第3話 無事にフラグは回収しているらしい



 魔術の実技は退屈だ、カナリアはぼんやりと空を眺めながら思った。今、授業で魔術の実技を行っていた。


 カナリアは魔導士と猫の半獣人のハーフである。魔力は高く、そして身体能力、技量ともに良かった。そのため、出される課題は軽くできてしまうので実技ほど楽なものはない。


 今も課題を終えて次の指示を待っている最中なのだが、この時間が何とも暇で仕方ない。シャーロットは残念ながら技量があるわけではないので未だに苦戦中だ。


 早く終わらないものだろうか。そうやってぼんやりと眺めていれば、背後から声をかけられた。



「カナリアじゃないか」

「あら、リオ様」



 襟足の長い黒髪にいつ見ても綺麗な金色の瞳を持つ男、リオ・フローディア。フローディア公爵家の息子であり、ルーカス王子と同じクラスだ。人気のある男子生徒であり、攻略キャラクターの一人である。


 それだけでなくヴァンレット家とも交流があり、カナリアはリオの許嫁候補に入っているという噂が立っていた。


 本来の乙女ゲームではカナリアはリオに惚れており、主人公であるフィオナに取られまいと陰湿ないじめをするようになる。が、前世の記憶というのが蘇ってしまったせいか、リオに対する感情は無くなっていた。


 それはもう綺麗さっぱりと無くなっており、今は単なる先輩であり付き合いのある友人のようなものとなっている。自身でも驚くぐらいの冷めようで思わず笑ってしまったのは内緒だ。


 そんなリオがどうして実技場である運動場にいるのだろうか。何かあったのか、カナリアが問えばリオは「先生に用があってね」と返した。



「アルフィー先生!」

「おー、なんだー? って、リオじゃないか」



 アルフィーと呼ばれた大柄な白狼の獣人はリオの姿を見て手を振る。指導していた生徒に断りを入れ、彼は二人のほうへと駆けよった。



「どうした、何かあったか?」

「実はナーリア先生が風邪で倒れてしまって……」



 どうやら、授業中に先生が倒れてしまい授業が止まっているらしい。先生は運ばれ治療を受けているため無事だが、代わりに授業を請け負ってくれる教師が不足しているようだ。


 本来なら非常勤の教師がいるのだが彼らは丁度、出払ってしまっていたようだ。それでどうしたものかと相談にきたとのこと。



「あー、そういえば報告会でいないんだったか……。自習っていう手もあるが、さぼられても困るしなぁ」

「そうなんですよ」



 どうやらサボっている生徒が出ているようでアルフィーは腕を組み考える仕草をみせる。そんな二人をカナリアは他人事のように見ていた。大変そうではあるが自身には関係ないと思っている。


 先生はどういう判断をするのだろうかと聞き耳を立てていれば、よしとアルフィーは指を鳴らした。



「共同授業にしよう」

「と、いいますと?」



 アルフィーの提案にリオは首を傾げる。学年が違うのだ、同じ授業を受けるというのは難しいことである。しかし、アルフィーは簡単なことさと笑みを見せた。



「お前たち先輩が、後輩の魔法を見るんだよ」



 要は先輩であるリオたちが後輩であるカナリアたちに魔法の使い方のコツを教えるというものだった。これならばリオたちも一年の復習ができ、一年生は魔術を教えてもらうことができる。悪くはない提案であった。



「サボってるやつはオレが見張っていられるしな」

「なるほど。では、生徒たちを呼んできますね」

「頼む」



 リオは一礼し、教室のほうへと駆けていった。アルフィーは生徒たちに声をかけ、チーム分けをするために一か所へと集める。



「カナリア、お前も課題は終わらせたが一応集まれ」

「わかりました」



 カナリアはアルフィーの指示に従い、生徒たちが集まっている場所へと入り込んだ。シャーロットを見つけ、隣に立てば彼女は嬉しそうに笑みをみせている。


 数分としないうちにリオたちのクラスメイトが集まってきた。一学年上とはいえ、学生とは思えぬ雰囲気にカナリアのクラスメイトたちは不安げである。



「では、班分けをする」

「先生」

「なんだ、ルーカス」



 白金の短い髪に透き通る青い瞳の男、ルーカス。彼こそがヴェルゴ王国第二王子であり、この乙女ゲームの攻略キャラクターの一人だ。整った容姿を微笑ませながらルーカスはアルフィーに言った。



