第6話 彼女の全てを愛すると決めたのだ



「ノア殿、貴殿はあの令嬢を気にいっているようだな」



 学園の中庭で話しかけてきたのはルーカスであった。綺麗な金色の短い髪を掻き上げて、ノアを見つめる彼の瞳は何処か冷めていた。


 ノアはまた面倒な奴に絡まれたなと思った。ルーカス第二王子は人当たりはいいが、酷く我儘であり自分勝手な部分を持っている。それは態度にも表れていて、気に入らないものには酷いものだ。


 ノアも彼に好かれているわけではないことぐらい知っている。彼の兄と自身の兄は仲がいい。ルーカスは兄と比べられることがあり嫌っていた。そんな兄が慕っている男の弟など、好きになるわけがない。


 一応は協力関係にある隣国の王子、扱いは丁寧ではあるが言葉の端々から苛立ちというのが感じ取れた。なんと印象の悪いことか、これでも自身は一つ年上なのだがな。そう思いつつも、ノアは気にするわけでもなく答える。



「あぁ、気に入っている。何せ、彼女は理想形だ」

「……確かあの令嬢はハーフでしたね。なるほど」

「きっかけは獣耳尻尾だが、ちゃんと彼女の中身も見るよ。そうでなくては失礼だからね」



 見た目だけか、獣耳尻尾だけかなどそんなふうに思わせてしまってはいけない。きっかけはそれであるが、それ以外のことも愛そうとノアは決めていた。


 もし、理想の獣耳尻尾の女性が現れたのならば、その全てを愛そうと。獣耳尻尾だけでなく、中身も全て。


 でも、彼女はまだ信じてくれていないのでノアは少しだけ寂しげな表情をみせた。自身の行動が彼女の信頼を欠いた原因であることには気づいている。けれど、抑えきれなかったのだ、理想形が目の前に現れて。



「あの令嬢はやめておくべきだ」



 そんなことを考えていればルーカスが言った。ノアは「どうして?」と思わず聞いてしまう。彼から助言してくることなどそう無いことだ。彼は誰かが堕ちようとも気にも留めない性格である。



「あの令嬢に良い噂はない。現にフィオナを苛めている首謀者として、名が挙がっている」

「フィオナ? あぁ、竜の神子だっけ。彼女がやったという証拠はあるのかい?」

「それは……。だが、火のない所に煙は立たぬと言うだろう」



 彼の言い分も分からなくはなかった、彼女の悪評を知らなかったわけではない。噂だって耳にしているけれど、その証拠というのがない。


 彼女が本当にフィオナを苛めているのか。もしそうなら、どうしてそんなことをするのか。けれど、ノアは彼女は何もやっていないと思っている。



「証拠を持ってきてから言ってくれ」

「貴殿の信用を落とすようなことにならぬように助言したのだが?」


「心配してくれていることには感謝しよう。けれど、自分のことは自分でできるのでね。安心してくれ」



 ノアの返事にルーカスは眉を寄せる。苛立っているのは目に見えていたが、気づかぬふりをした。


 大方、彼女を苛めの首謀者として学園から追放したいのだろう。そして、苛めから救ったとしてフィオナにいい顔をしたいのだ。そのためにはカナリアを気に入っている隣国の王子が邪魔ということになる。


(まぁ、当然そんなことはさせないよね)


 仮にカナリアがそんなことをしていたとしても、やり直す機会を自身なら与える。そのためにいろいろと動くだろう。もし、冤罪であるならば彼女を首謀者として仕立て上げた存在を探し当てる。


 彼からしたら邪魔な存在だ、ノアは表情には出さずにルーカスを見つめる。



「話がそれだけならば、僕は戻るけれど」

「……俺は忠告しましたから」



 ルーカスはまだ何か言いたげではあったが話を止めて、それだけ言って歩いていってしまった。そんな彼の背を眺めながらノアはふっと息を吐く。



「彼女も大変だろうなぁ」



 もし噂が全てただの噂で何も彼女がしていないというのならば、きっと大変な思いをしていることだろう。下手に何もしていないと言えば怪しまれ、かといって何も答えなければ隠していると陰口を叩かれる。


 そんな状態だ、味方らしい味方などいない。味方といえるのはきっとシャーロットぐらいだ。



「僕も彼女の味方でありたい」



 例え、噂が本当であったとしても、彼女を止めてあげることはできる。正しい道に戻してあげれる。もちろん、噂が嘘であるならば、その誤解を解いてあげたい。


 彼女からしたらきっと余計なお世話なのだろうけれど。それでもやっぱり心配なのだ。



「噂が本当かどうかだよねぇ、問題は」



 そう考え、ノアは指を鳴らした。するとすっと何かがノアの傍に膝をつく。身綺麗な執事服に身を包む白髪の老紳士は頭を垂れてノアの言葉を待っていた。



「ベルフェット、少し調べてくれるかい?」

「何なりとお申し付けください」

「カナリアの噂について調べてくれ。あと、もし噂が嘘ならば、誰がどういう意図で流しているのかも調べろ」

「承知致しました」



 ノアの話が終わると共に、すっとベルフェットと呼ばれた執事は姿を消した。相変わらず行動が早いなと感心する。


 ベルフェットは優秀な執事であり諜報員だ、彼に任せればある程度の情報は集まる。信頼できる数少ない人間の一人だ。



「彼に任せておけば何とかなるだろう。僕からもちょっと探りを入れてみるか……。でも、彼女にはまだ信頼されてないからなぁ」



 がっくりと肩を落とす。猫耳尻尾に興奮したのは本当だ、毛足の長いそれも珍しい紅い毛の猫獣人とのハーフ。もともと、猫好きだったこともあり一目で彼女しかいないと思った。これは一目惚れである。


 彼女からしたら自身の反応は猫耳尻尾を気に入っただけとしか捉えられないだろう。初対面からやらかしてしまったのだ。


(いくら、獣耳尻尾が好きとはいえ、理想の女性が現れたなら全てを愛すると決めたというのに自分は……)


 気持ちの高ぶりを抑えきれずにやってしまった。彼女の抱いた感情を変えるには時間がかかるだろう。それでも、彼女の全てを愛そうという気持ちに嘘はない。


 彼女を支えて彼女のためにできることをしたい、この気持ちは本物なのだ。ノアにとって初めてであった、こんな気持ちになったことは。


 ハーフを見たことがなかったわけではない。もちろん興奮はしたけれど、カナリアを見た時の衝撃はなかった。彼女のあの長く紅いつやのある髪に、毛足の長い猫耳と尻尾は美しいという言葉で表し切れないほどに似合っていた。


 白肌に映える深紅の瞳は心を見通すようで、心を奪われた。全てが理想形だった、こんなハーフはいないだろうかと、想像していた人物が目の前にいたのだ。



「興奮は抑えれなかった、これは仕方ない……。いや、彼女からしたら迷惑だったか……」



 いきなりだったうえに興奮しているのだ、気持ち悪いと思われても仕方ない。気を付けなければ、次は冷静に。


 そう気持ちを決めるも、また彼女の猫耳尻尾姿を見て興奮しない自信はなかった。



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