閑話休題「混水摸魚」

朝、となりで背の高い「女性」が眠っている時に、電話を掛けた。

身じろいでこちらに背を向けたが、起きる気配はなかった。タオルケットを抱え込み、裸の背中をこちらに向ける。


電話帳から選んだ連絡先は「丹下」


「もしもし」

朝から丹下さんのデカい声は響くが、今日は仕方がない。

「あ、お疲れさまです、唐柴です。」

「おう、どうした。」

「実は」

俺は昨夜の顛末をそのまま丹下さんに報告した。

「それで?」

普段の丹下さんにはない冷淡な口調である。

気圧されそうになったが、福島さんのお尻に指を這わせて心を落ち着ける。

「怪文書に対する会社の判断は『静観』のままだ。触らぬ神に祟りなし。誰が、なぜこんな事をしたのか、誰も追求しない。そして福島が辞めもせず、問題を大きくもしなかったんだから、これ以上感知されることもない。

一方の斎藤は、俺が処分を下すまでもなく、合併に伴う方針と意向が合わなくて、自主的に退職したに過ぎない。この2つの事案は無関係な出来事だ。我ながら上手く立ち回ったよ。」

いけしゃあしゃあと言ってくれるが、会社からすれば大事件だろう。

「俺がどこかに喋ったら、どうしますか?」

そんなつもりはサラサラ無いが。

「それは野暮ってもんだろう。」

丹下マネージャーも、それは織り込み済み、と聞いている。

「ほんとにそんなんでいいんですかね?」

「お前、イッチョマエに俺に貸しでも作るつもりか?10年早いわ。」

うぅ、手厳しい。しかし、それを言うなら「借り」である。職場の厄介者にして、身内の敵を排除してもらった、この「借り」は大きい。

「まぁ、人事再編のドサクサに紛れて、ちょっとした人員整理があっただけさ、俺は現場を離れても、お前らのために少しでも働きやすい場所を作るのが仕事だと思ってるし、そのために最善と思うことをしただけだよ。」

かっこいいことを言う、そして説得力もある。

「それが夏子姉さん、石井先生との約束ですか?」

先日の電話の「でも」の続きだ。夏子姉さんは退職の時、当時まだ今の板倉のポジションだった丹下さんと約束をしたそうだ。「これ以上の被害者は出さない。」と。

「それもある。まぁ、本当に全員を守れたわけじゃなかったけどな。」

確かにこの4年で、夏子姉さんの後にも、斎藤にいびられて辞めていった人もいた。しかし、それでもようやく、丹下さんは夏子姉さんを呼び戻したのだ。

怪文書が来た直後に、この結末を用意して「もう安心して戻ってこられる」と電話をかけて。

「だからお前も、頑張れ。骨は拾ってやる。」

「死ぬじゃないスか。」

ははは、と笑いあう、運転中だからと言って丹下さんは電話を切った。


電話の声に、福島さんが目をこする。うるさかったか、申し訳ない。

「丹下さんですよね、何の話してたんですか?」

痛みを伴う切除を経て、この話は終わったのだ、という確認を取るためのやり取りだったが、「言うだけ野暮」と教わったばかりだ。

「いえ、べつに。」

福島さんが訝しい目でこちらを見る。

「久しぶりに見て思いましたけど、福島さん、ケツだけ見ると『功太くん』すね。」

直後、凄まじい角度から顔を蹴られた。

訂正、蹴りの威力も『功太くん』だった。


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