第4話 何故、踏んでしまった! フラグを!



 この学園には大図書館と呼ばれている場所がある。魔導書から一般書まで、数多く揃えられており、ヴェルゴ国一とうたわれている。そんな大図書館にカナリアは一人でいた。今日出された課題に必要な本を探しにきたのだ。


 生徒は下校し、大図書館内はしんと静まり返っている。カナリアはずらりと並ぶ本棚を眺めながら、目的の本がある区域へと向かう。


 その本の多さから迷路と称されているだけあり、油断していると迷ってしまいそうになる。さらに奥には禁書を扱う区域があり、そこには厳重な警備が敷かれている。入れるのは限られた存在だけだ。生徒は入ることを許されない。


 前に一度、入ろうとした生徒が謹慎処分を受けたという話を聞いている。カナリアは禁書を扱う区域には近寄らないように歩を進めた。



「ほんとに、多いわね。本」



 カナリアはまだたどり着かないことにたいしてげんなりしていた。迷っているのかもしれないと思いながらも、目的の場所を探す。


(ここは生物系だから……こっちね)


 頼りない立て札を頼りに探せば、なんとか目的の区域へとたどり着いたが、ここに来るまでにかなり時間は経っている。広すぎるのだ、この図書館は。


 カナリアはさっさと終わらせようと課題に必要な本を探すのだが、それもまた大変なものであった。何せ、本の数が多いのだ。何度来てもこの量には慣れないし、探すのには苦労する。


 シャーロットにも協力してもらえばよかったと少しだけ後悔した。



「えっと……。あぁ、これだわ」



 何とか本を見つけ、カナリアは手に取った。本の中身を確認するようにぱらぱらと捲り、よしと小さく呟く。


 探すのには時間がかかるが戻るのは簡単だ。さっさと寮に戻って課題を終わらせてしまおうとカナリアは本を抱え、通路へと出たその時だ。



「うわぁぁっ!」



 そんな大声と共に大きな音が室内に響いた。不意打ちをくらいびっくりしたカナリアは思わず、猫耳と尻尾を飛び出させてしまう。なんだと音がしたほうを見遣れば、本棚が雪崩のように崩れていた。その傍には一人の男子生徒がいた。


 長い銀髪を一つに結い、銀の瞳は優しげな男。カナリアは見覚えがあった、この男子生徒は攻略キャラクターの一人だ。


 ノア・アーリシス・クィンデット、ヴェルゴ王国の隣国、カンケルの第三王子である。カンケルはこのヴェルゴ王国と和平を結び、協力関係にある国だ。国同士の仲も良好であり、カンケルの国民がこの学園に入学するのはよくあることである。


 彼はルーカス王子よりも一つ上の学年だ。そのため、一学年であるカナリアは滅多に会うことはない。それは三学年の棟は一学年から離れているからだ。


(初めて見た)


 ノアのことを知ってはいたが、この学園に入学してから初めて見る。ゲームをプレイしながら思っていたが、やはりイケメンだ。まじまじと観察しながらカナリアは考える、これは声をかけるべきだろうかと。


 ノアは崩れた本棚を眺めながらどうするかなぁと頭を掻いている。カナリアには気づいていないようで、このままそっと消えれば見つからないだろう。けれど、相手は隣国の王子、そんなことが見つかれば何を言われるかわからない。


(まだ気づいていないようですし、このまま……でもなぁ……)


 このまま放っておけば楽でなのだろうが、カナリアは少しばかりノアが可哀そうだなと思ってしまった。音を聞きつけた司書がやってくるのも時間の問題で、きっと叱られるであろう。


 どういう経緯でこうなってしまったのかは知らないが、片付けのを手伝いぐらいならできるのではないか。カナリアはそう考えてノアに声をかけることにした。



「大丈夫ですか?」

「あぁ、大したことじゃ……」



 ノアの傍に近寄り声をかければ、彼は恥ずかしげに答えながら振り向いた。その瞬間、固まっていた。そんな様子に何かあっただろうかとカナリアは首を傾げる。ふと、彼の視線が頭に向けられていることに気づいた。


(あ、猫耳……)


 カナリアは気づく、そうだ自身は驚くと隠していた獣耳尻尾が出てしまうことに。そして、さらに面倒なことを思い出した。



「猫耳……」

「えっと、ノア様?」

「君はハーフかい? それとも半獣人!」



 ノアは勢いよく立ち上がり、カナリアの手を握る。興奮したように、猫耳と尻尾を観察する視線に苦笑するしかない。


(この男、獣耳尻尾フェチだった……)


