第27話「突入」

 視界を奪う閃光とともに、耳をつんざく轟音が部屋に反響する。

 フラッシュバンを投擲したサキたちは、光が収まる間際に管制室の中に突入し、目標らしき人影に銃口を向けた。


「動くな!」


 目標は非正規品とはいえ人間だ。

 その認識があったからこそ、警告の言葉を発したサキだったが、その横で同じように銃を構えていたユイナが、目の前の光景に呆然とした声を漏らした。


「なん、これ……?」

「おいおい、マジかよ……」


 状況を把握したサキは、目の前の非現実的な場面に呆気にとられ、ユイナと同じような声を漏らして構えていた銃を下ろしてしまう。


「なぁサキ、あれ人間なん? それとも虫なん? あれなんなん?」


 怯えを必死に押し殺すような震えた声でユイナは問う。


「あたしに聞くな。分かるわけねーだろ……」


 精いっぱい強がった声で答えたサキだったが、声の震えは隠しきれなかった。

 数々の戦場を生き残った歴戦の兵士でもある二人が、ここまで恐怖を覚えるのには訳があった。


「おいミコト……なんだよアレ? アレが目標の非正規品だってのか?」

「……そのはずだけどね」


 サキの問い掛けに答えながら、ミコトは管制コンピュータにかぶりつく非正規品の少女を見据えた。

 上半身は目標ターゲット情報で共有されていた非正規品の少女の顔だ。

 栄養失調のために眼窩が窪み、髪は傷み、身体は骨と皮だけではあったが、人間と分かる姿形をしていた。

 そう、上半身だけは――。


「姉さん、あれはもはや人とは呼べないのではないでしょうか……」


 ミコトの側で銃を構えたユリィが、視線を地面に落としながら呟いた。


「ええ、そうね。もう人間じゃないでしょうね、あれは」


 二人の視線の先には、床を埋めるように数十本の触手がうねり、突入してきたミコトたちを敵と認識し、臨戦態勢を整えていた。

 触手の先端は硬質の光を放って鋭く尖っており、人の肉体など簡単に貫通してしまうだろうことは想像に難くない。

 その触手が音もなく一斉に動き、ミコトたちに襲いかかった。


「呆けてる場合じゃないわよサキ、ユイナ! 応戦!」

「お、おうっ!」


 ミコトの呼びかけに、慌てたように応えたサキが銃を構えて撃ち放った。

 耳朶を震わせる射撃音が十メートル四方の広くない室内に響き渡る。

 放たれた弾丸はいくつかの触手を正確に捉えて吹き飛ばしたものの、弾幕を掻い潜って迫る触手に、サキたちは散開を余儀なくされた。


「銃で吹っ飛ばせるのは分かったけどよぉ。如何せん、触手の数が多すぎるぞ!」

「どうすんのミコト!」


 絶え間なく攻撃を繰り出してくる触手を時に避け、時に銃撃で吹き飛ばしながら、ユイナはミコトたちに合流しようと隙を窺う。

 だがユイナの動きを見透かしているかのように、触手は連携して動いて四人が集まろうとするのを妨害していた。


「このままじゃ各個撃破されんぞ! どうすんだよ!」

「どうするもこうするも、この状況じゃあの子自身をどうにかするしかないでしょ!」

「あの子、処理するん?」

「私たちの目的は防壁管制室の奪還よ。非正規品の保護じゃないわ」


 そう言いきったミコトの表情は険しく、言葉が本心でないことは明白だった。


「……分かった。あたしは見ず知らずの非正規品のために死ぬなんてのはゴメンだ。だからミコトの決定を支持すんぞ」

「あーしも。だから気にすんなよー、ミコト」

「ありがと。……二人は触手を引きつけて。あの子は私が仕留めるわ」

「良いのか?」

「それが狙撃兵の役目よ」

「わーった。なら囮役はあたしらに任せとけ」

「ユリィはちゃんとねーちゃん守ってあげなよー」

「ユイナさんに言われずとも、この命に代えて姉さんは守りますからご安心を」

「あー、はいはい。麗しキモイ姉妹愛、ごちそーさん」


 苦笑しながら応えたユイナは視線をサキに向けた。

 ユイナのアイコンタクトに頷いたサキが、床を蹴って少女に対して距離を詰める。

