第2話 主人公も大変である
ボブカットに切り揃えられた金髪を揺らし、白雪のような白肌に整った顔立ちの少女が教室へ入っていく。彼女が室内に入れば、ひそひそと声が潜められた。
彼女の名はフィオナ・フェンリス。代々竜の神子として受け継いできた、フェル一族の長の娘だ。その傍には犬の半獣人がいる、クーロウという彼女の召使いとして共に育った幼馴染の少年だ。
灰色の長い髪を靡かせるクーロウはフィオナを守るように周囲を確認してから彼女を席につかせていた。
それを眺めながらカナリアは可哀そうにと思った。フィオナはヴェルゴ王国第二王子、ルーカス・リズ・ハンヴァルグに気に入られてしまったのだ。彼は乙女ゲームの攻略キャラクターの一人である。もちろん、幼馴染であるクーロウもだ。
ルーカスは容姿端麗であるためか、女子生徒から人気もあった。フィオナを妬む貴族の女子というのは多いのだ。ルーカスは一つ上の学年、十七歳であるため教室は同じではないのでまだいいほうかもしれない。
これが同じクラスならきっと酷いことになっていただろう。ルーカスはフィオナにぴったりくっついて離れないだろうし、それを見た貴族の女子生徒が嫉妬にかられて陰で何かしないとは限らない。
ただでさえ、このクラスの中にもルーカスを慕っている女子生徒は多い。今、ひそひそと話しているのがそうだ。
フィオナは家柄が悪いわけではない。竜の神子として代々受け継ぎし、フェル一族の長の娘だ。この一族は長き間、このヴェルゴ王国に仕え、竜の怒りを鎮めてきている。
この物語で竜というのはとても珍しく、そして脅威の存在とされている。神に等しいとされ、崇められている存在もいれば、邪竜として恐れられているモノもいる。
また、竜を迂闊に倒してしまうのはいけないとされている。竜の怒りというのは呪いに等しく、場合によっては国を滅ぼしかねないからだ。
その竜を鎮めるのが竜の神子だ。竜と心を通わせ、話をし、鎮める。言わば、通訳だ。竜の神子というのは誰もが成れるわけではなく、選ばれた者のみが神子として認められるのだ。
彼女はそんな認められた一族の人間だ、位でいうならば上のほうである。けれど、一つだけ問題があった。フィオナは竜を上手く鎮めることがまだできないのだ。
小型種で比較的、よく見かける竜種ですら相手にしてもらえていないと、そんな話が貴族の間で広まっていた。
それは本当のことで、この乙女ゲームをやっていたカナリアは知っていた。だが、それはフィオナが自身の力に自信をもっていないだけであり、ちゃんと竜の神子としての力はある。彼女の心が決まれば竜は応えてくれるはずだ。
(イベントを重ねていくうちに自信をつけていくのだけれどね)
そんなイベントを彼女はやったのだろうか。入学してから暫く経つが、王子とフラグを立てたことぐらいしかカナリアは知らない。主人公である彼女には面倒なので、関わらないようにしていたからだ。噂ぐらいは耳に入るので知っているのはその程度である。
「いたっ……」
そんなことを考えていると、フィオナが小さく声を上げた。見てみれば指を押さえている。どうやら怪我をしたらしい。心配したクーロウがどうして怪我をしたのかと尋ねていた。
会話は聞こえないが、訳を聞いたクーロウが椅子の裏を確認している。彼の手からちらりと何かが見えた。画鋲だろうか、針のようなものが見える。どうやら仕掛けられていたらしい。
クーロウは露骨に表情を変えた。それは怒りの形相であり、周囲を見渡している。
「あら~、酷いことをする方もいらっしゃるのねぇ」
そう言ったのはフィオナの近くにいた女子生徒だ。金髪の長い髪をカールさせ、綺麗に整った容姿の人物。確か、ラングリット公爵家の娘ではなかっただろうか。名前はミーレイだったはずだ。
