第28話「制圧」
管制室に響く激しい戦闘音を聞きながら、サキもユイナも微動だにしない。
いや。正確には微動だに"できなかった"
自分たちの前で起こっている非現実的な戦いに、目を奪われてしまっていたからだ。
「すげぇ、なんだこれ……」
「え、ちょっ……ミコトすごないこれ? なんでこんなに戦えんの? インセクターのコアって、こんなに簡単に傷付けられんでしょ?」
「ああ。コアは力場を操ってバリアみたいなものを纏ってるからな。一定以上の火力がないと突破できないっての、授業でも言ってたことだし、あたしら兵士にとっても常識だ。だけど……」
サキたちの目前には、コンバットナイフ一本でコアを圧倒するミコトの姿と、傷つき、体液を垂れ流しているコアの姿があった。
「いくら強化薬を使ってるからって、あーしには無理」
「そんなのあたしだって無理だ」
放心したように呟くサキたちの前で、ミコトは戦い続けていた。
触手による攻撃を完全に回避し、コアに肉薄しては、力任せにナイフを突き立てる。
そのナイフはすぐにコアを傷付けるものではない。
コアを覆うバリアに阻まれ、ナイフはそこで停止してしまうからだ。
だがミコトはそんなこともお構いなしだった。
ミコトがバリアに阻まれたナイフに力を籠めると、コアを守るバリアはいとも容易く破られてナイフの刺突を許してしまう。
「…………!!」
コアの口から放たれる硬質の音は、コンバットナイフが身体に刺さる悲鳴だろう。
非常識な腕力によって自分の命を奪おうとしている敵に対し、コアは触手による反撃を繰り出す。
だが、そんな苦し紛れの攻撃が今のミコトに当たるはずもなかった。
痛みから冷静さを失っていたコアは、無理に繰り出した攻撃の勢いを受け止めきれず、ほんの少し体勢を崩す。
そこを見逃すミコトではない。
すぐさま地面を蹴ってコアの背後を取ると、腕を伸ばしてコアの首元に絡みつき、大振りのナイフを突きつけた。
「ガッ……!」
コアの口から漏れる鈍い音は、声というには意味を成さず、ただ喉に突き立てられたナイフが声帯を揺らして出た音だ。
「……!!」
首を絞められ、動脈に刃を突き立てられたコアは、拘束を解こうと必死に藻掻く。
上体を揺らし、背中にへばりつく敵を剥がそうとして、滅多矢鱈に触手を動かした。
その触手のいくつかがミコトに当たり、肌を引き裂く。
だがミコトは痛みなど感じぬように無表情のまま、コアの頭部に唇を密着させた。
「ごめんね……今、楽にしてあげるから……」
それは小さな小さな囁きだった。
口にした謝罪の言葉と共にミコトはナイフを大きく横に引いた。
突き刺さったナイフはコアの喉を容易に引き裂く。
「……!!」
喉元から放物線を描くように噴出するコアの体液は碧く、人の体内を巡る血液とはほど遠い色で周囲に撒き散らされた。
天井を。床を。ミコトの身体を汚したコアの体液は、やがてその噴出を収め――コアは脱力したかのように倒れ込んでいった――。
コアとの激闘はミコトたちの勝利で終わった。
サキたちが防壁管制室に突入してから、十分ほどの時間が経過しただけだが、当事者たちにとっては一時間にも二時間にも感じられた、長い長い戦いだった。
非日常的な光景を目の当たりにしたサキたちは、戦闘が終わった今でさえ、どこか呆然とした様子だった。
もしかすると夢だったのではないか?
