33. 目にもの見せてやろう

 デセルティコに向かわなければならない。

 反乱の首謀者であるイオストラが中央連峰の東側に取り残されているという報告を耳にした瞬間に、ライフィスの明晰な頭脳はそれに気が付いた。


 イオストラの本拠地アンビシオンは中央連峰の西側にある。そして中央連峰を東西に移動する現実的な道はビクティム要塞を抜けるかデセルティコの西から伸びる山道を経由するかの二つしかない。ビクティム要塞が封鎖されている以上、イオストラはデセルティコを通るはずだった。

 なお、北側にも迂回路があるのだが、ライフィスはこのことを知らなかった。


「即座にデセルティコを封鎖せよ!」


 しかしその命令は通らなかった。ライフィスは前線の指揮権を与えられただけであって、デセルティコの封鎖はその権限を越えたものだった。

 素早い反応が要求される戦場において自分に即決の権限が与えられていない理不尽に耐えつつ中央にデセルティコ封鎖を進言したが、帝国の事務を一手に担うセレナ・ヘラード第一皇女は「経済がどうのこうの」といつになく鈍い反応を示したきり連絡が取れなくなった。


 正しいことをしようとしているのに、周囲の理解を得られない。こうなればもはや仕方がない。結果を出せば評価は後から付いてくるものだ。目にもの見せてやろう。ライフィスは勇んでヘリティアを後にした。


「なりません、ライフィス様!」


 そう言ってライフィスを止めた将校もいた。


「西方師団との共同戦線を構築中でございます。我々が独自で動いては綻びが生じます。」

「合わせられない奴らの落ち度よ。知ったことか!」


 手勢を率いてデセルティコへ急行したライフィスを待っていたのは、またも理不尽な待遇だった。デセルティコの自治を預かる市長は、ライフィスの忠告に耳を貸さなかった。


 そもそもデセルティコは独立心が旺盛な街として有名だった。砂の海に囲まれた陸の孤島故に中央への依存心が薄いことと、街の成り立ちとがその原因として語られる。


 デセルティコの前身は聖小国せいしょうごく乱立らんりつの時代に建築された街だった。開拓したのは中央連峰の向こう側、今で言えばフロルの近辺から流れて来たならず者の集団だったという。

 当時のデセルティコ周辺は緑に恵まれた広大な平原であったそうで、中央連峰から海へ流れる大河のほとりに点々と穏健な聖小国が存在したという。

 ならず者たちはこの国々を蹂躙しながら川を下り、奪い取った財を用いて河口に自分たちの国を作った。これがデセルティコの成り立ちだった。


 残虐すぎる成立過程。加えて、デセルティコを建国した者たちの信仰する神は創世神ではなく、由来も知れない怪しげな女神だった。


 同じ神を信仰する小国同士が争い合う乱れた時代にあって賊国ぞっこくデセルティコは実にしぶとく生き残った。デセルティコ平原は全て彼らの支配下になっていたし、その外側からの進攻は中央連峰が塞ぎ留めたのである。

 気が付けばこの国は近隣の聖小国との絶妙な利害関係の上に見事なバランスを維持して存在を確立していた。港を開いて中央連峰の東西と南方の海洋諸国との交易を中継するようになると、この国に各地の富が集まった。さらに中央連峰を北に抜ける交易路を切り開き、第一大陸の交易の心臓部として発展した。


 天罰が下ったのは建国から実に五十年が経過した頃であった。彼らの滅ぼした国の跡地に、生物の形をした災厄――古龍エンシェントドラゴンが飛来したのである。

 莫大な労を割いて開いた交易路上にそのような怪物が居座ってしまったために、デセルティコは保っていたバランスを大いに崩した。

 主要な交易路の一つを失って力をすり減らしてしまうと、周囲の聖小国の間で神を共有しない異端への忌避感と歴史上の蛮行への憎悪が表出した。

 拡大期にあった神聖帝国が古龍討伐の名目で派遣したヒルドヴィズルが、賊国デセルティコに終焉を告げた。皮肉にもデセルティコの衰退を招いた古龍こそが周辺国からデセルティコを守る壁となっていた。古龍退治を終えるなりヒルドヴィズルは踵を返して街を包囲し、デセルティコは膝を追って神聖帝国に吸収された。


 デセルティコの統合は、その後の神聖帝国躍進を大いに支えたという。


 しかし神聖帝国の一部となって数百年を経た今でも、ならず者たちの野蛮な感性はこの街に息づいているのである。


 イオストラの反乱がその怨讐おんしゅうを呼び起こしたのだとすれば――


 デセルティコは密かにイオストラに味方しているのではないか?


 不意に迫ってきた事実に、ライフィスは愕然とした。そう、イオストラの手は予想以上に深く長く、狡猾に伸びていたのである。そうと気付けば見過ごせるはずがない。


「デセルティコを占拠せよ!」


 ライフィスの号令の下、皇子に同行した兵士たちが庁舎を占拠した。


 ここまでは順調だった。少なくともライフィスはそう振り返る。

 ところが、現地の警備軍が大人しくしていなかった。反乱分子の掃討を開始したライフィスの麾下に、彼らは銃と剣を持って応じた。


「なんと、愚かな……!」


 彼らは自分たちもまた反乱に加担させられていることを知らず、誰に銃を向けているのかも意識していない。上から降ってくる命令を順守するだけの、哀れな兵卒なのである。正しく導くことのできる者が上に立たなかったことが、彼らの不幸であった。

 命令系統の長である市長を押さえても警備軍の抵抗は止まなかった。何者かがまだ指示を出しているのだ。ライフィスはそこにイオストラの影を見る。


「イオストラを探せ! 逆らう者に容赦するな!」


 己の言葉が何を引き起こすのか、ライフィスは知らない。

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