ミーレイの傍には数人の取り巻きである女子がいて、くすくすと笑いながらフィオナを見ていた。
「誰がそんなことをしたのかしら~」
ミーレイは口元に手を添えながらカナリアのほうを見た。その視線を辿るようにクーロウとフィオナも顔を向ける。
(ワタクシを犯人にしたいのね)
カナリアはミーレイの企みに気づいた。元々、良い噂の無いカナリアに罪を擦り付けたいのだ。フィオナの椅子に針を仕込んだのもミーレイだろう。まぁ、証拠はないのだが。
「なんですか、その目は! カナリア様がやったとでもいうのですか!」
それに反応したのはシャーロットだ。怒ったように頬を膨らませながら反論している。
(あぁ、余計なことを……)
カナリアは痛くなる頭を押さえる、あぁいうのは無視していればいいのだ。言い返すのは相手にとって好都合であって、話の種にされて余計に印象を悪くされかねない。
「ワタシ、まだ何もいってませんけれど~?」
「その目が言っています~! カナリア様が、そんなお子ちゃまなことするわけないでしょ!」
「お子ちゃまっ!」
シャーロットにお子ちゃまと言われ、ミーレイは眉を寄せる。その態度だけで犯人が誰なのか分かってしまうのだがとカナリアは思いつつも、口には出さず話に耳を傾けた。
「だいたい、伯爵家でしょう、アナタ! 口の利き方がなってないですわ!」
「あたしは貴女を慕っているわけではないので~。お父様ともそれほど関係ないですし~」
「ほんっとに、どういう教育を受けているの!」
シャーロットの言葉使いに苛立ってか、ミーレイは足を揺すっている。腕を組みながら、ぐちぐちと文句を言っていた。
これ以上は面倒なことになりかねない。カナリアは小さく溜息をつくと、シャーロットに「やめなさい」と声をかけた。
「カナリア様、でも~」
「あちらからしたら、ワタクシがやっていないという証拠はないでしょう? 何を言っても話は進みませんわよ」
カナリアはやってはいない、これは無実の罪をきせられようとしている。だが、やっていないという証拠もないのだ。
「ワタクシがやったという証拠もないのですけれどね。そうでしょう?」
「うっ……」
カナリアがやったという証拠もないのでミーレイは口を噤んだ。偽造でもなんでも証拠らしいものを持ってこなければ誰も話を信用してはくれない。
小さく溜息をつき、フィオナのほうを向く。彼女は恐々といったふうにカナリアを見つめていた。
「フィオナさん。怪我が酷いようなら医務室に行くといいわよ」
「だ、大丈夫。もう血は止まったし……」
「そう」
フィオナは話しかけられると思っていなかったようで、慌てて返事をしていた。手をぶんぶんと振っている様子を見るに指は大丈夫なのだろう。
カナリアはそれだけ言って視線を逸らした。
「ミーレイさん、話はそれだけかしら?」
「え、ま、まぁ……」
「なら、もうすぐ授業ですから話は終わりということで」
カナリアはそう言って、授業に使う魔導書やメモを取るノートを取り出す。そんな冷静な様子にシャーロットは流石と目を輝かせていた。
じっと見つめてくる彼女に「授業の準備をしなさいな」と声をかければ、びしっと背筋を伸ばしシャーロットは自身の席へと戻っていく。
その一連の行動にミーレイは話の腰を折られてしまい、これ以上何も言えなくなってしまった。小さく何か文句を呟きながら自身も授業の準備をし始める。
なんとか切り抜けたかとカナリアは面倒げにミーレイを見るとふいに視線を感じた。その視線のほうへと目を向ければ、睨みつけるクーロウの瞳。
(ワタクシが犯人だと思っているのね……)
なんと面倒なことだろうか。カナリアはその視線に気づかぬふりをしながらも、痛くなる頭に溜息が漏れてしまった。
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