そんな風に考えてしまいそうなほどの非常識な戦闘だった。
しかし防壁管制室の床に非正規品だった少女とインセクターの人型コアがその身を横たわっているのを見れば、現実逃避できるはずもない。
「はぁ~……なんかどっと疲れた」
「あーしも。なんかもう早く宿舎に帰りたい」
気の抜けたような台詞を吐きながら、サキたちは管制コンピュータを操作する。
そんな二人の背後で、コアの体液によって汚れてしまったミコトの身体を、ユリィがタオルで丹念に拭いていた。
「お疲れ様です、姉さん」
「うん。……ユリィ、ありがと。見届けてくれて」
「……本当は行かせたくなかったです。でも」
「止められても私はやるよ。これからもね」
「はい。姉さんの意志を尊重します。ですが私たちが手伝うことも許してください」
「……良いの? あなたたちにとっては――」
何かを言いかけたミコトの唇に自分のそれを触れさせて、ユリィはミコトの言葉を奪った。
「良いんです。私たちがしたいって。自分の意志で願うことですから」
「……分かったわ。あなたたちが私の意志を尊重してくれるのなら、私も妹たちの意志を尊重しないとね」
「そうです。だって私たちは家族なんですから……」
そう言うとユリィは頬を緩ませて微笑を浮かべた。
「へぇ珍しいじゃん。ユリィってそんな風に笑えるんね」
背後から聞こえたユイナの声を聞いて、ユリィの表情はスッと元の無表情に戻った。
「……油断してました。私の笑顔を見て良いのは姉さんとリリィだけです。すぐに忘れてくださいユイナさん」
「いやいや。別に普通に可愛かったし。良いじゃん減るもんじゃなし」
「減ります。なんだったら忘却のお手伝いをしましょうか?」
そう言うとユリィは銃を逆さまに持ち替え、ユイナに向かって銃把を構えて見せた。
「あーはいはい分かった分かった。もう忘れたから銃を下ろしてくれん?」
呆れた口調で言いながら、ユイナは軽く肩を竦めた。
「それよりも。ミコト、強化薬のバックファイア、大丈夫なん?」
「……ええ。私はなんというか、ちょっと特殊だから」
「特殊って何よ? ミコトの適応ランクってどれ? まさかAとか?」
「私のランクは秘匿情報扱いになってるから。私の一存では言えないの。ごめん」
「ほーん。……色々訳ありってこと? まぁ良いけど。じゃあバックファイアの心配とかしなくても良いか」
「ええ、大丈夫」
「ん。でも体調悪かったらすぐに言ってよ?」
「そのときは遠慮無く頼らせてもらうわ。ありがと、ユイナ」
「良いよそんなの。まぁ無事ならそれで良しよ」
安心したように笑ったユイナの後ろから、サキが状況を報告する。
「とりあえず九番ゲートは閉めておいたぞ。次はどうするんだミコト?」
「待って。QBに確認する」
サキの言葉を聞いて、ミコトはすぐにT-LINKを操作した。
「こちら分隊、ミコト・ククリ。たった今、管制室を制圧。9番ゲートの閉門操作を完了したわ。次はどうするのリオン」
『こちらQB。管制室制圧、ご苦労様でした。次はT-LINKを管制コンピュータに接続してください。リリィさんに開閉システムをハッキングしてもらいますわ』
「
『全門の閉門操作が完了後、ミコトさんたちは2C小隊に合流してください。……戦闘中のビタミン摂取についは、後ほどゆっくりとお話を聞かせてもらいますわ』
「……そちらも了解。お手柔らかにね」
『うふふっ、それはミコトさん次第ですわね。では無事の帰還をお待ちしております』
含みのある声を残してリオンとの通信が終わった。
「やれやれ。リオンお嬢様の説教確定みたい」
「当然だろ。無断で強化薬を使うとか、おまえはユイナか」
「はっ? なんでそこであーしが出てくるん? そういう嘘、止めーよ?」
「完っ全に事実しか言ってねーよ!」
いつもの調子で口喧嘩を始める二人の横で、ユリィがゆっくりと振り返った。
「姉さん。リリィのハッキングが始まりました」
「ありがと。門が閉まってインセクターの援軍が途切れたなら、負ける要素はないでしょう。私たちの任務も無事終了って訳ね」
「なーミコト、しばらくここで休憩してかない? あーし疲れた」
「それな。あたしもユイナに賛成。さすがにすぐに動きたくねー」
「……そうね。じゃあ小休止してから2C小隊に合流しましょ」
「賛成ー!」
次回、12/15 AM04時更新予定
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