第25話 扉
最後の納品場所に辿りついたものの、辺りには何もなかった。
移動の最中もそうだったが、この空域には自分たち以外には何者も存在していないかのようだった。
「座標、あってるよな?」
先輩は何度目かの同じ質問を繰り返した。
「ここで合ってます」
僕も何度も計算し直していた。
だがその結果はいつも同じだった。
「まさかの住所違い?」
「まさか」
この流れでそれはないだろう、と思いつつも一抹の不安が胸をよぎった時、
「お」
と先輩の方から声がした。
「あれ動いてるの、星じゃないよな」
先輩がディスプレイの一角を指差している。
目を凝らすと、小さな光が移動しているのが見えた。
よく気付いたなと感心する。
「星だとしたら異常な速度ですね」
「近づいてる」
光は少しずつ大きくなっていった。変化が分かりやすかったので、距離が近いというのもはっきりとしてきた。
やがてその光は船の正面の位置まで来て、静止した。
映像を拡大すると、形状がはっきりとした。
納品物と同じくらいの大きさの箱だった。
「止まりましたね」
「止まったな。あんなとこで」
二人で顔を見合わせる。
考えたことは同じようだ。
「回収どうします? 船外に出ます?」
「いやー、めんどくせえからアーム使う」
「結構小さいですよ」
「俺こういうのは得意だから」
職人肌がうずいたのか、先輩はフレックスアームを操作して器用に箱を回収した。普段のお間抜けなキャラからは想像もつかない洗練された挙動だった。アームはほぼ真っ直ぐに目標をめざし、そっと箱をつまんでエアロックに運び、元の位置に戻った。一分とかからなかった。僕だったら十倍の時間がかかっていただろう。普通に驚愕の技術だ。人格に問題がなければもっと評価されていただように、といつもながらに思う。
危険物の反応がないことを確かめてから、回収したブツを船内に運んだ。
箱。
という以外にどうとも表現ができない物体だった。
「一応パネルはあるな」
先輩が指摘した通りだ。
本来なら宅配ボックスの表面に設置する類の電子パネルが箱の表面に取り付けられていた。通常の用途からは外れた使用方法ではあるが、この仕事をしているとまま見受けられるやり方でもある。時空を飛び越えまくっていると、うまく受取人と出会えないことも多いからだ。
僕らはエアロックに隣接する待機室の簡易テーブルに二つの箱を揃えて置いた。
回収した箱と届け物を隣に並べてみると、ほとんど同じ大きさだった。
パネルが反応する。
電子音声が告げる。
「納品が確認されました。報酬キーが発行されます。事業者の実績ウォレットに納品実績値を書き込みます。書き込みが終了いたしました。後ほど、お手元のデータを確認してください」
通知を受けて手元の端末をみると、確かに報酬ポイントが加算されていた。
「完全に正規の規格ですね」
「これってどういうことになるんだ?」
「この箱が受取人ってことになる?」
「いやあ、人じゃねえし」
「でも受領認証は通っちゃいましたよ」
「手続き上は問題ない、か」
「少なくとも」
僕も先輩もいつのまにか腕組みして考え込んでいた。
手元に残った二つの箱をながめても、なにも思いつかなかった。
確かに、どうすりゃいいんだこれは。
やるべきことが頭に浮かんだが、同時に自分の思考に対して驚きもあった。少し前の自分ならこんなことは考えない。
「開けちゃいますか」
と僕は口に出して言った。
先輩は上半身だけ距離を取りめんどくさそうにして
「お前、怖いよもう。なんでそんなチャレンジングなの」
「ははは。なんででしょうね」
「ちょっと前まではまだ可愛げがあったのに」
「いやあ、まだまだ可愛がってくださいよ。慕ってますから」
「うそつけ」
そんなことを話しながら僕が箱に向けて手を伸ばそうとしたとき、回収した方の箱が振動を始めた。
カタカタカタ……
と小刻みな揺れから、徐々に揺れが大きくなる。
そしてパネルを固定していたネジがポロリと外れ、次にパネル自体が弾け飛び、箱から外れた。
僕は先輩と目を見合わせた。
次の瞬間、二つの箱が同時に光り始めた。
青と紫が入り混じったぼんやりとした光が二つの箱を包み、交わり、ひとつの光になっていった。そしてパッと白い光を発した後、その現象は治まった。
テーブルの上にはひとつの箱しか残っていなかった。
先輩は右手の指でこめかみを抑えていた。
「えーと、これは?」
「知るか」
「合体した?」
「俺に聞くな」
「どっちかっていうと融合か」
「どっちでもいいよ、もう」
「いやあ、不思議ですねえ」
「いまさら感あるわ」
「先輩、あんまり驚いてませんね」
「もうね、驚きとかいいから。やめてほしい。波乱万丈とかいらないから」
「先輩って案外保守的ですよね」
「平和主義者なんだよ俺は」
僕だって何をしたらいいかなんて全く分かってないわけだが、せめて何かしらの日常を取り戻そうと先輩をからかっているに過ぎない。そんな事をしているうちに、箱が勝手に開き始めた。それは明らかにプログラムされた機械的な動きだった。
箱は立方体の展開図のようにパタパタと広がり平べったくなった。
展開が終わると底になっていた面から立体映像が浮かび上がってきた。
そこには女の子が一人、映し出されていた。
いつか見たドラマのワンシーンみたいだ、と僕は思った。
女の子は画面のこちら側に向かって切なげな表情を浮かべてる。
どこかで見たことがあると思った。
「お願い」
思った通りのセリフ。
なんのドラマだっただろう。
「わたしを連れて行って」
後ろからいきなり殴られたような衝撃のあと、僕の頭があちこちで痛みを上げ始めた。思わず後ろを振り返るが、当然誰もいない。横にいる先輩は距離をとったままだ。
「おい、どうした」
先輩が僕の様子を訝しがる。
痛みが続いている。
なにかが体の内側から湧き上がってくる。
それはざわざわと大きな波となって意識の表面に向かって押し寄せてくる。
波の激しさとともに痛みも増す。
波動と痛みが絶頂を迎えたとき、頭の中に一人の顔が浮かんだ。
それは立体映像の子と同じ顔をしている。
だがこれは僕の記憶だ。
そう思ったとき、痛みは消えた。
僕は全身にたっぷりと汗をかき、呼吸も荒れていた。
「大丈夫か」
先輩が不安そうに僕を見ている。
僕は彼女の名前を思い出せない。
自分にとってどんな人なのかも思い出せない。
なぜだ。
再び頭を抱えそうになったとき、部屋中に響く音でアラームが鳴り始めた。
警報音だ。
「衝突警報だ!」
先輩はそう叫ぶと弾け飛ぶように部屋を出た。
僕もなんとか後を追う。足がふらついて走れない。
ようやくコックピットにたどり着いたとき、先輩はすでにマニュアルで操縦桿を操作していた。これまでの進行方向に対して全力で後退している。
メインディスプレイには前方の様子が映し出されていた。
何もない空間に光が生まれている。
光は直線の筋をつくっている。
縦長に一本、その両端で垂直に接する横の線が二本。
「扉?」
空間が切り開かれ、その中から発する光がますます強くなっていく。
何かの扉が開こうとしていた。
第一部 完
次元運送ウツツトライカ cokoly @cokoly
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