異世界拳術士
牛☆大権現
渓谷防衛戦
幼いころ、空を飛ぶことに憧れていた。
同年代の子供たちは、皆空を自由に飛んでいたからだ。
醜く地べたを歩き回るのは、自分一人。
魔術の才能が、絶望的なほどに欠けていた。
自分に空を飛べる、魔術という名の羽はないと気づいてから、無駄な努力を止めた。
代わりに、国のために兵士になれないかと、ひたすらに体を鍛えることにした。
けれども、体を鍛えても、魔術が使えないという現実の壁は越えられないように思われた。
壁を作れば防げる簡単な魔術でさえ、生身で受ければ重傷を免れない。
如何に魔術に対抗する?
思案にふけるあまり、沸騰した鍋を持とうとする手元が狂い、金属部分に直に触れてしまう。
「あっつ!? 」
思わず引っ込めた我が手を見て、初めて気づく。
火傷したと錯覚した掌は、少しも火傷を負っていないことに。
カチリ、と。
歯車が、頭の中でかみ合う音がした。
「撤退だ!この拠点は放棄する!! 」
初陣は、惨敗だった。
闇の神の信奉者、魔人の侵攻を許した人類は、防衛ラインを下げることを余儀なくされる。
勢いづく敵軍の進撃を凌ぎ退却するうちに、剣は折れ使い物にならなくなる。
「くそ、あともう少しだったってのに……」
狭い渓谷を利用し、堅牢な陣を敷き援軍と挟撃の形を作る策だったが、渓谷の道の中間地点で敵の先陣に追いつかれてしまう。
このままでは、狭い渓谷は逆に敵に地の利を与えるだけだろう。
私は、決意を固めて、渓谷のより狭い場所でどっしりと構える。
「おい、何をしている! 」
「このように、渓谷の狭い場所で待ち構えれば、多少の時間稼ぎはできます。要所要所で同じ策を用いれば、軍の損害は最小で済むはず!ご決断を!! 」
「……そうか、貴君の献策と献身に感謝する!! 」
味方が、疲労した足にムチ打って走るのを背中に聞きながら、追撃を試みる魔人どもに相対する。
「弱者の安寧を生む闇を奪う、忌まわしき光の神の使徒のなかにも、骨のあるものがいるようだな」
魔人の将らしきものが、軍の後方から語り掛けてくる。
「それは、見解の相違というものに他ならない!光は恵みをもたらすものだ! 」
「この期に及んで甘言を弄すのか、だがそれもよかろう。貴様の遺体は丁重に葬り、我らが神の御許に導いてやる」
魔人の将が合図をすると、それまで詠唱をしていたものたちが、一斉に魔術を放ってくる。
だが、ここは狭い渓谷、一度に飛ばせる魔術の数には制限がある。
私は、あの鍋に触れた時の記憶を想起しながら、迫りくる火球を側面より叩く。
火球は、私になんの危害も与えることができず、あらぬ方向に飛んでいく。
「待て、魔術斉射中止! 」
魔人の将が、慌てて魔術の使用を中止させた。
渓谷の一部に被弾した攻撃が、岩を破壊し道に落ちるのを視認したためだろう。
これを許せば、道が落石で塞がれて、追撃が行えなくなってしまう。
「即席にしては、見事な策だとほめてやる。光の神の眷属をほめるなど、屈辱この上ないがな」
「そちらこそ、良い判断です」
「ふん、存外悪い気はしないものだ。それと、妙な技を使うようだが、そのような児戯、私が叩き潰してくれる! 」
魔人の将が、自ら剣を抜きこちらに白兵戦を挑んでくる。
ここまで矢の補充の暇はなく、渓谷を崩さずこちらを除くなら、選択肢がこれしかないのは自明の理だ。
だからこそ、読み通りだった。
「喜べ、一兵卒に過ぎぬであろう貴様に、私との一騎打ちの誉れを与えてやる!名を名乗れ!! 」
「私は、クリス=ヴァレンチノ !魔人の将、貴様も名を名乗れ! 」
「私は、魔王ナルガが八将の一人、剣輝将軍ソドーキ!いざ、尋常に立ち会われよ! 」
ソドーキが、手のひらをこちらに突き出し、肩に大きく担いだ構えでこちらによってくる。
こちらは獲物を持っていない。
こちらが避けられないよう、しっかりと掴んだ上で、渾身の一撃を振り下ろす算段なのだろう。
なるべく、間合いを見定めて、掴まれないよう足捌きを行う。
膂力は相手が上だ、掴まれれば成す術が無い。
呼吸を読み懐に潜り込んで、打撃を叩き込む。
「ふむ、中々卓越した技術のようだ! 」
カウンターの大振りの一撃を、柄部分に掌を合わせて受け止め、それを引き込んで顎に掌底。
しかし、魔族は対して応えていない様子で、こちらをギロリと睨みつつ笑う。
「クリスとやら、貴様の格闘技術の本領は、臆病なまでの防御の厚さにあるとみた! 」
ソドーキは、こちらの連撃を圧倒的な打たれ強さで耐えながら、語る。
「常にこちらが獲物を振り難い間合いを保ち、呼吸を読み安全なタイミングで侵入し、攻撃はこちらの手数を減らすために行う!そうまでせぬと耐えられぬ脆弱さが、貴様の強さの根幹なのだ! 」
「…仮にも将軍が、私のような一兵卒をそこまで誉めて頂けるとは、光栄ですな」
「そうだ!弱者も鍛練次第でここまで行き着けるという事実に、私は喜び震えている!しかしだ、惜しむらくは、貴殿の打撃はあまりに軽い!百万回打とうとも、私の致命傷には程遠い! 」
これは、強がりでもなんでもなく、事実だろう。
防具の薄い場所、継ぎ目等を狙い撃っているが、効いた様子が無い。
「その技、失われるには惜しい一品だ。我らが闇の神への帰依を誓うのならば、命までは奪わないが、そのつもりはないか? 」
「断らせて頂こう。弱者の味方を称する君たち魔族だが、その大義を信頼出来ないのでね」
「そうか、ならば残念だが死んでもらおう! 」
こちらの腕を掴み、勝利を確信した魔族の刃が、私の首を刈ろうと弧を描き迫る。
だが、この瞬間こそが、最大の好機だった。
攻撃の瞬間は、最大の無防備―密着するように飛び込んで刃を無力化し、触れた状態から渾身の一撃を叩き込む。
「ガハッ! 」
私の拳は鎧をも砕き、ソドーキは地に膝を付く。
ダメージを受けて、力を込められない今ならばと、ソドーキの大剣を奪取し、首元に当てる。
「…何故、とどめを刺さない? 」
ダメージから回復しつつあるソドーキが、問い掛けてくる。
「一騎討ちには私が勝ちました、命を見逃す代わりに、追撃を諦めて頂けませんか? 」
「ふん、本来ならば取引にもならん交換条件だが…よかろう、貴様に時間を奪われ過ぎた。光の神の眷属どもは、既に渓谷の出口で体勢を建て直しているだろうしな」
ソドーキは、震える膝を抑えつけて立ち上がると、軍に命令を出す。
「引け!これ以上の追撃は利が薄い!奪った拠点に戻るぞ! 」
ソドーキが、こちらに視線を向けてくる。
「クリス、貴様とは次に戦場で会ったならば、この雪辱を果たさせてもらおう」
「それまで生き残れるよう、努めるようにしよう」
この戦果をもって、私は拳聖の名を任じられた。
剣輝将軍ソドーキとは、何度も一騎討ちを繰り返す数奇な運命となるのだった。
異世界拳術士 牛☆大権現 @gyustar1997
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