第26話「九番ゲート」
関東に住まう人々を守るため、東京を中心として神奈川、埼玉、千葉を、地上から宙空までぐるりとドーム状に囲んでいた防壁が今、外界に向けて完全開放されていた。
防壁外はすでにインセクターの領域だ。
そこかしこにわがもの顔の虫たちが集まり、時に逃げ遅れている非正規品を襲っては体液を啜る……地獄しかないのが今の日本の姿だった。
そんなインセクターが、大量の餌が集まっている関東区域を見逃すはずもない。
開放されたゲートから侵入するのは、周辺を住処としているインセクターたちだ。
ダニ型と呼ばれるタイプは、
アブラムシ型は牛ほどの大きさがあり、跳躍はしないがその突進力は侮れない。
この二種類はインセクターの中でも良く見るタイプだったが、武器を所持していない一般人からすれば、死を覚悟する存在だろう。
そんな虫たちが今、関東区域に大挙として侵入していた。
「戦場全体の様子はどうなってるのかな」
背丈よりも長い対物ライフルを背中に担ぎ、サイドアームの
「関東区域全てのゲートが開放されそうになっているのであれば、てんやわんやどころの話ではないでしょうが……どうやら、九番ゲート以外はギリギリの状態ですが踏ん張っているようです」
「踏ん張ってる? 開放されてないってこと?」
「正確に言うと、発動した開放コードにハッキングを仕掛けて止めようとしているのと同時に、ゲートの駆動部を物理的に破壊しようと試みているそうです。つい先ほど、T-LINK上で情報が共有されていましたよ」
ユリィの指摘に、ミコトは片耳に装着しているT-LINKを操作する。
「あ、ほんとだ。無茶するわねぇ……」
「ゲート駆動部にダメージを与えてしまっては、閉門できなくなってしまうでしょうが、後々のことよりも今、開門を阻止することを選んだのでしょうね」
「非常事態、か。この騒動が終わった後も休み返上で対応に当たらされそうね。……これを狙ってやってるのだとしたら、今後は厳しくなっていくでしょうね」
「はい。でも私たちには――姉さん!」
何かを言いかけていたユリィは、だが脇道から飛び出してきた虫の攻撃をすんでのところで回避し、反撃を叩き込んだ。
その横では同じように攻撃を回避したミコトが、跳ねるようなステップで虫に接近し、頭部にSMGの引き金を引く。
耳朶を叩く連射音とともに、銃口から射出された弾丸が、虫の頭部を粉砕し、体液を四散させた。
死後硬直によって痙攣する死骸を見下ろしながら、ミコトが吐き捨てる。
「……管理局が喜びそうな状況ね」
「『掃除屋』のことならば、確かにそうかもしれませんね」
「わざと、という可能性はあるのかしら?」
「さすがにそこまでは。リリィに調べさせている件で何か分かるかもしれませんが」
「今は待つしかない、か」
忌々しげな声で呟いたミコトに横から、何らかの影が飛び出してくる。
「……っ!!」
反射的に銃を構え、引き金を引こうとした二人に対し、飛び出してきた影が慌てたように声を掛けてきた。
「待て待て待て待て! あたしらだよ!」
「味方に銃を向けるとか最低っしょ!」
「サキにユイナ……えらく早い合流だったわね」
「てめぇが三分で合流しろって言ったんだろうが!」
ミコトのあんまりな言葉に、サキが吠えるように噛みついた。
「あー……そうだったそうだった。でもまさか本当にこんなに早く合流するとは想像してなかったから。いやぁ、さすが2Cの隠れエースコンビだわ。すごいすごい!」
「はっ? ミコト、もしかしてあーしらのことバカにしてる?」
「してないって! それより二人とも、体力のほうはまだ大丈夫?」
「多少は疲れてるけど、まぁなんとかなんだろ?」
「本当に? 今からあそこ、登るんだけど」
そう言ってミコトが指差した先には、折り返しながら防壁管制室へと続く、長い長い階段があった。
「げっ……あーしら、あれ登らないとダメなん? 嘘でしょ……」
「エレベーターとかねーのかよ!」
「あるにはあります。しかし大挙として虫が侵入してきている今の状況で、密室となって逃げ場がなくなるエレベータを使用するのは非推奨です」
「はぁ~……階段で行くしかねーのかよ……」
忌々しげに溜息を吐き捨てると、サキはミコトたちよりも一歩前に出る。
「前はあたしが取る。ユイナは後ろにつけ。あたしらの仕事は、ミコトとユリィの二人を無事に防壁管制室に連れて行くこと。オーケー?」
「
「頼りにしてるわ」
「はい。お願いしますね、サキさん、ユイナさん」
「おうよ」
ユリィの言葉に、サキは口端を上げてニヤリと笑い――だが前を向いたときには戦士の顔を見せていた。
