第24話 痕跡と誘導

 まるでまとまりのない夢を見た後みたいだった。

 僕と先輩は宇宙を漂うに任せた船の中でしばらく呆然と立ち尽くしていた。

 僕らが復帰した通常空間の周辺には人工的な設備や移動媒体の存在を示すようなものはなく、それどころか惑星や衛星の類も近くには見えなかった。

 全てが遠い。どの方向を見ても何もなかった。全方位スクリーンでプラネタリウムを見ているような感覚だが、楽しさのかけらもない。

「どうするよ」

「どうって」

 僕に聞かれても困る。

 お互い様なのはわかっているが、実際のところ頭を抱えるというレベルにすら到達していない。

「現在位置どこだ?」

「えーと、ちょっと待ってください。回線が……あ、きたきた。火星軌道と木星軌道のちょうど中間ぐらいですね」

「遠っ」

「ワープやばいすね。できるのかな、この船でも」

「お前すぐそれ使えるようにしろよ。帰るのに時間かかりすぎるだろ」

「バカ言わないでください。あんなのオーバーテクノロジーですよ」

「今やれそうな雰囲気だしただろ」

「出してないですし調べるにしろすぐには無理です。リソースがハードなのかソフトなのかも分からないんですよ。時間かけないと、取っ掛かりすらわかりません」

「でも同じ船だったじゃん」

「なんか違うんですよ、たぶん」

「うえー、帰るのに何日かかるんだよ、これ」

「一番近いワームポートに向かうしかないでしょ」

「はあ」

 後部座席に残された荷物が目に入る。

「とりあえず、最後の荷物、とどけましょうか」

「仕事か……まあ、そうだな」

 具体的な方向性を確認したところで、ようやく体が動けるようになった。


 ユカたちが近いところに運んでくれたというだけあって、目指す座標は近かった。

 ふたりしてノロノロとそれぞれの配置につき、おぼろげな手つきで航路設定を行った。色々あった影響からか、システム上のすべてのキャッシュがクリアされていて、しかもネットワークの通信速度が遅いために作業のひとつひとつに時間がかかってしまう。

 自然発生的に待ち時間ができてしまい、暇を持て余したのでシステム内のデータを走査した。ユカたちが残していったデータを探したかったのだ。

 通信関連のエリアに、以前はなかった不明な領域があり、そこを展開すると船内の様子を写した映像記録だとわかった。映像と同じくらいテキスト系のデータも多い。データは膨大な物量だった。

 このデータに何が入っているのだろう。

 ユカたちと南部博士の間に一体どんな経緯があったのか、このデータを解析していけばそれも分かるのかもしれない。

 夢などではなかった。

 彼らは確かに痕跡を残していった。

 いつでも確認できるようにデータを何処かにコピーしようと思った。一度ネット上の個人ストレージに移そうとして、それはやめた。こんなのいつ誰かに見られるか分かったもんじゃない。パスワードから生体情報から、何から何まで把握しているのはトポロのシステム側だ。

 よくよく考えれば、僕らがトポロ社と敵対する理由なんかないし、ユカたちの活動に取り込まれる必然性もないのだった。それでも僕は無視できない。トポロに対しては疑いが生じたし、ユカたちの存在は面白かった。

 理屈じゃなく、僕は彼らのことが好きになっていたのだ。

 できればまたあの人たちに会いたいと思った。

 だから取り敢えずは、積極的にトポロに探りを入れるというよりは心の中の判断基準を調整するぐらいにしておこう、というぐらいのノリで収めることにした。常識の基準を変えるだけでも、考え方というのは結構違っていくものだ。

 ぐるぐると考えた挙句、データは自分の脳内に構築した生体ストレージに全て移動させることにした。残り領域をほぼ使い切ることになるが容量としてはちょうど良いサイズだった。あまりにもちょうど良すぎて何かの罠かと疑うレベルだ。


 ひとしきり作業を終えると、先輩がいかにもめんどくさそうな声で

「これさあ、ほんとに届ける?」

 と言い出した。

「え、なんでですか」

「だってさあ、なんかもう曰く付きじゃん。ちょっとやだよ俺」

「うーん。確かに。でも持ってても仕方ないというか。それに届けないと報酬キーが発行されませんよ」

「そうだけどさあ。厄介ごとはやだよもう」

「どうします? 船はもう移動始めてますけど。近いからすぐ着いちゃいますよ」

「どうするよ?」

「先輩に決定権があります。僕は従いますよ」

「おまえ、こういう時だけいい子になりやがって、都合いいぞ」

「ええとですね、僕が思うにせっかくなのでお金は必要だと思うんです」

「当たり前だろ」

「よく考えてください。いろいろゴタゴタしたじゃないですか。んで、あの間、この船のIDとか諸々の情報はもう把握されてると思うんですよ。だからね、僕らは帰ったらちょっと面倒な扱いを受けそうじゃないですか」

「えええ……被害者だぞ俺らは」

「でもデータ上は同じ船だし、その疑いを晴らすのは簡単じゃないと思うんです。つまり、しばらく仕事ができないかもしれない」

「困るぞそんなの」

「もちろん困ります。そしておそらく避けられません。だからちょっとでも確実な収入を得られるなら、取っておくべきじゃないですか?」

 先輩は両手で頭を抱え込んでいた。

 耳を塞ぎたいのを我慢しているようにも見えた。

「で、どうします?」

 自分の意地のわるさには明確な自覚があった。

 僕は自分の好奇心がめざす方向に先輩を誘導していたのだ。

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