第11話 運命回避も楽なものではない
「さて、話はもう終わったかね?」
渋枯れた声音が中庭に響く。生徒たちの視線は一斉にその声がしたほうへと向けられ、そこには一人の老人が立っていた。
白髪で同じように長い髭を蓄えた、それでいて威厳のあるその姿に生徒は見覚えがある、いや知らないほうがおかしい。
「ムハンマド学園長っ」
ムハンマド・ローエリング。この学園の最高権力者であり、偉大なる魔導士である。
ムハンマドは笑いながら二人の王子を見合う。そして、「また派手にやったものだねぇ」と髭を撫でた。
「にぎやかだと思っていたら、なるほどねぇ」
「学園長、これは」
「全て見ていたから知っているよ」
そんなことがあったとはと残念そうに眉を下げていた。そんな顔をしながらも、何か考えているふうであった。そして、彼はカナリアとフィオナに問いかける。
「君たち二人は被害者であるが、彼女を許すのかね?」
「私は謝ってくれて、もう二度とせず更生してくれるなら許します」
フィオナの言葉になるほどと頷き、ムハンマドはカナリアを見る。「君はどうかね」と問われ、カナリア即答した。
「許しはしないですよ」
「え?」
その発言にノアもルーカスも、見ていた生徒たちも固まる。
許すか許さないかその二択ならば許さない、こんな面倒なことになったのは彼女のせいなのだから。そこまで心が広いわけではない。
けれど、ちょっとした罪悪感があり恨むまでいかないだけである。あと、面倒なのでさっさと自由になりたいというのが一番の理由だ。
「さっきも言いましたけれど、憂さ晴らしにしかならないでしょう。彼女がどうなろうとも、ワタクシは興味がないのです。さっさとこの騒ぎが治まればそれでいい。許しはしませんけど」
カナリアの回答にムハンマドは笑ってしまった。彼女は許さないけれど、興味がないからさっさと終わればいいと思っていると言っているのだ。
普通ならば、怒りというものが面に出てもおかしくはない。自身を陥れようとしたのだから。
それを興味がないから終わらせたいという彼女の肝の据わりようにムハンマドは驚いた。面白い生徒がいたものだと笑ってしまった。
「君はなかなかに面白いね。確かにこの騒ぎはさっさと終わらせたほうがいい。そうだね、ミーレイ嬢」
「は、はい」
ムハンマドに呼ばれてミーレイは身体を固くする。何を言われるのか、その恐怖で胸がいっぱいのようだ。
「まずはフィオナに謝罪しようか」
優しく告げるムハンマドにミーレイははいと返事をし、一歩前に出た。
ミーレイは頭を下げて謝罪する。涙声の彼女にフィオナは「もう二度とこんなことはしないでください」と言った。涙ながらに彼女は頷く、頷くしかない。
「カナリア嬢は謝罪を受け取るかい?」
「結構ですわ。一番の被害者はフィオナさんですもの。彼女が許したのなら、それで構いません」
ムハンマドはふむふむと相槌をうち、ミーレイのほうを向く。彼女は顔を上げることができないのか、俯いたままだ。
「さて、ミーレイ嬢。彼女たちはもういいというがね。いじめというのは学園の問題でもあるんだ。このまま終わらせることは、残念ながらできない。学園長室まで来てくれるね?」
「……はい」
ムハンマドはミーレイの肩を叩き、歩き出す。彼女は俯いたままその後をついていく。
「さぁ、話は終わりだ。あとはワシに任せなさい」
そう大声で言えば、生徒たちは散り散りになっていった。学園長には皆、逆らえないのだ。残されたのはカナリアたちのみ。
シャーロットのほうを見遣れば安堵の表情を見せていた。ルーカスはノアを睨みつけているが、とうの本人は気にしていない様子である。
「カナリア」
「ノア様、ありがとうございます」
カナリアは素直にノアに礼を言う。彼のおかげで誤解が解けたのだ、一応は感謝しなくてはならない。けれど、少し思うことはあって。
「ワタクシのこと、調べていらしたのですね」
「いや、君の噂が嘘だったらと……」
「心配してくださったのでしょう。その気持ちは受け取りますが、調べられていい気はしませんよ」
カナリアのことを想ってやったというのは伝わった。でも、自身のことを調べられるというのはいい気分ではない。
信用されていない気にもなる。噂が噂なので調べたくなる気持ちも分からなくはないのだが、そう思ってしまうのは当然だ。
「すまない、カナリア」
「別にもういいですけれどね」
彼の謝罪にカナリアはそれ以上責めることはしなかった。そのおかげで自身の無実が証明されたのだから。
さて、自由になったし寮にでも戻るか。そう思っていたらあのと声をかけられた。振り返れば、フィオナが申し訳なさげな表情を向けている。
「あの、」
「あぁ、気になさらないで」
フィオナの言葉を聞く前にカナリアは答える。いくら誤解が解けたからといって彼女と関わる気はない。
何をきっかけにまた、死亡エンドのフラグが立つかわかったものじゃないのだから。
「アナタも災難でしたわね。もう苛められることもないでしょう。では、ワタクシ疲れたので寮に戻りますわ」
「え、あの、ちょっと!」
カナリアはひらひらと手を振ってその場を去る。そんな姿にシャーロットが慌てて追いかけていく。あっという間の出来事にフィオナは何もできなかった。
「うーん、やっぱりカナリアは良いね」
そんな様子にノアは腕を組み頷く。彼女の態度、発言。どれも予想外で聞いていて飽きることがない。失礼なことではあるがそう思った。
「あ、カナリア。僕との約束―!」
「疲れましたー」
はっと思い出し、ノアは叫ぶ。カナリアはちらりと後ろを振り返ってそれだけ言う。足を止める気はないようでノアは待ってくれと駆けだした。
そんな一連の行動を目にし、フィオナは反応ができない。それはクーロウもリオもルーカスもである。リオやクーロウはほとんど空気同然となっていた。
「なんだ、あの嵐みたいなやつは……」
ルーカスはまた小さく舌打ちをした。自身がヒーローとなるはずが、間抜けな存在として仕立て上げられてしまったことに腹を立てているようだ。
「あーー、どうしよう」
「どうした、フィオナ」
「謝れなかったよ、クーロウ」
フィオナはしょんぼりと項垂れる。カナリアは無実の罪だった、ルーカスがよく調べなかったせいで彼女は危うく罪をかぶることになったのだ。
そんなことに巻き込んでしまった。自身も彼女にいじめられていると思っていたことの謝罪をできていない。
「明日、謝ればいいじゃないか?」
「明日か」
「フィオナなら大丈夫だろう」
クーロウの言葉を援護するようにリオも言う。大丈夫だろうかとフィオナは思いつつも、明日は絶対に謝ろうと心に決めた。
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