第10話 けれど、運命というのは変わるものだ
これはこれはとカナリアは中庭の中央に立ちながら思った。
周囲に集まる野次馬の生徒、目の前に立つのはルーカスとリオ、その少し後ろにクーロウとフィオナがいる。ルーカスの傍には半棟の男子生徒たちがいた。
カナリアの傍にはシャーロットがいる。彼女から話を聞いていたのでだいたいのことは理解していた。
午後の授業を終え、カナリアはノアと会う約束をしていた。そこでシャーロットと別れたのだが、騒ぎを聞いた彼女は慌ててカナリアを探して状況を全て伝えたのである。
カナリアは自身が追い込まれているというのに冷静であった。ちらりと野次馬に視線を移せば、にやついたミーレイを見つけた。
(彼女が犯人ね)
その態度だけですぐに理解できたがどうしたものかとカナリアは睨みつけられながら考える。
このままでは自身は公開処刑を受け、退学に追い込まれるだろう。王族権限など使われて、さらに酷い仕打ちになるかもしれない。それではゲームのままのエンディングを迎えてしまう。
一応は否定はしたが半棟の男子生徒が、「お前に言われたんだ」と言い返してきたので無駄に終わった。シャーロットは涙目になっているのは、自身にも火の粉がふってくる可能性があるからだろう。
周囲からの視線は冷ややかなものだ、皆が皆、カナリアであると信じている様子なので味方についてはくれそうにない。何か打開策はないか、そう考えていればぱちぱちと拍手の音が響いた。
何事か。ルーカスたちは音のしたほうへと目を向けるとそこにはノアが立っていた。おかしそうにしながら、彼は手を叩きカナリアのほうへと歩み寄る。
「ノア殿、何か用ですか」
「いやぁ。君ってちょっと抜けてるところあると思っていたけど、此処までとは思ってなかったよ」
その言葉にルーカスは眉根を寄せて、ノアの発言に苛立ったように睨みつけていた。彼はカナリアの隣に立つと肩を抱いた。
「彼女は昼からずっと僕と一緒にいたというのに、どうやって彼らに頼んだんだい?」
「それは……」
「ぜ、前日に言われたんだよ!」
男子生徒が慌てた様子で言った、その発言にノアは言ったなと口角を上げる。
「君は知らないのかい? 我がカンケル国の王族は嘘見破りの魔法が使えることを」
嘘見破りの魔法。それはカンケル国の王族や一部、王家が使える秘術である。確か、ヴェルゴ王国の王も使えたはずだ。
男子生徒が途端に黙る。やってしまったと言ったふうに冷や汗を流しながら、ノアから視線を逸らしていた。
「ベルフェット」
「ここに」
ノアに呼ばれて音もなくすっと姿を現した老執事、ベルフェットは手にしていた紙束をノアに差し出した。それを受け取ると彼は読み上げていく。
「カナリアの噂の真意、及び出所について。彼女は確かに我儘をやっていた経歴はあれど、苛めの首謀者という噂についての証拠は一切なく、彼女の行動からその気配もない。よって事実無根である。また、噂の出所については一学年の女子生徒の間から広まったものとされる」
一学年の女子生徒、その言葉に集まっていた一部生徒が反応する。顔色を窺うように周囲を見渡していた。
淡々と読み上げられる内容にカナリアは感心する、よくまぁ調べたなと。
読み上げられた内容には、噂を流したであろう女子生徒の名が上げられていた。その中にミーレイの名も上げられている。彼女の様子を窺えば、顔色が悪くなっていた。
「ルーカス。君は嘘見破りの魔法を受け継いでいないようだね」
ノアがにっこりとした微笑みをみせるとルーカスは唇を噛んでそれを見つめていた。
彼が入る隙を見せることなく、ノアは言葉を紡いでいく。彼は誰が犯人なのか、もしかしたら分かっているのかもしれない。
噂を流したであろう女子はこの野次馬の中に全員いた。ノアは一人ずつ呼び出すと問う、君が一番最初に言い出したのかいと。
一人、また一人と聞いていく。一人の女子生徒の前に立った。大人しそうな彼女はノアに視線を合わせることができない。
「君かい?」
「わ、私は……」
「素直に言ったほうが罪は軽いよ」
「……私は、ミーレイ様に噂を広めろと言われました」
彼女は耐え切れなかった。ノアの瞳は笑っていない、容赦なく射抜いてきた。涙を流しながら女子生徒は言う、お前が噂を流さなかったら父親に頼んでお前の両親をと、脅されたのだと。
「ミーレイ嬢」
ノアはミーレイのほうへと目を向ける。彼だけではない、集まっている全ての生徒たちが彼女を見ていた。
ミーレイの表情は青ざめており、肩を震わせながら視線を泳がせている。
ノアはすっと表情を無くす、それは怒りからなのか分からない。けれど、彼が容赦しないということだけは理解できた。
「僕に嘘をつけるかい?」
嘘見破りの魔法を使える僕に。その冷めた口調にミーレイは泣きそうな表情を見せていた。黙ったままの彼女にノアは男子生徒のほうを見る。
