閑話休題「ジェネリック・シンドロームEX」
閑話休題「ジェネリック・シンドロームEX」
46歳女性、前回と同内容で、定期処方。
「え?いつもよ10円安い?そうですか。このあいだ調剤報酬と薬価に改定があったので、そのせいかも知れませんね。
初めて?いえ、薬価も診療報酬も調剤報酬も2年毎に変わりますが。
はい、先発品も開発されてから時間が経てば値段が下がります。いえ、安くなったからって品質が悪くなるわけではありません。
え?内訳?ざっくり概算ですけど薬価の自己負担分で20円安くなって、調剤報酬は10円上がってますね。具体的に何がどう変わったかの資料ですか?医療従事者向けのものしかありませんので、一般に配布はしません。詳しくは厚生労働省のホームページをご覧下さい。」
体調変化無し。
72才女性、前回と同内容で、定期処方。
「内容は変わりないんですが、お薬の名前が変更になりました。
なんで?なんでって、最近はメーカーさんが固有の商品名付けるんじゃなくて、成分名と含有量の後ろに「会社名」を付けて販売するようになってきたからです。
厚生労働省の指示です。いえ、残念ながら前までの名前に戻る事は無いです。
いや、同じ薬の売る時の名前が変わっただけです、当然同じ成分です。
いえ、ジェネリックに変わったのではないです、元々ジェネリックです。
はい、入院中からずっとジェネリックです。メーカーも変えてません。
はぁ、名前が長くて覚えられない?お薬手帳があるのに、自分で薬の名前覚える必要がありますか?」
体調変化無し。
55才男性。ケトコナゾールクリームの使用6週目、他の薬の処方無し。
「はい、この薬の使用期限は来年の今くらいまでです。
いえ、使用期限内の薬に新鮮とか新鮮じゃないとかないです。スーパーの牛乳とかとは違いますんで。
いえ、先週届いた箱からお渡ししてるので、古い在庫ではありません。えーと、軟膏は普通2年位は保つはず、ですか?
いえ、そんなことないと思いますよ、物の寿命はそれぞれです。ローションタイプも同じくらいの寿命なので、たぶんんこの成分自体がそんなに長持ちしないのかと。
はぁ、勉強が足りない?調べればわかる?はい、では是非メーカーさんにお問い合わせ下さい。
恐らく同じ答えが返ってきます、電話番号お伝えしましょうか?要りませんか、そうですか。
いえ、この薬はご希望通り先発品です、ジェネリックではありません。はい?軟膏を貰った筈なのにクリームと書いてある?
いえ、ケトコナゾールは軟膏はありません、クリームとローションしか存在しないです、勝手に変えているとかではありません。
はぁ、勉強が足りない?そんなはずないから自分で調べろ?いや、調べて何をお答えしたら良いんですか?
こちらで事実をお伝えしているのに、ご納得いただけないので、メーカーに直接お問い合わせ下さいとお伝えしているんです、わからないからメーカーに聞いてくださいと言ってるわけではありません。
はぁ、不愉快だから処方せんを返せ。わかりました。はい、ではどうぞお大事に。はい?どうされました?返せと言われたら返すしかないですよそりゃ。
粘っちゃ駄目って法律で決まってるんですから。はい、やっぱり貰って帰る。はい、賢明かと。」
体調変化無し。
なんだこれ、処方内容前回と同じ人ばっかりなのに、何で皆すんなり帰らないの?しかも治療と直接関係無い事ばっかり。
71才男性、前回と同内容、定期処方
「市役所から薬をジェネリックにしろって通達が来たんだけど。変えた方がいいかな。」
これを自分から言い出すとは、大変殊勝な心掛けだ、素晴らしい。
内服薬はタムスロシン、前立腺肥大症の治療薬だ。
「まぁ、変えてみて、何か違う感じがされたら、元に戻すという手もありますよ。しかもうちには何故か複数のメーカーの取り扱いがあるので、メーカーさんを選べます。」
珍しく選択肢があるので、色々提示してみた。
「それは何が違うの?」
「錠剤固めるときの添加物と、作ってる場所と、値段が違うとしか言いようがないですね。大体どこも一緒ですけど、うちにはワトーとチャゲのがあって、系列店にはウィザードと沢田があるので、入れようと思えば昼過ぎには手に入ります。」
