えていた。


 カナリアが手を振り返せば、彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。



「あ、カナリア様!」



 シャーロットの後ろからやってきたのはフィオナだ。あぁ、またかとカナリアは溜息をつく。彼女はあれ以来、ずっとくっついてきていた。


 冷たくあしらってもついてくる彼女にカナリアはもう諦めた様子だ。


 彼女はなかなかに根気強い性格だった。メンタルもそこそこ固く、だからあの苛めにも屈していなかったのかと納得できる。



「聞いてください、カナリア様~。フィオナさんが勝手にあたしたちをグループに入れて報告しちゃったんですよぉ~!」



 シャーロットはぎろりとフィオナを睨みつける。


 どうやら、今回の討伐訓練は四人から五人のグループに別れて行うらしい。そのグループを勝手にフィオナが決めて先生に報告したようだ。


 なんと行動力があることか、カナリアは呆れたようにフィオナ見る。



「申し訳ありません、カナリア様。おれは止めたのですが……」



 クーロウはそう言ってフィオナを見遣る。彼女はそのとかあのと言いながら指を遊ばせていた。自分勝手な行動であったと理解したのだろう。そう思うのならば、よく考えてから行動してほしいのがとは口には出せなかった。


 クーロウがすまないと彼女のかわりに謝るのだ。大柄な犬の半獣人である彼は少しばかり図体が大きい。そんな彼が頭を下げるというのは目立つものである。


 周囲がまたひそひそと話しだしたことに気づき、カナリアははぁと溜息をつく。いったい何回つけばいいのだ。


 フィオナも頭を下げて謝っていた、どうしても一緒になりたかったのだと訳を話して。それはもういい、グループを決める時に彼女となる可能性はあったのだから。



「二人とも、もういいから頭を上げてくださる? 目立つのよ」

「す、すまない」

「ごめんなさい……」


「グループのことは気にしないで。誰がチームでも構わないからワタクシ。ほら、先生が呼んでいるわ」



 教師が大声を出しながら、生徒たちを呼んでいる。カナリアはほら行きましょうとフィオナの背を押した。授業に遅れるわけにはいかないのだ。



「えー、今回の討伐訓練を担当するのはおれ、アルフィー・アールドルフと」


「はーい、皆さん初めまして~。新任教師のエラ・イザラクよ~」



 防具に身を包んだ白狼の獣人のアルフィーの隣には、彼より小柄な半獣人であろう女性が立っていた。


 エラ・イザラク、狐の半獣人だ。ミディアムヘアーに切り揃えられた白金の髪はさらさらで、風に梳かれるたびに綺麗にたなびく。


 色白な肌に目力のある金色の瞳は煌めき、豊満な胸は色気を漂わせている。頭に生えた狐耳と尻から伸びる尻尾は狐そのものだ。


 白いローブの下には露出の高い魔導士服を着ていて、それが彼女のボディラインを強調させていた。


 その美しさから男子生徒は釘付けになっている、女性でも見惚れるのではないだろうか。


 カナリアは彼女を知っている、エラは敵対キャラクターの一人だ。


 このゲームは邪竜の封印を解こうとする敵役と戦い、学園のヴェルゴ王国の平和を守るというストーリーが存在する。ただの魔法学園恋愛ゲームではない。このストーリーが中途半端な戦闘システムを植え付けた原因である。


(そう言えば、これそんなシナリオありましたわね)


 カナリアはエラを見るまでそんなことすっかりと忘れていた。そうだ、このゲームそんなストーリーがあったわと。これは忘れてはいけないことではないか、カナリアは自身に突っ込みを入れる。


 主人公であるフィオナがちゃんとイベントをクリアしていれば、邪竜を止めることはできるのだ。彼女は今のところ、ルーカスやリオのイベントを攻略している。このままいけば大丈夫なはずだ。


 そんなエラの隣には少し暗めの男性が一人立っていた。空のように青い髪をつんつんと立たせている。


 黒と金を基調とした魔導士服を着ており、水色の瞳は切れ長で顔は悪くはない。けれど、生徒たちに視線を合わせてはいなかった。


(あれ、こんな教師いただろうか)


 確か、モブにいた気がする。あやふやな記憶にカナリアはうーんと首を傾げた。



「どうも、ローガン・ウィリアムです。よろしくお願いします」



 陰鬱とまではいかないものの、暗い感じの低さで自己紹介をローガンはした。そんな彼にアルフィーは「そう暗いと不安になるだろう」と指摘するも、彼は「これは性格なので」と返していた。



「えーでは、説明を始めるぞー」



 アルフィーは今回のモンスター討伐訓練の説明を始めた。カナリアはあやふやな記憶に思うところがあるものの、授業に集中するべくアルフィーの話に耳を傾けた。


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