第29話「戦いの後」
ミコトたちが防壁管制室を制圧し、ゲートの閉門操作をしたことで勝敗は決した。
後続のないインセクター相手であれば、高戦生たちが負けるはずもない。
第十三高戦の生徒たちも、それぞれの中隊が奮闘し、最小限の被害でインセクターたちを撃退した。
第一高戦から第四高戦の、いわゆるエリート校たちもその実力を遺憾なく発揮。
非常事態に即応した軍と連携して関東区域内部でのインセクターとの戦いは無事、人類の勝利と相成った。
しかし防壁内部にまでインセクターの侵入を許したことで、建造物やインフラに多大な被害が出た。
今後は被害を受けた施設の復興に対し、関東区域内の人的、経済的リソースが注ぎ込まれることになるだろう。
だがそんな政治的なことは、大活躍だった2C小隊の面々には関係が無い。
激戦を戦い抜いた生徒たちは輸送車で寝落ちしながら、それぞれの宿舎へと戻っていった。
第十三高等戦闘学校校長室では、十三高戦全体の指揮を執っていた校長のアイ・ヤハタが戦闘の終結を確認し、夜通し指揮を執って疲れた身体を休ませるため、椅子の背もたれに身を預けていた。
「失礼します」
「おう。おまえもご苦労だったな」
「ありがとうございます。ですがこの程度で疲れるような鍛え方をしておりませんよ」
「そりゃ結構。俺はちょいとばかし疲れた。もう歳だな」
「歳のせいにするのはずるいですね、校長先生」
「やれやれ。年寄りを酷使するたぁ、鬼のような部下だ。怖い怖い」
「ふふっ、お褒めに預かり、光栄ですわ」
笑顔を浮かべて感謝するクレアに苦笑したあと、校長はすぐに表情を引き締めた。
「で、被害は?」
「KIAはゼロ。重傷を負ったものが二十数名いますが、あの規模の戦闘に急遽駆り出されたことを考えれば上々でしょう」
「……再起不能は?」
「七名ほど」
「そうか。……」
クレアの報告を受けて、アイは苦々しげな溜息を吐く。
「全く……。若い奴らを死地に追いやっていながら、この老害は椅子に座って何もできないとはな。反吐が出るぜ」
「大人には大人の。老人には老人の戦場があり、役割があります。……聞き分けの無いことを言わないでください」
ともすれば傲慢で、ともすれば身勝手なクレアの言い分は、アイと同じ立場でなければ激怒したかもしれない。
だが自身と同様、クレアも大人として大人の戦場で戦っているのだ。
そんなクレアの苦言を無碍にすることは、アイにはできなかった。
「で?」
「はい。彼女から映像が送られてきました。珍しく加工のない映像です」
「へぇ? どういった心境の変化だろうな?」
「変化、ではなく、時間が無いということなのかもしれません」
アイの軽口に真面目に答えたクレアは端末を操作し、校長室に壁面に設置されたモニターで映像を再生する。
その映像は防壁管制室での戦闘の一部始終を録画したものだった。
「詳細は技研の分析結果を待ってからだが……奴はなんと言っている?」
「はい。彼女の見立ても我らと同じようです」
「……同じか」
「動き出したかもしれない、と」
「そうか。……」
クレアの報告を受け、アイはしばらくの間、沈黙する。
「……クレア教官。我らも第二フェーズに移るとしようか」
「はっ! ではただちに各方面と連携し、フェーズ移行を行います」
「頼む。……で、この映像を寄越した奴らの様子は?」
「特に何も。いつも通り、淡々とした様子でした」
「……何も考えていないのか。効いていないというポーズなのか。それとも――」
「何かの覚悟を秘めているのか。……私にはそう思えますがね」
「そうか。……まぁ良い。どうせ聞いたところで何も答えてはくれんだろう」
「そう、ですね……」
「今は互いの利によって繋がっていられるだけ、良しとするしかない」
「はい。それが得策でしょう」
「そうだな。……ああ、クレア二尉。この映像は空と海の連中にも送っておいてくれ」
「すでに手配済みです。それと私は三佐ですよ、少将」
指摘を受けたアイが、ポリポリと頭を掻いた。
「あー、すまんな。歳を取るとどうも……」
「また歳のせいにして。少将にはまだまだ頑張って頂かねばなりません」
「そうは言っても、最近は疲れも取れにくくなってきているしなぁ……」
「ふむ。でしたら健康のため、お酒は禁止に致しましょうか」
「ちょ、待てよ! それはさすがに横暴だぞ三佐!」
「ふふっ、これも日本の、いいえ、ひいては世界の未来のためですわ」
「全く……厄介なものを背負わされちまったもんだ……」
クレアの言葉を聞きながら、アイは校長室の窓の向こう――防壁の向こうに広がる曇天の空に視線を向けた――。
次回、12/16 AM04時更新予定
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