第23話 仕事の依頼

「何であの爺さんがその南部とか言う科学者になるんだ」

 先輩はシンプルな疑問をそのままぶつけた。

「名前に方角が入っているだろう。南を北にして文字を変えただけだ。そう言うふざけた男だ。あいつは」

「そんなの説明にならないでしょう」

「ん? ああ、根拠で言うならこの荷物だ。今のはただの愚痴だ。これを見た瞬間に確信してはいた。こんな真似するのは奴しかいない。奴にしかできない」

 一度話し始めたユカはもう勢いがついていた。

 クレタとヨナグニは一度視線を交わすとそれぞれの端末に向かって作業を開始した。さっきまでと勢いが違う。スマトラは二人の様子を見て、ユカに

「プログラムを変更します」

 と告げた。

 ユカは黙って頷いた。

 そして僕らに向けて改めた様子で話し始めた。

「我々は南部に利用されている」

「彼は歴史的にはすでに死んだとされている人です」

「そういう話にしてるだけだ。あれは異世界の自分とも早々にコンタクトを取り、離れ離れのままに知識の並列化を実現した化け物だ。我々は元の世界に戻すことを条件に、もう何年もいいように使われている。奴隷のようなものだ」

「もしその話が本当なら、何が目的なんですか。教授は何のために……」

「私もそれが知りたいんだ。こちらの情報を全て渡すから、機会があったら調べてくれ」

「機会って、そんなのないですよ」

「それでもいい。頼む。その情報を私に運んでくれ。これは仕事の依頼だ」

 ユカの勢いに押されていた。

「か、考えてみますけど、調べるったって何をやったらいいのか」

「奴は人を探している。それだけは分かっている」

「どんな人ですか」

「もしかしたらお前がそうかも知れん」

 何を言ってるんだこの人は……

 僕は南部博士に関わりを持った記憶などない。AIのアバターに授業を受けているからと言っても、そんなのは関わりとは言えない。

「船長。そろそろ動かないと。もう時計は動いてるんですよ」

 スマトラが横から口を挟んだ。

「そうだった」

「プログラムの修正、完了です」

 クレタの弾んだ声が報告する。

 ユカはその場にいる全員な顔を見渡してから僕に告げた。

「とにかく、奴には気を付けろ。あとトポロ社は別口だがそっちも気をつけろ」

 言うだけ言って指を鳴らすと、海賊なんだか本当は何者なのか分からなくなった一団は撤収の準備を開始した。


 撤収の準備がまとまった一団は最初に現れた位置に全員が集合した。

 最後までメインシートにいたスマトラもどうやら作業が終わったようで、コンソールと手持ちの端末を切り離したところだ。

「しっかりやれよ」

 スマトラはそう言って自分の端末を持ち、自分も仲間と同じ場所に移動した。

 現れた時とは全く違う雰囲気で彼らはそこに並んでいた。

 クレタやヨナグニは好意的な笑顔すら浮かべている。

 ユカは最初からその位置にいたので微動だにせず。

 僕の方を見て黙って頷いた。

「縁があったらまた会おう」

 スマトラが端末のキーを叩くと、少し間を置いて動力が停止し、照明が消えた。


 再び灯りが灯されるとコックピットは以前と同じようにきれいになった。

 メインディスプレイにも光が戻り、すぐに光学映像が映し出された。

 僕と先輩は恐る恐るそれぞれの定位置に戻った。

 通信が入る。

「世話になった。航海の安全を祈る。良き旅を」

 ユカの声だった。シンプルな音声通信だ。

 船外映像を映し出すと、横付けするように一機の船が並んでいた。

 分離した機体なのだろう。

 確認したいことが残っていた。

 スマトラとの作業中に気がついたことが事実なら……

「先輩、あれ見てください」

 僕は目当てのものを見つけ、先輩に指で差し示した。

 外装に船名がロゴで描かれている。

「クラッシュベリーて……え?」

 全く同じ船だった。

 同じ系統、同じ型式、それどころか船名まで同じ。

 年季が入って良い感じに古臭さを醸し出してはいたが、それは紛れもなくクラッシュベリー号だった。

 無線が入る。

「我々はある意味で永遠に同じ船のクルーだ。繰り返す。航海の安全を祈る」


 次の瞬間、もう一つの古びたクラッシュベリー号は残像をその場に残したまま飛んで行った。いくつもの光の筋が彼らの過ぎ去った方向を示していたが、それは目で追えるような速度ではなかった。僕らも先ほど同じ体験をしていたはずなのだが、あれで中の人間が慣性の影響もなく平然としているなんて、にわかには信じ難かった。

「ワープって言ってたの、今のか?」

「多分」

 先輩の質問に上の空で答えたが、驚きは同じだったろう。この宇宙には存在しない技術を目の前にして、僕の心は密かに踊っていた。

 いろんな可能性が、この宇宙にはあるのだと……

 自動化されたプログラムが発動し、僕らのクラッシュベリー号は自動的に移動を始めた。

 そして別の場所に現れた亜空間の裂け目から再び通常空間へと吐き出された。


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