第22話 今がその時
この数時間のうちに起きた出来事など無かったかのように、ユカは無表情だった。僕はなぜか裏切られたような気持ちになった。信用や融通を期待するような筋合いの関係ではないと分かってはいても、それを超えた何かをやりとりしていたと、勝手に思っていたからだろう。彼らと話しているのは不思議と楽しかった。相手もそう感じているのだと心のどこかで思っていたのだ。
なぜ?
僕は何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。
「ひとつだけ実例を話してやろう」
僕の表情を見兼ねたからなのか、ユカは肩を竦めてそう言った。
「我々はすでに彼らに認識されている。彼らは我々の技術を盗もうとしている。それは彼らの学びだからいいとしても、目指す方向が間違っている。先日も船体同期の実験をしようとして民間の船を勝手に実験台にしていた。我々はその様子を観測していたが妨害することはできなかった。実験は失敗して、おそらくあの船のクルーは今頃ひどい後遺症を抱えているだろう。今回はまた違う技術を模倣され、これは成功したように見えた。その適応速度は異常と呼べるほど速い。彼らはおそらく禁忌を犯している」
「船長」
「わかってるって」
ユカは少し緩んでしまった表情をまた戻した。
「何が起きているのかは、自分で確かめなければならない。はっきりしているのは、我々とはここでお別れだと言うことだ」
自分がどんな顔をしているのか、考えたくなかった。
おそらく距離を取られたことが悲しかったのだ。寂しいとさえ思ったのだ。自分の船を乗っ取った海賊たちに対して僕はいつの間にか理由のつかない親近感を覚えていたのだ。そのことをはっきりと自覚してしまった。もし先輩がこの場にいなくて僕一人の問題だったら、迷わず彼らについていきたいと願っただろう。だがその親しさの感覚は自分だけの一方通行だったのだ。
頭の中でそのような思いがぐるぐると回転してしまい、目頭に熱いものを感じた。
僕の視線を受け止めていたユカがすっと目を逸らした。それから目を閉じて上を向き、喉を潰したような低い音で
「あああーーー」
と呻くような声をあげたかと思うと、今度はそのまま下を向き
「はあああああーーーーー……」
と、やたら長いため息をついた。
すっかり息を吐き尽くした後で一息つくと、ユカは思い切ったように息を吸い
「スマトラ、今がその時だと思わんか」
と急にスマトラの方に向いて言った。
スマトラは顔を上げた。他の面子達も一斉にユカの方を見る。
「何回目ですか」
「今回は違う。お前にもわかるだろう」
ユカがそう言うと、スマトラは僕の顔をちらりとみて自分の顎をさすった。
「そいつはともかく、もう一人は的外れでしょう。それにまたバレますよ」
「いや、不確定要素があった方が撹乱になるかも知れんし、船体分離の時に会話記録とかいろいろ置いていっちまおう。想定外にこっちのシステムが難解で不具合が起きたとか言っておけば何とかなるんじゃないか」
「また大雑把なこと言って」
「どこかで先手を取らねばならん。それはわかっているだろう」
スマトラは喉の奥で呻き声を上げながら思案の様相を見せる。
「何の話をしてるんですか」
突然始まった謎の会話に困惑した僕もさすがに聞かずにはいられなかった。
ユカは一歩僕に近づくと、手を僕の肩に置いて言った。
「この世界は崩壊する。いや、正確には因果律の崩壊が起こる。ある意味ですでに起こっている」
横でスマトラが天井を見上げていた。
「だってそうだろう。過去も未来も好き勝手に行き来して、よせというのに過去の自分にあって歴史を変えちまったやつが何人いると思う? 挙げ句の果てに事象改稿なんて現象が頻発して、世界がどんなに矛盾を是正しようとも限界があるってもんだ」
「ちょっと待ってください。急にどうしたんですか」
「南部陽一郎を知っているか」
「あの南部陽一郎ですか」
「その南部だ」
「誰だそれ」
聞いたのは先輩だ。
「知らないんですか。ワームルートを作ってる空間制御技術を生み出した科学者ですよ。教育系動画でアバター化されたりしてるくらい有名人です」
「ああ、そう」
聞いたところでピンとこなかったようだ。
「伝があると言っただろう。あれはその南部のことだ」
「それは無いでしょう。彼が死んでからもう何年も経っているんですよ」
言いながら、すでに僕は自分の言葉に力がないことを悟っていた。
時間は関係ない。
答えの代わりにユカが言う。
「君たちに仕事を依頼した宇喜多という男だが、それは恐らく南部陽一郎だ」
また訳のわからない話が出てきた。
もう十分にお腹いっぱいだというのに……
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