第二章……悪役令嬢の運命なのだろうけれど、これは酷い
第5話 好かれるというのは大変なことなのだな
「なー、カナリア。どうして獣耳尻尾を隠すんだい?」
ノアは不満げに問うた。カナリアたちは学園の中庭にあるテラスにいた。季節折々の花を咲かせ、綺麗に剪定された木々が風に靡くのを眺めながら、シャーロットと二人で昼食をとっていたのである。
なら、どうして彼がいるのか。それは昼食を食べていたカナリアとシャーロットを見つけて入ってきたのだ。
あの大図書館の出会い以降、ノアはカナリアに求婚していた。彼女を見つけてはべったりとくっついて離れず、冷たい態度をとってもひるまない。
最初はシャーロットだけでなく周囲も驚いていた。カナリアはシャーロットだけに、彼が獣耳尻尾フェチであることを伝えたのだ.それを聞いて彼女も納得したようではあったが心配もしていた。
ノアはルーカスやリオほどではないが、人気のある先輩だ。そのうえ、隣国の王子なのだから下手な行動は周囲の反感を買いかねない。それはカナリアも分かっていた。
父に迷惑はかけたくない、相手は隣国の王子なのだから丁寧に扱うべきである。
けれど、ここ数日で分かった、彼は鋼メンタルの持ち主であると。遠まわしに断っても、彼はその意味に気づいていながら、諦めない。真正面から言ってもめげないのだ。
「邪魔なのよ、猫耳尻尾」
答えなくてもいいかと思っていたが、ずっとしつこく聞かれるのも面倒だとカナリアは仕方なく答える。
この獣耳尻尾というのは邪魔である。髪を梳く時も櫛が耳に当たったり、引っかかったりして、痛い思いをすることがある。尻尾はスカートの裾を上げてしまったり、座るのに邪魔だ。なくせるならば、そうするほうが楽である。
「そんな、もったいない」
「ノア様。ワタクシの猫耳尻尾以外も、愛するのでしょう?」
「もちろんだ! でも、猫耳尻尾の姿の君も見たいのだよ」
ノアは「だってそれが本来の姿だろう。本来の姿を愛せてこそ、夫にふさわしい」と微笑みながら言う。
確かにそうなのかもしれない。本来の姿を愛してもらわなければ、夫婦などやっていけないだろう。
でも、思うところはあるわけで。彼が猫耳尻尾にだけに惚れているという可能性だってあるのだ。獣耳尻尾フェチであるのだから、それがないと愛せないのではないか。そう勘ぐってしまうのは自然である。
「僕は信用ないのかな?」
「まだありませんわね」
彼の口から出るのは猫耳尻尾のことばかり。そんなんじゃ、自身を愛しているようには感じられない。そうはっきり言えば、彼は反省したようにすまないと返事をした。
「もちろん、君のそのままも好きなんだ。これは嘘ではない、信じてくれ」
「行動次第でしょうか。あと、シャーロットもいるのですから、彼女を空気にするのは止めてくださらない?」
カナリアの指摘にはっと気づいたのか、傍に座っていたシャーロットに目を向けた。突然、自身の名が出て驚いた彼女は首をぶんぶんと振っている。
「あ、あたしのことはいいので! お二人でどうぞ、どうぞ」
「貴女が良くても、ワタクシが嫌なのよ」
カナリアにとってシャーロットは唯一の友人である。彼女以外にカナリアについてきてくれる者など、噂の立った今ではいないのだ。
別に噂をされるのは構わない。自由に生きていくと決めたのだから、多少の我儘だって言う。だが、悪いことをしていいというわけではない。それぐらいは分かっているので、学園では悪さなどせずにそれでいて自由にしてきたのだ。
噂をされても自身は何も悪いことをしていないのだから気にすることはない。
だからといって一人でいたいというわけでもなく、友達ぐらいほしいと思わなくもない。友人というのは良き話し相手であり、時に助け合っていくものだ。そういう関係に憧れないわけではない。
それができるのはシャーロットしかいないのだ。彼女まで失ってしまっては、カナリアは本当に一人になってしまう。それは寂しいし、悲しいのだ。
「ワタクシのことを理解してくれているのは貴女なのよ。そんな存在がいなくなるのは寂しいの」
