空は晴れているか

清野勝寛

本文

空は晴れているか。



 旧友から届いた久しぶりの連絡は、あいつが死んだという報せだった。便りがないのは良い便り、とはよく言ったものだ。数年ぶりの会話の第一声が、そんなものだなんて。

 自殺だと告げられ、俺は曖昧にああ、とだけ答えた。なんて、現実味のない。悲しい筈なのに、涙すら出ないほどだとは。

 その日は一日、どこか意識がぼやけていた。夢でも見ているような心地だったが、それに浸っている分けにもいかない。外に出ると、容赦ない太陽光が視界の半分以上を奪い、手でひさしを作って歩いた。生ぬるい海風が、どこか故郷の風に似ているような気がして、少しだけ鬱陶しく感じた。まだ厚着をするには早すぎる気がする。だが何も羽織らないで出歩くには、気温が落ち込むのは早かった。

 明るい奴だった。ろくにケンカなんかしたことないくせに、趣味の筋トレで鍛えた筋肉を武器に、絡んでくるような面倒くさい奴だった。年中頬が赤く染まっていて、迫力なんてこれっぽっちもなかった。上京した俺に、地元に帰ってこないのか、年賀状送るから住所を教えろと度々連絡してくる奴だった。ざっくり一言でまとめると、イイヤツ、だった。「こっちは元気でやってるよ」と笑っていた声が、耳の奥から聞こえた気がした。


 きっと何かが、おかしくなってしまったんだろう。遊び半分で死のうとする奴じゃない。傍に誰かいなかったのだろうか。仲が良かった奴は、沢山いただろう。いや、俺たちももう、若くない。皆家族や仕事、生活で手一杯だろう。それは俺も含めてだ。もう何年も、故郷には帰っていなかった。仕方ない、のだろうか。


 夢を見た。学生服を着て、故郷の港で一人、海を眺める夢。都合よく夢に現れたりはしなかった。仮に現れたとしても、そいつはきっと、あいつじゃない。全部が遅すぎて、救いなんて何処にもない。

 分からないことばかりだ。それは、当たり前のことなんだろうけれど、生きてさえいれば、教え合えばいい、知ろうとすればいい。理解すればいい。死んでしまっては、想像するしかないじゃないか。

 それにしても、汚い海だ。波は高いし、水面にはビニール袋やペットボトルが浮いている。夢なんだから、その辺りは美化して欲しかった。感傷に浸ろうとしているところへ、水を差されてしまう。


 仕方なく、空を見上げた。地元は年中霧と雲が立ち込めて薄暗いのだが、夢の中の空は嘘みたいな快晴だった。海鳥が心地良さそうに風に揺れている。  

「なぁ」

 気が付くと、声に出していた。問わずにはいられなかった。もしも天国や地獄があっとして、自ら命を絶ったあいつが、天国にいけるだなんて思わない。それでも俺は、問わずにはいられなかったのだ。


「そっちの空は晴れているか」



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空は晴れているか 清野勝寛 @seino_katsuhiro

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