 床をのたうつ触手の多くが、少女の身を守るためにサキに向かって攻撃を繰り出す。


「はっ! 当たるかよ!」


 突き出される触手を紙一重で避け、サキは跳躍した状態でアクロバティックに反撃を叩き込む。

 サキの反撃はいくつかの触手を吹き飛ばしたが、触手は一瞬のうちに再生し、再び狙いを付けてサキに襲いかかった。


「おいユイナ! 何サボッてんだよ、おまえもちょっとは働けよ!」

「はっ? サボッてねーし! チャンスを窺ってるだけだし!」


 サキのクレームに口汚く言い返しながら、ユイナは触手の隙間を縫うように走り、非正規品の少女への接近を試みる。

 だが――。


「あーもう! この触手、数多すぎっしょ!」


 背後から襲いかかってくる触手の攻撃を紙一重で回避したユイナが、毒を吐きながら再び距離を取った。


「視界に入る敵の動き全部に反応してるっぽい。サキぃ、突破は厳しいわこれ」

「気を引いてればいいんだ。動け動け!」

「階段登ってきて足もうガクガクなんだけどー!」


 ブツクサと文句を言いながらも、ユイナは決して広くない部屋の中を縦横無尽に動いて弾丸を撃ち放つ。

 ユイナの動きに呼応し、サキも目まぐるしく位置取りを変えて攻撃を続ける。

 時折、少女を狙うように放たれた弾丸は、その悉くが触手によって防がれる。

 部屋の中に立ちこめる濃密な硝煙の匂いは、二人の攻撃の激しさを物語っていた。

 そんな中、事態が動く。


「援護します」


 今まで後方でミコトの護衛を務めていたユリィが、サキたちの戦線に加わる。


「おい、おまえはミコトを――!」

「姉さんなら大丈夫です。準備は完了しましたから」


 サキに応えながら、ユリィは腰だめに構えた銃をフルオートで撃ち放った。

 次々に吹き飛ばされる触手は、だがすぐさま再生し、新たに出撃したユリィに向けて鋭利な尖端を殺到させる。


「やらせるかよ!」

「大人しく、あーしらだけ相手にしとけ!」


 触手の意図を察知したサキたちが、やらせはしないとばかりに引き金を引く。

 部屋の中に響く銃撃音が、少女たちの鼓膜を激しく叩いた。

 三つの銃口から雨のように弾丸を浴びせられて、触手は少女の身を守るために防御に専念せざるを得なくなってしまう。

 そこが狙い目だった。

 張り巡らされた触手の防御網の中。

 編み目のように張り巡らされる触手の網の中、ほんの少しだけ空いた空間。

 照準器越しに非正規品の少女を見据えていたミコトが、その空間を見逃すはずがなかった。

 刹那の間、開いた空間に狙いをつけて、ミコトが素早く引き金を引いた。

 腹ばいになったミコトの身体を、バレッタ改の射撃の衝撃が揺らす。

 銃口から放たれた12.7mmの弾丸は、ジャイロ効果によって空中を直進し、触手の間にできた隙間を通過して――少女の額に直撃した。


「ヒット。ヘッドショット。状況確認中」

 ミコトの射撃を見届けたユリィの声と共に、触手の動きが止まる。


「よっしゃ! ヘッショ、ナイスぅ!」

「さっすがミコト。やるねぇ!」


 称賛するサキとユイナ、二人の声を聞きながら、だがミコトは微動だにしない。

 それはユリィも同様だった。

 二人はまるで次の展開が分かっているかのように気を抜かず、額を撃ち貫かれた少女のことを凝視していた。


「おい、どうした? 頭をぶっ飛ばしたんだからこれで終わりだろ?」

「そうそう。さっさとゲートを閉めようよ」


 構えていた銃を下ろし、少女が陣取っていた管制コンピュータを操作するために近付こうとした、そのとき。


「二人とも、次が来るよ!」


 ミコトが鋭い警告を発するのとほぼ同時に、額に穴を開けた少女が身震いした。


「なっ!?」

「ひぇっ!? なんそれ! おまえゾンビかよ!」


 完全に沈黙したはずの目標が再び動いたことに恐怖し、サキたちは反射的に下ろしていた銃を構え直す。

 二人の視界の先で、非正規品の少女はすでに光を失った瞳を動かし、室内にいるミコトたちを見据えていた。