「他のはなんか聞いたことあるけど、チャゲはあんまり聞いたことないね。」
「ああ、真田の子会社です。同じジェネリックの中でも、こいつだけちょっと高いです。」
「真田にしたら元々の値段より高くなったりしないよね?」
「そんなわけないじゃないですか。」
お互いにハハハと笑いあう、平和だ、実に。
「それじゃあ、真田の子会社で。」
即答、真田のネームバリューはやはり強いな。流石は真田だ。
あえて詳しい話は割愛するが、日本の医薬品業界の売上高トップを走る真田製薬は、医療従事者からだけでなく、患者からの信頼度も高い老舗の製薬企業である。
その信頼は長い歴史に培われたものだが、それは決して平坦なものではない。
近年だと、2014年に欧州人が社長になり、法人税の安いフィンランドに本社が移転されるという噂が立ったりもした。
大企業ともなるとそういったことも乗り越えねばならないということなのだろうが、件の社長氏が、「真田」を日本の会社として尊重し、守ってくれた事には、感謝するばかりである。
世の患者のどの程度が、こうした経緯をご存じなのだろう、景気の良さばかりが注目されがちであるが、その信頼が誰によって守られたものか、どれほど顧みられているのだろうか。
「はい、では差し替えて来ますので少々お待ちください。」
手早く差し替えて薬を渡す。
「見た目も全然変わらないけど、金額は全然違うんだね。」
この人は現役並み所得で、自己負担額が3割なので、自己負担額で500円程安くなった。
「はい、どの会社も結構似せて作るようにしてる見たいですね。」
「本当にこれで効果変わらないの?」
「主成分同じなので、理論上は同じです。味は違うかもしれませんけど、その辺も含めて飲みにくいとか、何か変化があれば教えてください、これとはまた別のメーカーのもありますし。」
「わかりました、使ってみます。」
体調変化無し。今回からジェネリックになった点は、引き継ぎが必要だが、恐らく来月も同じものを持って帰るだろう。
話に聞くことはあっても、俺は実際ジェネリック変更でトラブルになった事例に出会った事はない。
56才女性、前回処方時に血糖降下剤の種類が変更になったが、今回はもとの処方に戻っている。
「前回変更になった薬が元に戻っておられるようですが、何かお体に合いませんでしたか?」
「そうそう、前の薬飲んだらお腹が緩くなって、やめたら数日で元に戻ったんだけど、怖いからその日だけ飲んで、あとは飲むの止めちゃったのよ。やっぱりジェネリックはダメね。」
出会った、と言いたいところだが、一概にそうとは言えない。
「へぇ、それは大変でしたね。飲むのを止めた分の補填はどうされたんですか?」
「いやだから、飲んでないの。何日分かは残りがあったからそれを飲んでたけど、先月はほとんど飲んでないわ。」
「えぇ!?それだと血糖値上がっちゃうんじゃないですか?」
「先生にもそれ言われたわ。」
副作用と思われる症状が出たときに勝手に止めて何処にも相談しない事例は、希にある。
内服する意味を考えれば、服用を勝手に止めて良いかどうかなどわかりそうなものであるが、勝手に中止したらどうなるかとか、中止する場合の代替案は気にならないのだろうか。
あと比較的こういう事例は次回の受診を予約していて、来局のタイミングも一定の患者に多い傾向にある気がするが、次の予約までに病院に連絡を入れると死ぬ病気でも併発しているのだろうか。
「それはそうでしょうね。」
加えて、恐らくこの事例、下痢が副作用であるかどうかは疑わしい。
まず、先月の今頃は季節外れに寒く、また、数日のうちに暖かくなる等、気温が不安定だった。気候要因の可能性がある以上、副作用だと断定できない。
次に処方内容だ。
まず、残念なことにこの人は面倒臭がってお薬手帳を使用していないので、医師が使用したメーカーまで把握している可能性は低いが、ジェネリックの使用が原因だと判断していれば、ジェネリック医薬品への変更不可の指示を処方せんに記載して来るはずである。
にもかかわらず成分を前回までのものに戻したということは、この患者の治療をする上で、成分の変更にこだわるより「患者が不安から薬を飲まない」という状況を嫌ったことが読み取れる。