サキたちと合流したミコトとユリィは、体力を消耗しきらないギリギリの速度で防壁に接近する。
時に遭遇する虫を撃破し、時に物陰に隠れながら進み、合流から十分ほどで防壁に辿り着いた。
「相変わらず無駄にでけぇな……」
地上からおよそ三百メートル上空まで伸びる防壁は、その圧倒的な高さで見るものを圧倒する。
「んで、管制室はどこにあるん?」
「防壁の中程にあります。地上からおよそ百五十メートルといったところですね」
ユリィの説明に、ユイナがあからさまに表情を歪ませた。
「百五十も階段で登るん? ちょっとした登山やん。嘘やろ……」
「まぁやるしかねーよ。はぁ……」
防壁側面につづら折りとなって設置されている階段を見つめ、サキたちは諦観の溜息を吐き出した。
「休んでる暇、無いわ。行くわよサキ」
「わーってるよ!」
ミコトの言葉に、サキはやけくそ気味に答えながら階段に足を掛けた。
そのまま、勢いよく階段を駆け上っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……武装状態で階段を駆け上るとか、赤点取ったときにやらされる教官の特別訓練と同じじゃねーか」
「文句言わない。特練で経験してんだから、ペース配分は分かるでしょ」
「こういうことを見越してやってたん、あの
「おいユイナ、怖いこと言うな。どこで聞いてるかわかんねーんだからよぉ」
「クレア教官の地獄耳は軍全体でも有名なことらしいですよ」
ユリィの説明を受けて、ユイナは慌てて口を手で塞いだ。
「あははー、まぁ美しくてお若い教官様に感謝感激だーね」
「今更取り繕って間に合うのかよ。……懲罰喰らうんなら一人で喰らえよユイナ」
「いや無理っしょ。そのときはサキも道連れにするからよろ」
「よろ、じゃねーんだよなぁ……!」
軽口を叩き合いながら、ミコトたちは時折、襲いかかってくる虫たちを撃破して階段を上り続けていた。
いつのまにか地上は遥か眼下となり、振り返ってみると八王子方面を遠くまで見通すことができた。
視界の中で時折上がる閃光は、C中隊が虫たちと激しく戦っている証拠だ。
「距離がありすぎてはっきりとは分からないけど、みんな善戦してるっぽいわね」
「はっ? そんなん当たり前っしょ? あーしら2C小隊だし」
「なんだその熱血青春バカっぽい台詞。似合わねー」
ユイナの台詞にサキがケタケタと笑う。
「うるせーし。つーか2C最強っしょ? サキもそう思わん?」
「言いたいことは分かるけどな。その言い方バカっぽいぞ?」
「いいじゃん別に。どーせあーしバカだし」
言い合う二人を見つめていたミコトが、意外そうな表情を浮かべる。
「なに見てんよミコト? 変な顔して」
「いや、意外だなーって思ってね。まさかユイナの口からそんな言葉を聞くなんて。……いつもそれだけ素直ならもっと可愛いんだけどなぁ」
「別に。素直とかそんなんじゃねーし。ただ昔のクラスと違って、2Cは居心地良いってだけだし」
「あたしら、転属組だからな」
「前のクラス、ほんとクソ過ぎてヤバかったし。だから2Cは好き。……そ、それなりにってだけだし! 別に一番とかそんなこと思ってねーし!」
言い訳をするように言葉を並べるユイナの頬は少し赤くなっていた。
「ふふっ、まぁそれで良いんじゃない? 私も2Cの面子、結構好きだしね」
「はい、私もです。姉さんを奇異な目で見ないというだけで評価に値します」
「おまえはどこから目線なんだよ」
ユリィの言い様に苦笑しながら、サキは腰帯から予備弾倉を取り出した。
「まぁお仲間が頑張ってんだ。あたしらもしっかり仕事すっぞ、ユイナ」
「わーってる」
サキに倣うようにユイナも弾倉を交換した。
視線の先には扉が見える。
水密扉と見紛うほどの分厚い扉だ。
そこがミコトたちが目指す目的地だった。
「扉を開けたらフラッシュバンを投擲。三秒後、あたしとユイナが突入するから、ミコトとユリィはその後に続いてくれ」
「
「よし。最悪、あたしらを盾にして良い。状況によってはその物干し竿であたしらごとぶっ飛ばせば良いかんな」
「そんなこと、するわけないでしょ。怒るわよ?」
投げやりとも取れるサキの言い様に、ミコトは整った眉を顰めた。
「まぁそれぐらいの覚悟はあるぞって話だよ。……ユイナ、準備は良いか?」
「オーケー」
「いくぞ……三、二、一……GO!」
次回、12/13 AM04時更新予定
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