その言葉にシャーロットは「カナリア様~」と手を握る。カナリアに慕われているというのを実感してか、彼女は嬉しそうに頬を緩ませ少し赤らめさせていた。
シャーロットは「大丈夫ですよ」と自信満々に言う。どんなことがあろうとも、友として離れることはないと。そんな姿にカナリアは目を細めた。
(ゲームでも、カナリアを最後までかばってくれたものね)
ゲームでも彼女は最後までかばってくれていた。カナリアはそんなシャーロットを助けるために、自ら全ての罪をかぶる。彼女だけは巻き込みたくはなかったのだ、自身の我儘に。
家からも国からも追い出され、カナリアは魔物に食われ死んでしまう。それが本来の悪役令嬢であるカナリアの最後だ。
自由に生きると決めたとはいえ、まだそんな死亡エンドを迎えたくはない。誰だって死にたくはないのだ。
運命回避してやるという意気込みはないが、死亡エンドは回避しようと主人公であるフィオナとは関わらないようにしてきた。観察することも、情報を集めることもなく。いろいろ動くよりは何もしない、関わらない、それが一番である。
変に観察したり、情報を集めようとするほうが余計に怪しいのだ。何かしようとしているのではないかと、さらに噂が立ちかねない。
「カナリアの友人を放っておくのは失礼だった。すまない」
「い、いいんですよ、ノア様! あたしはしがない伯爵家の人間ですから……」
「そんなことはない。カナリアが信頼を置いている友人なのだから」
申し訳ないと頭を下げるノアにシャーロットは慌てた様子である。王子に頭を下げられることなどそうないことだ、無理もない。あわあわと「大丈夫ですから」と必死だ。
カナリアは流石にシャーロットだけでは可哀そうだと思い、彼女もこう言ってますしと助け舟を出す。
カナリアにそう言われてノアはそうだろうかと頭を上げた。まだ不安そうではあるが、シャーロットが気にしてませんと力強く言ったので納得したように引いた。
「ノア様。目立つのだから、あまりそういうことをされると困りますわ」
「別に僕は第三王子、末っ子だから問題ないと思うんだけどなぁ」
「王子は王子でしょう。変わりません」
ノアはヴェルゴ王国の隣国であるカンケルの第三王子、末っ子である。一番、目をかけられていないと言ったら失礼だが、そういう扱いを受けている。彼の性癖のせいで未だに許嫁が決まらないということもあってか、両親はもう諦めているという噂を聞いたことがあった。
王位を継承する予定の第一王子の兄と違って、ノアは特別優秀というわけでもない。魔法の才はある、力もそれなりにある。けれど、国をまとめるほどの威厳と知恵はない。兄に勝るほどのそれらを持ってはいなかった。
末っ子だからと甘やかされてきたわけではないのだが、第一王子と第二王子ほどは構ってもらってはいない。このアーツベルン魔法学園に通うとなった時も、兄ほどの護衛も召使いもつけてはもらえなかった。それらが彼にとって第三王子だからという、ひねくれた考えにいたったのだ。
だが、カナリアのような貴族や一般庶民からしたら、彼が王子であることには変わりない。それが例え第三王子で目のかかっていない末っ子であってもだ。何か失礼なことをすれば、どうなるかと考えるだけでも恐ろしい。
「王子らしくとは言いませんけれど、少し気を付けたほうがいいかもしれませんわね」
「そうかなぁ」
大丈夫だと思うけどなとノアは楽観的である。どうしてそうポジティブになれるのだろうか。こっちは失礼なことをしたらどうなるかと、ひやひやしているというのに。
「カナリアに何を言われても問題ないよ。好きだからね」
「失礼なことは言いませんわよ」
「えー、大丈夫だよ?」
貴方が大丈夫でもこちらが大丈夫じゃないのだと、そうはっきり言えたならどんなに楽なことだろうか。周囲からの視線にカナリアは心底、面倒だと思った。迂闊なことを言えば、王子になんていう口の利き方をなどと、陰口を叩かれてはたまったものではない。
シャーロットもそれを気にしてか、不安げである。彼女も巻き込んでしまって申し訳ないのでカナリアはあとで謝ろうと決めた。
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