「班分けは俺たちに任せていただけませんか?」

「どうしてだ?」

「これも、経験の一つだと思うのです」



 ルーカスはアルフィーにこれは良い経験になると、いろいろ話しながら説得をしていた。そんな姿にどうせフィオナのチームに指導としてつきたいだけなのだろうとカナリアは呆れる。


 こういう時だけはもっともらしいことをすらすらと言えたものだ。カナリアは恋というのは凄いものだなと思った。


 ルーカスの説得もあってか、アルフィーはならばと班決めを彼らに任せた。ルーカスは魔力の差によって分かれるように指示を出す。もっともらしい事を言っただけあってか、そこらへんはしっかりとしていた。


 それでもルーカスはフィオナの班を担当するように調整していたので、やっぱりなとカナリアは苦笑する。


 カナリアの班はリオと数人の先輩が担当した。シャーロットはといえば、さりげなく同じ班になっている。いつの間にと思って見ればてへっと彼女は舌を出していた。


 ふと、リオを見遣れば遠くのほうを眺めている。なんだろうかと視線を辿れば、フィオナとルーカスがいた。ルーカスはべったりであり、彼女は困っている様子である。


(もしかして、フラグを立てたのかしら?)


 カナリアはフィオナのフラグなど気にもしていなかったため、何がどうなってイベントが進んでいるのか把握できていない。


 ただ、リオの様子を見るにフラグは立てているようにも見えた。



「どうかなさいましたの、リオ様?」

「いや、何でもない。カナリアは……あぁ、お前は相変わらず実技はできているな」

「これぐらいならば、当然」



 カナリアは初級魔法である、ファイアやブリザードといった魔法を使ってみせる。初級魔法はカナリアにとっては朝飯前だ。そんな様子にリオはなら、カナリアは大丈夫だなと他のメンバーのほうへと目を向けた。



「フィオナ、この魔法はこうするといい」

「は、はい!」



 少し離れた先からはルーカスが優しく付き添いながらフィオナに魔法を教える声が聞こえた。そんな二人に向けられる視線というのは痛いものである。


 嫉妬に燃える貴族の女子生徒、彼女を心配するクーロウに、何を思っているのか分からぬリオと様々な視線が二人に集まっているのだ。


(大変ねぇ)


 そんな彼女を他人事のように思いながら、カナリアは何度も失敗しているシャーロットのサポートに回った。


 それほどかからない時間だったと思う、リオはルーカスのほうへと向かって行ってしまった。どうやら、彼のフィオナ贔屓ぶりに耐えかねたのか指摘しにいったようだ。


 リオの指摘に彼は眉を寄せ反論していた。



「できていない後輩の面倒を見て何が悪いんだ」

「それでも過剰すぎる。見てみろ、お前と同じように教えている仲間も困っているじゃないか」



 そう言われてルーカスは同級生であろう生徒に目を向けた。彼らは、何と言えばいいかといったふうに気まずそうである。



「ルーカス様は魔法が得意でらっしゃいます。教え方も上手いため、できれば他の生徒にも助言してあげてほしいです」



 一人の女子生徒がそう言った。同級生であろう彼女にルーカスは小さく舌打ちをする。



「王子であるならば、周囲をよく見て状況を把握するべきだ。我儘は許されない」

「あー、そうですね。分かった、分かったから持ち場に戻ってくれ」



 しっしと、ルーカスは手で掃う仕草をみせる。そんな態度にリオは不満げな表情をみせるが、何も言わず戻ってきた。去る直前、リオが心配げにフィオナを見つめたのをカナリアは見逃さなかった。


(あぁ、これそういうイベントなのね)


 カナリアはこれがイベントであるのだと気づく。そういえば、似たようなイベントをゲームで体験したような気がしなくもない。


(主人公様は順調にフラグを回収していると……)


 フィオナは順調にフラグを回収し、攻略キャラクターのルートを進んでいる。自身はというと悪役令嬢街道は避けつつあるものの、噂というのは未だにあるものでまだ油断ならない状況であった。


(何せ、いじめの主犯にさせられそうになっているんだもの)


 ミーレイだけではない、他の令嬢にもよからぬ噂を立てられている。あぁ、なんと面倒なことか。主人公が少しだけ羨ましく思えた。何せ、自身には頼りになる味方がいないのだ。


 シャーロットは伯爵家で力があるわけではない。リオはもうフィオナ側の存在だ、味方にはなってくれない。


(面倒なことにならないといいのだけれど)


 カナリアは自身の先を不安に思いつつも、流れに身を任せるしかないと諦めることにした。




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