「まだ死んでないとか、やっぱこいつは……!」

「ええ。人間じゃない。虫に寄生されたただの苗床。正体は――」


 ミコトが喋り終える前に、少女の腹部がゆっくりと膨らみ始める。

 膨張した少女の下腹部の皮膚の下で、生き物らしくものがもぞもぞと蠢いた。


「うえっ、キモッ……!」


 生理的嫌悪感に身震いし、ユイナが思わず後退る。


「こいつ……!」


 再び動き出した少女に止めをさそうと、サキは構えていた銃の引き金を引く。

 しかし、銃口から煙をあげながら放たれる弾は全て触手によって防がれてしまう。


「くっそ、これじゃふりだしじゃねーか!」


 吐き捨てるサキの前で、死んだはずの少女の下腹部が更に膨張し――やがて縦に大きく裂かれた腹から人の姿に似た何かが姿を現した。


「ハァっ!? なんで人からコアが出てくるんよっ!?」

「マジかよ……」


 少女の腹を割いて出現したコアは、まるで肉体の感覚を取り戻すかのように腕を振るい、青白い指を蠢かせる。


「どうするん? あーしもう弾無いよ? この状態でコアの相手すんのは無理」

「あたしだって同じだよ! どうするミコト! 一度退くかっ!?」


 いつ攻撃されても回避できるように、下半身にバネを溜めながらコアを見据えていたサキたちが、振り返ることもなく分隊長であるミコトの指示を仰いだ。


「二人は下がって。あれは私が殺る」


 そう言うとミコトは伏射の姿勢から立ち上がり、腰帯に手を伸ばす。


「やるのですか、姉さん?」

「ええ。これは私がやるべきことだからね」

「承知しました。……ご武運を」


 何があっても制止したい。

 そんな表情を浮かべながらも、ユリィは姉の意志を汲みとって、ミコトを死地へと送り出す。


「おい、ミコト。自分が殺るって、そんなこと――」

「姉さんに任せましょうサキさん。ユイナさんも下がってください。手出し無用です」

「……サキどうする?」

「ちっ。二人にゃ何か考えがあんだろ。言う通りにするさ」


 半信半疑な表情のサキは、だが二人の言葉を信じたのか、コアを警戒したまま、じりじりと後退した。


「ありがと。……」


 ユリィの言葉に従ってくれたサキたちに礼を言ったミコトは、腰帯から緑色のアンプルと取り出し、頸動脈に密着させると躊躇無く薬剤を注入した。

 プシュッ、と気の抜ける音と共に注射針が飛び出し、ミコトの体内に緑色の液体を注ぎ込まれる。


「うっ……ううっ……!」


 アンプルの効果はすぐに顕れた。

 視界が赤く染まると、周囲の動きがまるでスローモーションのようにミコトには感じられた。


「アアアアアアアアッ!」


 それは悲鳴にも似た雄叫びだった。

 体内に注入された薬剤が、ミコトの血液を変質させて全身の細胞を活性化させる。

 今、ミコトの体内で起こっているのは、アンプルによる強制的なDNAの書き換えだった。

 DNAを一時的に書き換えることによって、人を人以上のものにする。

 それが強化薬ブースターの効用なのだ。

 今、ミコトは強化薬の効用によって、筋肉、反射神経、骨格強度の全てが飛躍的に向上し、通常の人ならば決して出すことのできない力を発揮できるようになっていた。

 全身に行き渡った薬剤はミコトを闘争に向けて掻き立てる。

 目の前の敵を殺せ! 種を脅かす敵を根絶やしにしろ!

 脳でもなく、心でもなく――DNAに刻まれた本能の叫びがミコトの中で爆発する。


「……!」


 それは一瞬の出来事だった。

 ミコトが声にならない声を発した瞬間、今まで立っていた場所からミコトの姿が消え、瞬きする間もなく、コアに向かって躍りかかっていた。

 様変わりした姉の姿を見つめながら、ユリィはT-LINKを操作してQBに通信を入れる。


「こちら管制室制圧分隊。ミコト・ククリがビタミン材を投与。これより対象を殲滅します」


次回、12/14 AM04時更新予定

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