第7話:お約束?


ここまでの謎を舞と共有した所で今日の作業は終わりとなった。


こちらにいる時間はわずかで、一日だって無駄なことには使えない。

今までぼんやりと何もせずに過ごした自分がとてつもなく小さく見えてくる。

魔導院での生活を考えると随分と真面目に勉強したものだと思う。


宛がわれた客室で輪はベッドに寝転がる。


この部屋は好きに使えと言われたので、汚さない範囲でゆっくりさせて貰おうと脱力して深呼吸。

次第に眠気が押し寄せるも、せめてシャワーを借りる許可を得ようとフラフラしながらも舞の部屋へと向かう。


「あれ・・・・・・?部屋にはいないな」


礼儀としてノックを何回かして訪ねたものの彼女の部屋には誰もいない。

ついでに雑に脱ぎ捨てられたスリッパが彼女のガサツさを表している。


しかし、この家のどこかに舞はいるということだ。


概ねの場所は教わったので平気だと記憶を頼りに廊下に足を運ぶ。

ノックするのはさすがにマナー違反なのでトイレはスルー、舞を探して次の部屋へと探索を開始する。

舞相手にお約束の覗きをしようものなら、地の果てまで追われることは確定しているので注意を払って進む。

これなら射撃ゲームのゾンビばりに唐突に舞が現れようと対処できる。


ふと、付近の部屋から灯りが漏れていることに気が付く。


舞がいるのか灯りが漏れている部屋は二部屋ある。

確か片方は風呂だったはずだが、無駄にドアが多いせいで記憶に混乱が見られる。

説明を受けた時には、風呂に行く前に舞に再度の確認を取ればいいだろうと甘えもあったのだ。

故にドアは二択だが、お約束を回避する方法は簡単だ。


単純にノックしてから入ればいいだけの話。


慎重にノックで返答がないことを確認した上で、片方の扉を開くとビンゴだった。

やけに幅の広い人工大理石の洗面台、弾力のある濃茶色の床、ステンドグラス柄の曇りガラスは覗きを完全にシャットアウトする。


そう、色々な意味でビンゴだ。


籠の中に散乱する下着は生々しさが尋常ではなかった。

輪とて木や石ではなく生身の男子高校生であり、仲の良い女子の下着を見て何も思わないはずもなかった。

しばし呆然としてから、輪は灯りの着いたステンドグラスを一瞥して思う。


―――今なら、無事に逃げられる。


しかし、下着を見た際に本能に負けて硬直した時間が全ての敗因だった。

ばしゃりと音がして風呂の扉が開く。


「ふわぁ・・・・・・えっ?」


風呂でうたた寝でもしていたのか、欠伸をしながら出てきた舞と鉢合わせした輪は自身の終わりを悟った。

言い訳のしようもなく、ガッツリと全てが見えている。


正直に言うとスレンダーながら見惚れる程に綺麗だった。


硬直すること、三秒後。


「・・・・・・い、いやああああああッ!!!!」


「お、おい、下着を投げるな!!悪かったって!!」


パニックに陥って下着を投擲武器として使用する舞に背を向けて逃亡を図る。

お約束はするまいと思っていたはずなのに、打って変わって最悪の状況だ。

どう言い訳をすれば舞の機嫌を損ねずに済むだろうと考えた結果。



「本ッ当に悪かった。さすがに本気で反省してる」



舞の部屋に強制連行された輪はひたすらに謝罪するしかなかった。

まだ顔が赤い舞は不意の遭遇を気にしているのは間違いなく、年頃の女子が裸を見られて何も感じないわけがないだろう。

ここは死ぬ気で謝罪して何とか機嫌を直して貰おう。


「・・・・・・他に言い訳は?」


「何もない、俺が悪かった。よく考えれば舞が戻るのを待てばよかったんだ」


早く眠りたいという欲望と、眠気による判断力の低下が招いた不手際だ。

しかし、舞は思いのほか怒ってはいないように見える。

普通の女子ならば、しばし会話をしないと言われても仕方がないことを輪がしてしまったのも事実だ。


「次からは気を付けると誓うのなら、今回は何も言わないわよ」


「そんなことでいいのか?何か出来ることがあればするぞ」


てっきり何かを要求されると想定していたのだが、舞とて故意ではないことは理解してくれている。

よく考えれば彼女も根は善良もいい所なので、輪が困り果てているのを察してくれたのかもしれない。


「最初は下着拾いに来たかと思ったけど、そうじゃないなら許しましょう。輪と気まずくなるのは私も困るわ」


「・・・・・・落ち葉拾いみたいに言うな」


「わざとじゃないのは解っているもの。ただ―――」


あっさりとした口調で舞はとてつもないことを言い出した。

ぽそっと言われたので聞き逃しそうになったが、幻聴であると信じたかった。


「――—私以外の女と幸せな家庭を築けると思わないことね」


「・・・・・・何て?」


「いえ、何も。お風呂に入ってくるといいわ、疲れたでしょう」


笑顔で輪を送り出そうとする舞からはそこはかとない威圧感を感じる。

放たれた寒気に近い威圧感だけは絶対に気のせいではなかったと、断言できてしまうのが恐ろしい。

舞の覚悟を決めて据わった目を見て、輪はもう彼女から逃れるのは難しいのだと本能的に理解してしまった。

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