最終話
薄暗い住宅地を歩きながら、真実が知れたらどうなるのだろうと考えた。妻は私に不審を抱いているのだろうか。安本や林はどうだろう。警察だって事情を話せばすぐに分かるだろう。何も無かった事にできないか。警察が来る前に、安本か林が娘を見つけてくれればいいのに、とチラと思った。それよりも、娘を置いてきた場所へ今すぐ向かえばいいのかもしれない、とも思った。
しかし、足はその方向へは進まなかった。恐怖に阻まれ、私は反対方向の茂みの中へ足を踏み入れた。
妻の手元にあった懐中電灯を持ってきていた。その頼りない明かりだけで、娘が居ないと分かっている方角へ歩みを進めた。枯れ葉の音だけが響き、無限の暗闇が広がっていた。
誰かの足音が聞こえたような気がした。安本か林が近くにいるかもしれないと思った。私は歩みを早くした。しばらく歩いたが、誰とも出会わなかった。
ポケットの携帯が鳴った。安本からだった。
「見つけたぞ」
息を切らしたような安本の興奮した声が聞こえた。
「本当か?」
「ああ、安心しろ」
「うん」
「大丈夫だから」
確かに安本の声なのに、知らない人の声に聞こえた。
「ありがとう」
私はよそよそしく答えた。
「お前、大丈夫か? 娘、抱っこしてるからな。今からお前の家に行くから」
安本はそう言って、電話を切った。
私はその場でしゃがみ込んだ。足に力が入らず立っていられなかった。枯れ葉がガサガサと音を立てた。静寂に響いた。冷たい冬の風が、体に巻き付いた。首に巻いたマフラーに口元をうずめた。顔中が冷たかった。目から、じわっと涙が出た。それは一気に溢れてきて、なかなか止まらなかった。
家に帰れば安本と林が居るのだろうか。妻は娘を抱いているのだろうか。静かな暗闇に自分の荒い呼吸だけ聞こえていた。
鳥が鳴いた。あ、とんびだ、と思った。
完
不熟 高田れとろ @retoroman
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