 そう、ノアは大の獣耳尻尾フェチだ。ただし、獣人では駄目である。人間に獣耳と尻尾がついた状態である半獣人または、ハーフでなくてはならないという面倒な性癖の持ち主だ。


 今、カナリアは彼の性癖通りの姿をしていた。人間の姿に猫の耳と尻尾を出している状況、彼が反応しないわけがなかった。


「どっちだい!」

「半獣人と人間のハーフですけど……」

「あぁ、ハーフ! 紅い毛の猫……ふつくしい……非常に珍しい猫の獣人とのハーフなんだね。あぁ、すらりとした毛足の長い尻尾……撫でたい」



 目に焼き付けるように、じっくりと見つめてくる姿はイケメンであっても気持ち悪いと思ってしまう。



「触ってもいいかい!」

「え、嫌ですわ」



 即答、当然である。何を突然言ってくるのだ、この王子は。その即答さにノアは項垂れている。そこまで落ち込むほどかとカナリアは理解できなかった。


 この反応は普通だ、いくら王子とはいえど嫌なものは嫌なのだ。


 ノアは君は「完璧なんだよぉ」と嘆いていた。何が完璧だというのだろうか、カナリアには理解できなかった。



「毛足の長い猫は僕大好きなんだ。特に珍しい品種に、手ざわりがそれはもうもふもふのさらさらなのがいてね。君の毛足はそれによく似ている、撫で回したい」


「気持ち悪いのでやめていただけますか?」



 手をわきわきとさせながら、尻尾を見つめるノアにカナリアは引く。それはもうドン引きというやつだ、これが残念なイケメンというやつか。カナリアはノアの様子を眺めながら一歩、後ずさった。



「あー、逃げないで! 逃げないで!」

「いや、逃げたくなりますよ、普通」

「僕は獣耳と尻尾を愛しているだけだから!」

「普通にそれ以外も愛しましょう、王子」

「君なら全てを愛せる!」

「はい?」



 その発言にカナリアは首を傾げる、何を全て愛せると。ノアはそんなカナリアを捕まえるように肩を掴んだ。その瞳は真剣で今までと違った色をしていた。


 そのあまりの変わりようにカナリアは驚き入る、さっきまでの言動など幻のように感じさせるのだ。



「僕はノア・アーリシス・クィンデット。どうだろう、僕のモノになってくれないだろうか?」

「ワタクシは物ではありませんが」



 思わず出た言葉はそれだった。いや、この王子は何を言っているのだ、そもそもこれはどういう状況なんだ。


 まず、彼は大の獣耳尻尾フェチである。彼の話を聞くに、毛足の長い猫が特に好きなのだろう。カナリアの母は毛足の長い紅い毛の猫半獣人だ。その血を継いでいるだけあり、カナリアの髪と尻尾の毛はつやがあり、さらさらだ。それもノアの好みであったのだろう。


 そこまで整理して、こいつただ猫耳尻尾に惹かれただけじゃねぇかとカナリアは思った。誰がそんな告白を受け入れるのか、そう口に出そうになる悪態を堪える。



「あぁ、すまない。いや、君は僕の理想なんだ、最高なんだ!」


「猫耳尻尾がですか。それだけなのでしょう? ワタクシの中身も知らず、見た目も猫耳尻尾の部分だけ。そんな想いだけで応えられるはずがないでしょう」



 カナリアの言葉にノアは黙った。そう思うのも無理はないのだ、彼の態度からでは。


 カナリアの中身も猫耳尻尾以外の見た目も好きでいてくれなければ、想いに応えることはできない。嫌いな部分があってもいい、それを受け入れてくれるならば。


 それに彼とは此処で出会ったのが最初なのだ。突然、そんなことを言われても困るだけである。



「……すまない」

「分かっていただけたならいいので……」

「全てを愛すると誓おう!」

「はい?」



 獣耳尻尾以外も君を愛すると誓う。物と言ってしまったことは申し訳ないと彼は謝罪して、その真剣な眼差しをカナリアに向けた。



「僕の妻になってくれ」

「ワタクシの話、聞いてました?」

「もちろん。君のことをまだ知らないけれど、これから知っていく。そして、全てを愛す。嘘はつかない」



 カナリアは思った、これは何を言っても駄目だろうなと。彼の眼は嘘偽りないといったふうに迷いがない。そんな相手に何を言っても無駄である。


 彼は確か攻略キャラクターの一人だったはずなのだがなと、ノアを見遣る。獣耳尻尾以外にも魅力を感じ、フィオナに恋をするはずなのだ、彼は。けれど、逸らされることのない瞳にどう反応すればいいのか、カナリアには分からなかった。



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