「君は嘘をつけるかな?」
「ミーレイだ! ミーレイに言われました!」
男子生徒たちは膝をつき、頭を下げる。これ以上、王子を敵に回すのは無理だと判断したのだ。
嘘見破りの魔法に彼は隣国の王子、もしかしたら大きな問題に発展するかもしれない。そんな人物にこれ以上、立ち向かうことはできなかった。わが身が可愛いのだ。
「ミーレイ嬢、反論はないね? だって彼らは嘘をついていないもの」
嘘見破りの魔法でノアは彼らが嘘をついていないことを知る。ミーレイの顔色はますます悪くなった。今、口を開いても言い訳にしかならなず、自身の行ったことは取り返しがつかないことだと気づいて。
涙を流しながら、ミーレイは頷くしかなかった。
「と、いうことだ。ちゃんと裏取りすらしないなんて、抜けていると言われても文句は言えないよ。ルーカス」
微笑むノアにルーカスは小さく舌打ちをする。
全てを見たカナリアは思った。自身が悪役令嬢をやらなければ、他の生徒がその役に回されるのだなと。本来ならばカナリアがやっていたことをミーレイは全てやったのである。
(ワタクシの犠牲になったんだものねぇ、ミーレイは)
カナリアが悪役令嬢としての役目をしなかった。たったそれだけで、ミーレイはその役に成り下がってしまった。
何とも言えない罪悪感が湧く。自身はただ自由に生きるために、面倒なフィオナに関わらなかっただけだというのに
「ミーレイ嬢、責任はとってもらえますよね?」
「……責任」
「だって、貴女の行為は悪質ですよ。他人に罪をかぶせようとしたのですから」
ミーレイは震えながらカナリアを見た。その瞳は恐怖に染まっている、なんと可哀そうなものだろうか。
「貴女は……」
「もうやめてくださるかしら?」
ノアの言葉を遮るようにカナリアは言った。その表情は面倒くさげであり、怒りも悲しみもにじみ出ていない。それがまた不思議だったのか、ノアだけでなくルーカスたちも目を瞬かせている。
「ワタクシの誤解が解けたなら、それでいいのだけれど。彼女の罪だのなんだの興味がないわ」
カナリアは腕を組みながら言う。実際、興味はなかった。さっさとこの集まりを解散させて、自由になりたいぐらいにしか思っていない。
ミーレイに多少の罪悪感はあるものの、やってしまったことは戻せないので仕方ないことだ。
「ワタクシの無実は証明されたのでしょう?」
カナリアはフィオナに問う。突然、問われ驚いていた彼女だったが慌てて頷いていた。フィオナの中でカナリアは犯人ではないと理解している。
犯人ではない、無実は証明されたのならそれでいい。カナリアはさっさと解放してくれないかといったふうにしてみせる。
「ワタクシ、騒ぎになるの嫌なのだけれど」
「でも、カナリア。罪だ、彼女の行為は」
「そうね。そうだけれど、彼女が裁かれたからといって、ワタクシに何の得があるの?」
ミーレイが裁かれたからといって、何の得があるのか。カナリアの悪評は暫く残るだろう。一度、植え付けられた印象というのはなかなか変えられないものだ。
さらにこんな騒ぎになったのだ、カナリアを避ける生徒が出てきてもおかしくはない。ミーレイが裁かれても、憂さ晴らし程度にしかならない。
「別にこれぐらいで落ち込んだりなんて、ワタクシはそんな弱い人間ではないの。憂さ晴らしするぐらいなら、中庭でお茶しているほうがまだできるわよ」
カナリアの言葉にノアは思わず吹き出す。何がおかしかったのだろうか、自身は本当のことを言っているのだが。あるいはそれが本心から出た言葉だったから、彼は笑ったのかもしれない。
「君はそれでいいのかい?」
「彼女の処遇なんてどうでもいいわ。あ、決めるのならフィオナさんにしてもらったら?」
「わ、私!」
フィオナは思わず声を上げる。そんな彼女にカナリアは言った、アナタが一番被害を受けているのだから当然でしょうと。
そう言われてはと、フィオナはミーレイを見る。彼女は恐れるような視線を向けていた。
「えっと……謝ってくれるだけでいいです。別に大事にしたいわけでもないですし。あとカナリア様と一緒で、憂さ晴らしとかしたいわけじゃないですし」
フィオナの言葉にルーカスは何故だと驚く。そんな彼に、「だって彼女がどうなるかで全てが戻ってくるわけじゃないじゃないですか」と返した。
「私がいじめられていたっていうのがなかったことになるわけじゃないですし。あぁ、でももう二度とこんなことしないって誓ってはほしいですね。更生してほしいです」
もう二度としない、更生する。それだけでいいとフィオナは言った。それも本心だったのだろう、ノアは「二人ともお人好しだね」と苦笑していた。
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