第8話:現代魔術師達の日常


その後、とぼとぼと風呂へと向かった輪は湯船の中へ身を沈める。

高級感のある大理石調の湯舟はゆったりと入浴を楽しめる広さだ。


「ふー……気持ちいいな」


年齢不相応の渋い声と共に肩までお湯に浸かると全身の疲れが抜けていく。

あちらの世界でも入浴の文化はあったので久しぶりでもないが、向こうは減菌とやらで微かに野草臭い風呂も多かった。

ここに戻ってきて舞の家に泊る時点で予想外、増してや自業自得とはいえアクシデントに見舞われるとは完全に誤算だ。

舞も母親が告げた好意を肯定したし、自信過剰だの言っている段階でもない。


以前から察してはいたが、舞は輪に明確な好意を抱いているようだ。


「さすがに、勘違いってこともなさそうか」


これで勘違いだったら輪は重度の人間不信に陥るだろう。

このまま行けば舞に外堀を埋められて、なし崩し的に舞と一生を共にする可能性は十分にある。

ただ、男として流れに身を任せるだけなのはあまりにも情けない。

どう応えるにしろ、自分の意志で決めた結果ならともかく成り行きだけで先のことまで決めたくない。


偉そうなことを考えながらも向き合う覚悟もないのだが。


人の気持ちとは嬉しい反面、とても重いのだ。

真っすぐに向き合うことを避けてきた輪にとって、簡単に正面からぶつかれば解決する問題でもない。

アスガルドで変わったとはいえ、全てが変わったわけではない。


「さて、そろそろ出るか……」


泊めて貰っていることだし、お湯をどうするか聞いた上で湯船の掃除くらいはしておこう。

ここに泊まることが決まった段階で着替えは調達済みなので、着替えを済ませて舞の部屋へと戻る。


「まだ夜は長いわ、何をしようかしら」


舞は普段通りクールを装っているが、お泊り会にテンションが上がっているのか浮かれっぱなしなのが透けて見える。

時間は夜の九時、舞の部屋には多くの漫画や文庫本から始まってゲームの類もそれなりに多い。

友人がいないと言っていたのに、複数人がプレイする前提のパーティーゲームもあるのはなぜだろうか。


「当然、一人でやっていたわ。私A、私Bでやっても中々に楽しいものよ」


「……何も言ってないだろ」


一人で人生ゲームをやっていそうな虚しさを感じる舞である。

それ故かもしれないが、トランプやテレビゲームにしっかり付き合ってやると舞は本当に楽しそうだった。

一緒に漫画を回し読みしたりと友達らしい時間を過ごす。


「懐かしいわね、このキャラを見て……クールになれば、ちやほやされるんじゃないかと思ったのよ」


「諸悪の根源じゃねーか……。まあ、確かにかっこいいけどな」


漫画では重厚なファンタジー世界で、クールながら内心は熱い主人公が傷付きながらも奮闘している様子が描かれる。

人々の為に自然と動ける人間は格好良いに決まっているからこそ、輪は格好悪い自分が嫌だったのだ。


輪には世界を救う器はないし、舞の助けがなければ何度も大怪我をしていた。


それでも、英雄の類を目指していけない決まりはどこにもない。

今度戻ったら、前よりも人の為に動くように努力はしよう。

憧れるだけではいつまでたっても根本では同じ自分のままだ。


「……無理でも、なろうとはしてみるか」


「……何の話?」


「色々と頑張ってみるかって話だよ」



そんな決意と共に夜は更けていく。



アスガルドに戻る時間は近づいており、輪の母親を説得すれば後顧の憂いは大分軽減されるだろう。

どうせ、あまり仲の良くない親なので正面から話せば納得してくれる。



―――そう、安易に考えていた。



そして、翌日のこと。


夜更かしをした二人は見事に昼まで眠りこけ、昼食を色気のないカップラーメンで済ませて家を出た。

今からでは店も混むだろうし、時間も時間だったので止むを得ない。

何より二人ともお洒落な店での食事にこだわりはない。


やたらと支度に時間のかかる舞を持つこと三十分と少し。


「さて、行きましょうか」


「………おう」


上はフリル付きで袖がゆったりとした、いわゆるドルマンスリーブの服。

下はネイビー柄のあまり派手ではないスカートを合わせている。

胸元には銀の枠に緑色のガラスが輝く星型のネックレス。

見た目は派手すぎない程度にお洒落で、彼女のスレンダー気味の体系によく似合う服を心得ている。


「……何か感想はないの?」


「……いいんじゃないか。図書館では浮きそうだが」


「余計な一言さえなければ合格だったんだけど。普段は興味のないファッション雑誌を買い足した甲斐があったわ」


照れ臭さから余計なことを言ってしまったが、輪の良好な感想を受けた舞は嬉しそうに頬を緩める。

輪と一緒に出掛ける為に雑誌を購入してくれたのだ、と暴露された男としては悪い気がするはずもない。


「俺のためにそこまでしてくれるなんて嬉しいもんだな」


「あ、あなただってジャージ姿の女と一緒に出掛けるのは嫌でしょう?」


「ジャージの可能性もあったのかよ……」


輪の服装も明るい空色のワイシャツに紺色のズボンを合わせただけなので、人の服装にとやかく言う気もないがジャージだけは駄目だ。


普段通りの二人はまずは近くにある図書館へと足を運ぶ。


まずは輪の魔導器ロッドとよく似た不可思議なオーパーツについて、色々なニュースを漁っておいて損はない。

昼まで寝ていたとはいえ、舞同伴で輪の親と話をするのは夜なので時間はまだまだ余裕があった。

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