第7話 獣耳尻尾フェチの恐ろしさ



 学園生活も春先を越え慣れた頃、リオがフィオナに落ちたというそんな話をカナリアは耳にした。


 それを聞いて「あぁ、やっぱり」と思ったのは言うまでもない。彼は攻略キャラクターの一人なのだから、フィオナに惚れるのは当然の流れである。


(この男もそのはずだったのだけれどなぁ……)


 カナリアは自身に引っ付いているノアの頭を押さえながら思った。彼は今、カナリアの腰に抱き着いているのだ。


 何故、そうなったのか、それは少し前に遡る。カナリアは驚くと猫耳尻尾が飛び出てしまう、これは制御しようがない生理現象だ。


 そんなカナリアが魔術の授業を終えて、片付けをしていた時だった。


 魔術薬学の講師、ナーリアは風邪から復帰していた。彼女は人間の女性であり、褐色の肌の美人教師だ。男子生徒からも人気であり、彼女の頼みを断る者はいない。


 風邪で倒れたと聞いて見舞いに行った男子生徒は多いぐらいに慕われている。


 そんなナーリアの授業の後片付けというのは男子生徒が集まる時間だ。僕が、俺が手伝いますと言って、片付けを一緒にしようとするのだ。


 またいつものことかと思いながら魔術書とノートをまとめていると、がしゃんと大きな音が鳴り響いた。気を抜いていたカナリアは思わず驚いてしまい、猫耳尻尾を飛び出させてしまう。


 どうやら、片付けを手伝っていた男子生徒の一人がガラスでできた器を割ってしまったようだ。びっくりしたとカナリアは息をつき、シャーロットと教室を出ると彼女から「猫耳尻尾が出ています」と教えてもらった。


 驚いてしまったからと思ってその猫耳尻尾をしまおうと指を鳴らす、そのタイミングでノアと目が合った。彼はほんと、たまたまその教室を通っただけだった。そして、偶然その姿を見てしまったのだ。


 カナリアはぱちんと素早く指を鳴らし、猫耳尻尾を仕舞った。その瞬間だ、ノアが「どうして仕舞うんだい」と大声を上げながら抱き着いてきたのである。そんなことがあり、今この状態なのだ。


 カナリアは現実逃避をするように、フィオナが起こしたであろうイベントを前世の記憶から掘り起こす。確か、怪我をしたリオの手当てをするとフラグが立つのだったか。



「カナリア~」

「目立つのでやめてくださる?」

「猫耳尻尾をください」

「話、聞いてましたか?」



 ノアはカナリアの腰に顔をうずめながら言う、獣耳尻尾成分が足りないと。何が足りないだ馬鹿かと、思わず口に出そうになるのを堪える。



「君の全てが好きだけど、猫耳尻尾の姿最高なの!」

「あー、はい」



 猫耳尻尾ーっと叫ぶノアにカナリアは溜息をつく。周囲から異様な眼差しを受けていた。そりゃ目立つのだから、視線を浴びるのは仕方ないことでこんなもの避けようがない。


 彼はカナリアを愛そうとしている、ような気はする。猫耳尻尾の姿が一番なのだろうが、それ以外は嫌だとは言わない。全てを愛すると言っている。


 ただ、獣耳尻尾を見ると気持ちを抑えきれないようだ。まぁ、好きなモノに対して興奮したり、気持ちを高ぶらせるというのは悪いことではない。ないのだが、公衆の面前では勘弁願いたい。



「カナリア様、少しぐらい良いのでは……」



 あまりの様子にシャーロットが心配げに言う。彼女まで不安にさせてしまっているではないかとカナリアはノアを見た。



「今すぐ、離れていただけるのならば、少しだけ本来の姿を見せましょう」



 そうカナリアが言った瞬間に彼は飛び退いた、それはもう素早い動きで。そのあまりの速さに苦笑するしかない。


 彼は目を輝かせながら待っていて、言ってしまった以上はやらねばならなず、カナリアは指を鳴らした。ぴょんっと飛び出る猫耳尻尾、彼はそれを見て悶えている。それはもう萌えに悶えているのだ。


