第8話 彼の想いというのは伝わってはくる




 授業を終えて昼休憩となり、昼食を取るべく教室を出れば笑顔を向けるノアの姿があった。わざわざ迎えにきたのかとカナリアは苦笑する。


 隣に立っていたシャーロットは、「二人の邪魔になりますので」と気を使って何処かに行ってしまった。


 そんな気を遣うことないのにと思いながら、カナリアはノアの隣を歩く。昼休憩なのだから食堂に行くのだろうと思っていたのだがどうやら違うらしい。


 彼はこっちと指をさし、長い廊下を歩いていく。この先は確かと考えて、あぁと納得する。王族専用の庭園があるのだ、そこで食事をしようということらしい。


 王族の生徒がゆっくりできるようにと作られた庭園は見事な光景であった。学園の中庭も綺麗に手入れされているが、それ以上である。花々のグラデーションに薔薇のアーチ、白いテラスに中央には噴水があって金のかけようが違っていた。


 ノアはカナリアをテラスに案内する。二人が座れば待っていましたとメイドが現れた。つやのある黒髪をお団子に結ったメイドはゆっくりとお辞儀をする。



「昼食を」

「既にご用意しております」



 そう言って、すっと料理をテーブルに並べ始めた。その手際の良さに流石、王族に使えるメイドだなと感心する。


 全ての料理が並べられるとメイドは頭を下げ、奥へと引っ込んでしまった。話の邪魔をしないようにという配慮だろう。そこまで気配りができるのかとカナリアは出された料理を眺めながら思う。



「さぁ、食べよう」

「えぇ……」



 なんだ、このフルコースは。ランチ用に調整されてはいるものの、昼に食べる食事ではないだろうという豪華っぷり。カナリアは驚きを悟られぬように料理を口に運ぶ。うん、味はやっぱり美味しい。


 王子に出すのだから生半可なものでないのは分かっていたが、食べてみると流石だなとしか言葉がでない。



「味が気に入らなかったかい?」

「いえ、美味しいですわ」



 気に入ったかと問われれば、気に入ったかなといった感じだ。味は美味しい、ただ昼は軽い食事がよかったなと思ったのだ。そう素直に言えたならよかったのだが、王子の手前では言いづらい。



「カナリアは小食かい?」

「えぇ、あまりたくさんは食べれませんの」



 カナリアが「この料理も全て食べきれるか自信はない」とそう素直に伝えれば、「気にすることはない」と彼は言った。



「僕が代わりに食べるから気にしないでくれ」

「残さないのですか?」

「勿体無いだろう。それに僕、結構食べるんだ」



 ノアはそう言って自身の料理をぺろりと平らげていた。なんと早いことか、気づかなかったとカナリアは驚く。そんな様子にゆっくり食べていいからと彼は笑む。


 彼が言うのだから気にしなくていいのだろう。カナリアは有難くそうさせてもらうことにした。


          *


 カナリアが残した料理も綺麗に食べたノアは、さぁ何を話そうかとにこにこしている。あれだけ食べて余裕そうだなと驚きつつ、彼の言葉を待った。



「カナリアの両親ってどんな人なんだい?」

「父は王国直属の魔導士団幹部で、母は今は亡き猫族の国の元王族です」

「猫族……四十年ほど前に邪竜と魔物の群れに攻められたあの……」



 猫族の国の民は身体能力と魔力に長けており、特に王族はその力が強いとされていた。けれど、猫族の国―ピスケスは邪竜によって滅ぼされてしまった。


 その邪竜は魔物たちを巧みに操り、小さな国であるピスケスを襲った。その脅威に猫族の王族たちは民を率いて、良好な関係を築いていたヴェルゴ王国に助けを求めたのである。


 魔物の群れはなんとかなったものの、邪竜は倒し切ることが出来ず封印されたと言われている。



「なるほど、だから君は珍しい紅い毛なんだね」

「そうなりますわね」

「僕の両親はね、父は王族だが母は貴族出の人間なんだ」



 カナリアの両親の話を聞き、次は自身の番だと話す。母は伯爵家の末娘で、ものすごく大人しい性格だったらしい。そんな母に父は一目惚れしたのだという。


 庶民を妃にするわけではないが、それでも位の差にいろいろ言われたのだとか。それでも父の説得の元、婚姻が結ばれた。かなり説得に時間をかけたと聞いているとノアは笑った。



