第30話「再び、日常がはじまる」

 第十三高戦は朝を迎えた。

 昨晩起こった戦闘のこともあり、高戦生は午前の授業を免除されている。

 昼を過ぎて三々五々集まってきた少女たちは、午後の授業が始まる前の束の間、教室の中で姦しく騒いでいた。


「見た見た? 校内ネットの掲示板! あーしら戦功スコア一位確定らしいよ!」

「うぇーい! 戦功一位の特典、試験免除最高ー!」


 嬉しそうに言いながら、サキとユイナがパックのジュースで乾杯する。


「第九、第十の非戦闘高戦を除く、出撃した第一から第八の実動部隊の中でも撃破数は一位らしく、臨時報奨金ボーナスも支給されますわ」


 リオンの補足説明にカエデが上機嫌で応えた。


「へぇ、大盤振る舞いだな! いくらぐらい貰えんだよ?」

「ろ、六百万円、支給されるそうです」


 カエデの問いにアキがオドオドと答えた。


「ってことは一人当たり四十万か。結構な額じゃねーか」

「何を夢を見ているのか。あなた方みたいなバカに全額支給するはずないでしょう? 一人当たり十万を支給し、残りはクラス用貯蓄に回しますから」

「なんだよデヴィ! それはさすがにひでーんじゃねーかっ!?」

「お嬢様の決定に異を唱えるとは。カエデさん、死にたいらしいですね」


 ギラリと瞳を煌めかせたデヴィが、腰からナイフを引き抜いた。


「へっ、なんだよ? あたいとナイフでやり合おうってか? 良いぜ。やってやろうじゃねーかよ!」


 デヴィの戦意に応えるために椅子から立ち上がり、カエデもナイフを引き抜く。


「おー、やれやれー!」

「カエデ姐さん、デヴィのやつぶっ飛ばしてくださいよ!」


 無責任に煽るサキとユイナの野次が飛び、他のクラスメイトたちも無責任に笑いながら二人の対決を煽る。


「あははっ! 姐さんがんばー。デヴィっちもがんばれー♪」

「やれやれ何を無責任に煽りをくれてるんですかヒマリさんバカですか、ああすみませんバカでしたね」

「いやいや、そういうの良いから。二人を止めないと!」

「ほっといても大丈夫。ケイコ真面目」

「ミトまでそんなこと言うのっ!? ちょっとリオン、あんたが止めなさいよ! デヴィはあんたのメイドでしょうが!」


 ケイコの要請に、リオンは大きな溜息を吐いて口を開いた。


「はぁ~……お引きなさいデヴィ。そんなことわたくしは望んでいませんわ」

「はっ!」


 リオンの言葉に素直に従い、デヴィはナイフを鞘に戻す。


「なんだよ、やんねーのかよ」

「お嬢様が望んでいないことをするなど、メイドの風上にも置けませんから。ですがカエデさん。夜道の一人歩きは充分注意することです」

「はっ、いつでも相手になってやんよっ!」


 ナイフを引いても敵意をぶつけ合う二人の様子に、リオンは再び盛大な溜息を吐く。


「カエデさん。報奨金を貯めている2C貯金は、碌な武器を支給されないわたくしたちにとっては生命線ですわ。それは分かってくださっているでしょう?」

「まぁな。デヴィがガチになるから面白くてつい……」

「うちのメイドで遊ばないでくださいまし」

「ははっ、悪かったよ!」


 悪びれずに笑ったカエデと、指で眉間を揉みながら嘆息するリオン。

 2Cのいつのもの光景が、そこにはあった。


「ああ、それとサヨさん、リンカさん、ミトさん。先日差し上げたヘアサロンのチケットをお持ちですか?」

「へっ? 持ってるけど」


 リオンの問い掛けを受け、リンカたちはポケットの中からチケットを取り出した。

 その取り出されたチケットをリオンは素早く回収する。


「こちら、任務が消失したということで、回収致しますわ。あしからずご了承を」

「はーっ!? 何言ってんですか横暴です横暴すぎますあなたいつの時代の女王様ですかマリーアントワネット気取りですかバカ過ぎでしょう!」

「ああーっ! 私の高級ヘアサロンでヘッドスパ三昧の夢がぁーっ!」

「ん。まぁ仕方なし」

「フフッ……」


 三者三様の反応を示すサヨたちを見つめながら、ミコトは思わず笑いを零した。


「どうかされましたか? 姉さん」

「いつもの2Cが戻ってきたなー、ってね」

「賑やかなクラスだもんね、2Cって。それにめげない子たちばっかりだし」

「ええ、そうね。このクラスで良かったと心底思うわ」

「楽しそうな姉さんを見ると、ユリィたちまで楽しくなります」

「楽しいのは良いことだよー♪」


 姉妹で目を見合わせてクスクスと笑い合う。

 例えそれが束の間の平穏であったとしても、笑い合うことのできる時間があるということは、とても幸せな事なのだ――ミコトはそう自分に言い聞かせる。

 やがて教室の扉が開く音が聞こえ、クレア教官が姿を見せた。

 その姿にリオンが気付き、不思議そうな表情でクレアに尋ねる。


「クレア教官? 今日は生徒の疲労を取るという名目で、自習のはずでは?」

「いいえ。たった今、自習は取りやめとなりました。これより定期考査を開始します。各自、自分の席に着席しなさい」

「はーっ!? なんそれっ!」

「いやいやクレアちゃん、それはおかしーっしょ!」

「そうそう! あーしら戦功一位で試験免除が確定してっしょ!」


 クレアの言葉を聞いて、サキとユイナが必死に食い下がる。


「軍本部より通達が来ているのは知っていますが、私の一存で断りを入れました」

「「はぁっ!?」」

「よってただいまより定期考査を開始します。机の上には筆記用具のみ。他のものは鞄にしまうように」

「ちょちょちょっ、クレア教官、なんでそんなことになってんのーっ!?」


 ヒマリの抗議に、クレアは今まで見せたことのないような笑顔で答えた。


「バカがいちいち休んでいては一生、バカのままでしょう。底辺は底辺らしく必死に努力する必要がある。私の優しい仏心です」

「鬼かあんたはーっ!」


 カエデの罵声に他のバカたちが続いた。


「悪魔だ! ここに悪魔がいるよぅ!」

「鬼、悪魔、クレア教官!」

「クレアちゃんサイアクすぎーっ!」

「腹黒すぎんだろ、このおばさん……!」


 バカたちの抗議を聞き流し、クレアは淡々とプリントを配ると、


「試験開始は一四○○。三、二、一……試験を開始しなさい」


 クレアは問答無用で試験の開始を告げるのだった――。

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GUNs N' Lillies -百合と虫螻- K.バッジョ @kbaggio

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