戻すぐらいなら何故前回は治療薬を変更したのかと思わなくもないが、それを聞いたところで明瞭な回答が返ってくるとも、心情的に快く返事がもらえるとも思わないので気にしないことにする。
「ちなみにどれくらい上がったんですか?」
「え?知りませんよ、そんなの。」
病院で確実に検査値をもらってきているはずだが、何故見ないのか。
「病院で検査値書いた紙貰ってませんか?」
「それあなたに見せる必要あります?」
バツが悪そうである、どうやら数値はおぼえていなくても、検査値の悪化を恥じてはいるらしい。そういう恥を無闇に晒したくない気持ちはわかる。
しかし患者には申し訳ないが、厚生労働省は、薬局でも検査値の確認をするようにと薬局に指導している。
医療機関で副作用の有無や、無くても起こりうる状況であるかを確認する最後の場所が、薬の受け渡しの時の薬局なのだから、その判断のために検査値の確認をするのは、当然なのだ。
これが薬局をして「医療事故防止の最後の砦」と称される所以であるが、患者からの認知度は悲しいほどに低い。
「あえて拒否されるならそれでも構いませんけど。最近はどこの薬局でも確認するように上から言われているんですよ。」
こういった手合いに薬局での検査値確認の意義と理解を求めるより、処方せん自体に検査値を記載しておく方が合理的といち早く判断し、多くの病院で処方せんに検査値を記載する事を導入させた厚生労働省には、大きな賛辞を贈りたい。
しかし、残念ながら実際の記載率は、100%からはほど遠いのだ。
「先生が把握してくれてるから、ここで言う必要はありません。」
余計なことを言うな、という不機嫌な態度だ。
こういった患者は少なくないが、昨今ようやくスタンダードになりつつある「チーム医療」の観点からも、複数の医療従事者に患者の状態を把握しておいてもらいたいと考える医師は多数派だろうし、患者が思っている以上に「何でもかんでも医師に責任を押し付けるな」と思っている医師は多いだろう。
チーム医療と銘打っても、「医師の主導」という感覚は未だに根強い。確かに診断とそれによる治療方針の決定は、チーム医療においても変わらず最も重要な役割であるが、本来求められているのは医療従事者がそれぞれの職能を発揮し、主体的に患者にアプローチする事にある。その方が合理的かつ、より患者に有益だからだ。
そしてその為には、医師に情報や権限が集中する事は望ましくない。
更に言うなら、現代のモデルでは、チーム医療の主体は医療を受ける患者自身である、故に医療において真に主体性が求められているのは、患者自身なのだ。
なので平たく言えば、患者が二言目には「医師に任せる」と思考停止すると、治療が滞るという弊害が発生してしまう。
「間違った事を言って恥をかく」ということを嫌い「決められない」という国民性を持つ日本人には、些かしんどいモデルだと思わなくもないが、そういったこともあってか、チーム医療の中心である患者が、医師に大きく依存した、医師に大きく負担をかける医療から脱却できていないケースはまだまだ散見される。
「そうですか、そうですよね。ではお大事に」
しかし、チーム医療のなんたるかを「医師に任せている」患者に説いてもトラブルの元にしかならないので、さっさと薬を渡して帰らせる。
血糖降下剤ナテグリニドからシタグリプチンに変更、下痢の訴えが有り、前々回までの処方に戻った形。
短期的な下痢以外の具体的体調変化無いが、内服を自己判断で中止していたため、血糖値コントロール不良との事、具体的数値不明。
期待されていないことをまざまざと思い知らされて嫌な気分だが、患者が途切れて良い感じの時間だ。今日はなんだか散々な午前中だったので、このまま休憩に行くとしようか。
松木が休憩に入った途端、変に時間のかかる服薬指導ばかりになったことを、松木に話してやろう。
そう思って席を立つ。
電話が鳴った。時刻は12時30分、運悪く電話の一番近くにいたのは・・・。
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