「今でも相思相愛って感じでねぇ。他の女性には目がいかないんだ」

「仲がいいのは良いことですね」

「そうだね。あぁ、兄が二人いるんだけどね。これがまた対照的でねぇ」



 第一王子は熱血的で正義感が強く、第二王子は心配性で天然。全く似ていない性格ではあるものの仲は悪くない。よく合うものだなと感心するほどだとノアは言う。



「長男には許嫁がいるけど、次男にはいない。そのくせ、僕の嫁についての心配ばかりするんだ。まずは次男だろう?」


「いえ、ノア様のせいへ……好みが偏りすぎているのが問題なのでは?」



 まず、貴族以上の位でハーフまたは半獣人というのは少ない。庶民には比較的多いほうだが、それでも少ないほうである。その中でさらに好みのハーフを探さなければならないのだ。そんな息子の理想を聞いて不安に思わない親はいない。


 心配するのは当然のことで、いくら他の兄弟に比べてを目をかけていないとはいえ、息子なのだからちゃんと妻を娶れるか考えるはずだ。



「でも、理想形は見つけたから!」

「ワタクシですか」

「うん」



 即答である。目を輝かせながら見つめられ、カナリアは苦笑する。そこまで自身は理想のハーフだったのかと。


 どこが理想なのか、気になったので聞いてみた。すると、ノアは「言葉で表すのは難しい」と答えた。


 猫が好きだ、まずそこであった。妻にするならば猫の半獣人かハーフがいい、その次に毛足の長いタイプがいいと思った。


 ただ、それだけでは良くはない、獣耳尻尾だけを愛するのでは相手に失礼である。



「こう、カナリアとは見た目もだが、会話をしてこの女性ならと思ったんだ」

「そんなにお話していないかと」


「僕を気遣ってくれただろう? あとは冷静な対応とか。僕が王子だからといって、言葉をすぐに飲み込まなかったところとかね」



 王子だからと邪まな考えを持たずに、思ったことをそのまま口にしていた。そこが信用できると思ったのだとノアは話す。


 あの時の対応は王子には失礼だった気もしなくはない。けれど、彼にとっては良い印象だったようだ。



「僕、嫌なんだよね。媚びるような感じの」

「猫撫で声みたいなやつですか?」

「うん」



 言い表せないのか、こうっと手を動かしている。前世の記憶で例えるならば、ぶりっ子と言う言葉があうだろうか。あるいはきゃぴきゃぴしている女性か、とにかくそういうのがノアは苦手なようだ。



「ノア様は人気ですものね」

「好きな人に振り向いてもらわなきゃ意味ないよ」



 ノアは紅茶を飲みながら見つめる。いったいこんな女の何処がいいのだろうかとカナリアは思う。


 自身の性格はよくはない、これは自信もって言えることである。身内以外の存在に特に興味はないし、誰かがいじめられていようと気にもしない。


 よく、いじめを見て見ぬふりをしている人間も同罪だというが、その通りだとカナリアは思っている。


 自身はフィオナのことなど無視して、関わらないようにしているのだ。そんな人間が優しいわけがない。



「ワタクシ、性格悪いですわよ」

「それでもいいよ。君の全てを愛するって決めたからね」



 言われるのを分かっていたかのようで、なんと早い返事だ。これは何を言っても問題ないと答えるのだろうなと予測できた。


 彼の耳にだって自身の噂は届いているはずである。それを知った上で言っているのだ、この男は。物好きだなとカナリアは呆れる。



「カナリアは僕のことが嫌いかい?」

「嫌いではないですわ」



 これは本当だ、カナリアはノアのことを嫌いではなかった。妻になりたいほど好きかと問われると何とも言えないが、嫌いというほどではない。


 隠すことでもないのでそう答えれば、ノアは少し考える素振りをみせた。何を考える必要があるのだろうかとカナリアは紅茶を飲みながら彼を眺める。



「嫌いじゃないってことは、好きになることもありえるってことだよね?」

「まぁ……そうかもしれませんわね」

「なら、頑張ろうじゃないか!」



 ノアは目を輝かせながら言う。いや、何を頑張るのだ。カナリアは思わず突っ込みそうになるのを堪えた。


 彼は余程、気に入っているらしい。やはり、獣耳尻尾というのは凄い影響があるのか。やる気に満ち溢れている彼を見て思った。



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