第40話 終章 希望
四十 終章
店を開いてまだ四半刻(30分)も経たないうちに、かよは三度入り口を振り返った。宿屋の男がこなくなって、かなりの日が過ぎた。
最近は、ようやく諦める気になっていたが、ここ数日なぜか胸騒ぎがする。
母親は娘の思いに気づいているのかそうでないのか、なにも言わない。
餅焼き用の火を起こすのを手伝いながらも、かよはちらちら入り口を見ていた。そろそろよくやってきた時刻だ。
今朝は、大事にしまっておいた絞り染めの手ぬぐいを、はじめて頭にかけてみた。
人影が差した。
「いらっしゃい」珍しくかよは自分から飛び出したが、すぐ当てが外れたような顔をして、これまでずっとそうだった仏頂面に戻った。
色白の武士と、黒いつぎだらけの紋服を来たおかしな中年男の取り合わせだった。妙に顔立ちのきれいな武士は腰をおろすと、珍しそうに店の中を見た。
その中年男、易者の鈍斎は、
「古田様、わざわざ墓参りしていただけるとは、三平も草葉の陰で喜んでおりましょう」とささやいた。
「それより、草葉の陰へ行く前に、救ってやれば良かった。少しでも詫びたくて」
あらためてかよが注文を取りにきた。
「この店は、案外評判が良うございます。あぶり餅がわしの好みでして」
「では、それを二つ」
「はい」無愛想にかよが言って、奥に声をかけた。すると、
「お女中」易者が突然話しかけた。
「なに」かよが迷惑そうな顔で見る。
「失礼ながら、あんた、どなたか待ち人がいるな」
かよは少し驚いた顔になったが、「さあね」と口を尖らせた。
「これもご縁じゃ。占ってしんぜよう。それもただで」易者は懐から形のおかしいサイコロを出し、手の上でしばらく回した。
「ふむ。待ち人は、なにかが邪魔をして東方にとどまっておる。怪我かも、借金かもしれん。安心せえ、女ではないぞ」。
そして再びサイコロをいじると、
「急には戻らん。だが半年、いや遠くてあと一年。必ずやあんたに会いにくるであろう。そのときは良い知らせも一緒だ」と言った。一瞬、彼とその周囲から神韻とした雰囲気が立ち上った気がしたが、易者はすぐに俗な言い方をした。
「嫁になれ、と言いにくるのかも知らんぞ」
「ふふん」かよは鼻で笑った。
「わしは、結構当るぞ」彼は続けた。
かよは仏頂面のまま、少しも嬉しそうな顔をせずに、
「おおきにありがとうさん」と、奥に行ってしまった。
「おおきにか。せっかく良いことを教えてやったのに」
「なるほど」茶請けに出された小片の餅を口にした親兵衛が感心してみせた。「おいしい」
「な、いけまっしゃろ」なぜか上方言葉で易者が言った。
急に親兵衛が紙入れを探すそぶりを見せた。
「どうされました、古田様。私にも、ごくごくわずかながら持ち合わせが」まさか自分が支払う羽目になるのではと、易者は怯えた顔をした。
「いや、ぜひ妻への土産にしたくて」親兵衛は立ち上がった。
奥に下がったかよを探す。
横を向いたまま立っていた彼女を見つけ、声をかけようとしたが、その表情に気づいて、やめた。
かよは、洗い場に面した開け放した窓から、外を見ていた。さっきまで厳しい顔だった彼女の口元には、小さな笑みが浮かんでいる。
窓から入る冷たい風が、心地よかった。
またあとにしよう、と親兵衛もまた微笑んで、さがった。
雲の陰が濃い冬空は、青く晴れていた。
かよは少し首をかしげた格好のまま、じっとその空を眺め続けた。
夜嵐 鬼没の怪盗「煙」一味vs盗賊改 布留 洋一朗 @furu123
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