 この光景は見たことがある。前世の記憶、友人が好きなキャラクターの何かのシーンを見ていた時がこんな感じであった。


 ノアは最終的に拝み始めてしまった。流石にそれは困るとカナリアが「止めてください」と言えば、彼は素直に従った。それでもまだ悶えている、これが萌えというやつか。



「満足しましたか、ノア様」

「した、したけれどもう少し拝みたい」

「そろそろ次の授業が始まりますので」



 そう言えば、彼は名残惜しそうな眼差しを向けた。そんな瞳で見られても授業を受けなくてはならないのだ、サボるわけにはいかないのでカナリアは指を鳴らした。


 しゅっと消える猫耳尻尾にノアは残念そうにしている。そんな様子にそれほどまで好きなのかこの姿とカナリアは不思議に思った。


 けれど、すぐに表情を変えてカナリアを見つめていた。なんだ、その変わり身の早さは。



「やはり、ある時とない時でも君は輝いている」

「はぁ……」


「ある時はそれはそれは最高であるのだが、無い時は無い時で猫のような冷めた瞳がまた素晴らしい」


「そうですか」



 どうやら彼は獣耳尻尾がない姿にも魅力を見つけたようである。確か、ゲームではそれをフィオナに見出して、惹かれていったのではないかっただろうか。


(何故、ワタクシなのか)


 それは猫耳尻尾が招いたことなのだがあの時の出来事は仕方ない、時間は巻き戻らないのだ。


 そこでふと、思う。これは運命的にはどうなのだろうかと。本来のゲームではカナリアはリオに惹かれ、フィオナを陥れようとする。だが、前世の記憶を継いだ今のカナリアはそんなことをしてはいないし、リオにも何の感情も抱いてはいない。


 乙女ゲームと違う行動をカナリアはしている。そのせいか、ところどころ事の流れが変わっているのは感じた。


 まず、苛めの首謀者が変わったこと。カナリアは首謀者として仕立て上げられそうになっているということ。そして、ノアに気に入られてしまったこと。特に彼に気に入られてしまったことに関しては驚いている。


 運命が変わっているのではないかとカナリアは考えた。自身の行動一つでシナリオは変化していく、よくある運命回避に奮闘するというのはあながち間違ってはいないのかもしれない。


 こうも事の流れが変わるのだから、動けばさらに違った未来が待っているだろう。


(ノア様を利用するっていう手もあるものねぇ……)


 ノアはカナリアにべったりだ。今ならばお願いすれば、いろいろ聞いてくれる可能性はある。けれど、そうはしなかった。


(借りを作るのって嫌なのよね。あと悪いことをしているみたいだし)


 自身の死亡エンドという未来を変えるたるためとはいえ、誰かを利用するというのは悪いことをしているようで嫌であった。相手が自身を愛していると言っている存在であっても。



「そうだ、カナリア」



 彼は何か思いついたといったふうに手を叩く。なんとなくいい考えではないような気がして、カナリアは思わず渋い表情になった。そんな彼女にノアは別に悪いことではないよと言い足す。



「昼休憩、僕と一緒にいてくれないか?」

「はい?」

「君ともっと話がしたいんだ」



 君も僕もまだ知らないことが多い、まず知るところから始めようという提案にまだ諦めていないのだと察する。だが、お互いに知るところからという提案は悪くはなかった。


 何もカナリアはノアが嫌いなわけではない。相手のことをよく知らないで付き合うというのが嫌なだけである。お見合いですらちゃんと相手のことを知る機会が与えられるのだから、それぐらいなくては返答のしようがない。


 彼に良い印象がまだないが、人となりを知ってから考えるということもできるのだ。



「まぁ、まず知るところからなら……」

「よかった!」



 カナリアはその申し出を受けることにした。ノアはその返事に嬉しそうに微笑み、カナリアの手を握る。そんなに嬉しいことなのだろうか、カナリアにはよく理解できなかった。


 そういえば、自身はまともに恋愛などしたことがないのではなかっただろうか。前世の記憶は薄れかけているけれど、恋愛のれの字もない。友達が恋をしていたのは知っていたし、話も聞いてはいた。ただ、気持ちと言うのは理解できなかった。


 友達がやっていたということもあって乙女ゲームをプレイしてみたが、恋愛のことが全く分かっていない自身にはフラグやら萌えやら、キュンやら頭に入ってこない。理解しようとしてはいたけれど、未だによく分かっていない。


 あぁ、でもそうだなとカナリアは思い出す。このゲームをプレイして真っ先にクリアしたルートはノアだったなと。何故だか、気になったのだ、彼を。


(きっとこれが惹かれたということなのだろうな)


 それだけは何となくだが理解した。



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