第9話 シナリオというのは残酷である



 フィオナは目の前の光景が信じられず、固まっていた。


 汚れる床、散らばる小物。カーテンは切り裂かれ、本棚は倒れている。泥棒でも入ったような部屋の荒らされ具合にどうしていいのか分からなかった。



「フィオナ、どうし……っ!」



 召使いであり、幼馴染のクーロウがやってきた。固まって動かない彼女の様子を心配してか、部屋を覗き目を見開く。そして、その瞳はすぐに怒りの色へと変わった。


 

「誰がこんなことをした!」



 クーロウの叫びが廊下に響く。その大声に数人の生徒が出てきたが、彼の形相に引いていた。


 眉を寄せてぎらつく瞳は鋭く、牙をむいている姿にとてもじゃないが近寄れない。



「何かあったのかい、フィオナ……っ!」



 騒ぎを聞きつけてやってきたのはルーカスだった。彼女と約束していた彼は近くで待っていたのだ。短い金髪がフィオナの部屋の窓から入ってくる風に梳かれる。部屋を見たルーカスもその表情を怒りへと変える。



「これをやったのは誰だっ!」



 廊下に出ていた生徒はルーカス王子の怒った様子にびしりと姿勢を正した。恐怖、王子を怒らせたという恐怖が生徒たちを襲う。


 睨みつけられながら生徒たちは知らないと首を左右に振った。


 ざわざわと騒ぎが大きくなっていき、それを聞きつけた野次馬が集まってきた。彼らはフィオナに何かあったのだと知ると、またかと小さく呟く。彼女はそれほどにいじめを受けていた。



「何か知っているものはいないか!」



 ルーカスの言葉に一人の生徒が手を上げる。ひ弱そうな男子生徒が周囲を気にしながら、恐る恐るといったふうにルーカスを見た。



「ぼ、ぼく見たかもしれません……」

「誰をだ」

「半棟のやつらがこの寮に入ってくるのを見て……」



 半棟、それは素行が悪い生徒が入れられる寮である。悪さをしたり、目に余る行為をしている生徒を隔離するための場所だ。その生徒がこの寮に入ってくるのを見たと、この男子生徒は言っている。



「男か、女か」

「お、男です……」

「フィオナは男に恨まれるようなことをしたのか?」

「わ、私はそんなこと……男の子と話すことなんて滅多にないですよ!」



 その問いにフィオナははっと我に返り、慌てて答える。男子生徒と話すなんて、ルーカスやクーロウ、リオぐらいである。そう話せば、ルーカスは考える素振りをみせた。



「どうしたのか、ルーカス」

「……リオか」



 寮が騒がしいことに気づいたリオが声をかけてきた。ルーカスは嫌そうに眉を寄せながらも、フィオナの部屋を指さす。


 彼は部屋を覗き、眉間に皺を寄せた。この部屋の状況を見て全てを察したのだろう、リオはどうなっているとルーカスに問う。


 犯人が半棟の男子生徒である可能性が高いことを伝えれば、リオも考える素振りをみせた。



「誰かに金で雇われたか」

「リオもそう思うか」



 フィオナに恨まれるいわれがないのならば、誰かに雇われた可能性が高い。なら、誰がそんなことをするのか。


 野次馬がひそひそと話す。



「カナリア嬢じゃない?」

「あー、良い噂ないものねぇ」



 カナリア、その名にルーカスはなるほどと頷く。彼女はフィオナを苛めている首謀者として名が挙がっている人物だ。もし、それが本当ならば半棟の生徒を雇ってやった可能性だってある。



「まずは半棟の生徒を捕まえることだ」

「え、先生に言うほうが先じゃ……」

「教師など役に立たん。俺が動くほうが早い」



 フィオナにそう告げ、ルーカスは半棟の生徒を見たという男子生徒の腕を掴むと引っ張って行ってしまう。彼が顔を見た唯一の人物だからだ。リオは彼だけでは心配だからと言って、後を追いかけていった。


 残されたのはフィオナとクーロウだけ。彼女は荒れた部屋を眺めながら小さく溜息をつく。



「クーロウ、片付け手伝ってくれる?」

「あぁ。オレは傍から離れることはできないからな」



 こんなことがあったのだ、フィオナの身に何かあってはいけない。クーロウも犯人を捜したいのだろうが、その気持ちを抑えながら部屋へと入っていく。


 フィオナはどうしてこんなことになったかなと、考えながら散らばる小物を片付け始めた。


          *


 ルーカスは半棟の生徒にこの時間、寮にいなかった人物を聞きまわっていた。その情報から数人の男子生徒が浮かび上がる。彼らがよく屯っている場所へと向かえば、けらけらと仲間同士で笑っていた。



「あいつらか」



 建物の影から覗きながらルーカスは問う。半棟の生徒を見たと言った男子生徒は何度も頷いていた。どうやら、あのグループで間違いないようだ。


 ルーカスは男子生徒にもう戻っていいと告げ、物陰から出た。その行動にリオはもっと慎重にと額を抑えるも、彼の後ろをついていく。


 二人の姿を見て、屯っていた男子生徒は話を止めた。



「なんでしょうかねぇ~。ルーカス王子様」

「貴様、本棟の寮に侵入したな」



 その言葉に男子生徒は黙る、彼らの僅かな表情の変化にルーカスは確信した。この男たちが部屋を荒らしたのだと。



「フィオナの部屋を荒らしたの貴様らだな」

「なんのことでしょうかねえ」

「おれらは知らないですよ~」

「お前たちを見たという者がいる」



 目撃者がいる聞き、男子生徒は目を泳がせた。明らかに動揺しているのだ、なんとわかりやすいことかとルーカスは畳みかけるように言う。



「お前たちがやったのは部屋を調べればわかることだが? 魔法を使った形跡があったからな」



 あの一瞬で魔法の形跡を見つけたルーカスにリオは驚いた。魔法というのは扱う人間によって個々に魔力の気配というのがある。それを調べれば、誰が使ったのか大まかではあるが探ることができる。


 見つからないとでも思ってやったのだろうと言えば、男子生徒たちは顔を見合わせていた。



「吐かぬか。ならば、王族権限で」

「わ、わかった。全て吐く!」



 王族権限という言葉に、男子生徒は慌てて答えた。第二王子とはいえ、彼はこの国の王の息子だ。王族権限など使われたらどうなるか、それぐらい分からない生徒ではなかった。



「やった、やった。だが、頼まれたんだ!」

「誰にだ」

「カナリアだよ!」



 あのくそ令嬢さと男子生徒は言う。カナリア、彼女の名にルーカスはやはりと呟いた。噂通りの悪女だったかと怒りを燃やす。リオは信じられない様子ではあった。



「何故、彼女が……」

「知らねぇよ、そんなもん。女が気に食わなかっただけじゃ?」

「お前たちには証言者として来てもらう」



 ルーカスは言う、これは罪だと。彼女にはその罪を償ってもらわなければならないのだと。何をするのか、リオはなんとなくだが分かった。彼はきっと生徒の前で断罪させるつもりなのだ。


 こうなった彼を止めることはできない。リオは不敵に笑う彼を見つめることしかできなかった。


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