第6話:更なる謎
決して母親側だけが悪いのではないだろう。
母親側にも複雑な気持ちがあるのだと、吐いたため息が物語っている。
「成長とやら、楽しみにはしておくわ」
浅海はそう舞に視線を飛ばして、そう言っただけだった。
しかし、驚いた舞の顔から考えて久しぶりの温かい言葉なのだと部外者の輪にはよくわかった。
「彼を逃がさないようにしなさい。舞みたいな面倒臭い性格の子にここまで言ってくれる異性なんてそうはいないから」
「・・・・・・だ、だから、余計なお世話よ」
「お互いが納得してるなら、そのまま持って行ってもいいけどね」
それっきり興味がなさそうに浅海は席を立って、牛乳パックを雑に潰してゴミ箱に勢いよく放り込む。
親子の会話としては淡々としていたが、それでも少しは変化があっただろう。
舞は意を決したように立ち上がると、息を吸い込んだ。
それは、恐らく久しぶりにかけた言葉。
「———行って、きます」
放った声は震えており、慣れない挨拶だったのが伝わってくる。
それでも、浅海はリビングから出て行きかけた足を止めて言葉を返す。
「体には気を付けなさい。逆無くん、申し訳ないけど娘をお願いね。それじゃ、私は仕事場に泊るから」
どうやら荷物を取りに来ただけらしく、浅海は宿泊用のバッグを準備すると鷹崎家を出て行く。
結局の所、舞が素直じゃないのは母親譲りな気がする。
普通の親ならばダメと言う所だろうが、舞の母親を取り巻く状況が特殊すぎたお陰で助かった。
さて、輪の方はどうしたものかと憂鬱な吐息を漏らした時、タイミングを計ったように携帯が鳴った。
届いたのは一件のメール受信。
『週末、帰る』と時間を惜しむような輪の母親からのメッセージだった。
そして、その日の夜。
蔵書チェックを進める為、鷹崎家に宿泊することになった。
「親に内緒で男を泊めるのはオッケーなのか?」
蔵書を眺めて魔術と関係があるものを仕分けしつつ、舞に話しかける。
茶色の品のある絨毯の上には、黒や藍色の背表紙が次々と積み重なっていく。
地味な作業に根を上げかけるが、アスガルドから戻る手がかりを探す為なので文句はない。
「輪には私の持ち帰り許可も出ていたし、バレても何も言われないわ」
「・・・・・・理解があるようで何よりだよ。俺だって男なんだが」
「て、手を出すなら一生私に拘束される覚悟を決めてくることね」
「いや、それはさすがに重いから無理」
「・・・・・・ふん、そう言うと思ったわ」
少しばかり拗ねて蔵書整理に精を出し始める舞。
少しばかり言い方の意地が悪すぎただろうかと反省するも、時間が経過すればするほど言い辛い。
前に失言で舞を怒らせた時のように気まずい思いをするのは嫌だ。
それでも、舞の気持ちに踏み込む覚悟までは出来ない。
わかっている、彼女がそれなりに好意を抱いてくれていることを。
人の心の奥底に触れるのが、自分の全てを曝け出すのが怖かった。
前に進もうと決意して、実行し始めてはいても完全に過去を忘れられない。
関係を壊す危険性を承知で、前に進み続ける程に輪は強い男ではない。
「・・・・・・蔵書整理も進んだし、明日の放課後はどっか行くか」
そこまでが輪に歩み寄れる地点だった。
互いに軽口を叩き合うのは慣れていても、舞の発言内容を考えればもう少し柔らかい返しをするのが優しい対応だった。
少し言い過ぎた、と簡単に解決する言葉が出ない辺りが輪の欠点の一つ。
「ええ、寄りたい所もあるから丁度いいわ」
彼女は何か思考を巡らせながら、あっさりと頷いた。
舞にはこちらで行う内容が整理出来ているようで、今は二人で出かけるよりも今後の行動に意識が行っているようだ。
確かめたいことはあるが、舞にだけ作戦立案を任せるべきではない。
「これからどうするか、考えがあるみたいだな」
「この世界にある手がかりは、妙に見た目が似ていた
「そうか、ネットの記事は具体的じゃなかったからな」
アスガルドに関しての謎は未だに多い。
舞の父親も思っていたという魔術の正体は何なのか。
そして、よくよく考えてみれば輪の魔術にもおかしい点はある。
この世界には
生来のものとするなら、尚更に周囲の環境に適応しているはずなのだ。
そして、最大の謎が一つ。
魔王とは何者なのか、この世界にまで干渉可能である理由。
加えて、どうして・・・・・・。
現代日本での『一週間』という時間を正確に知っていたのか。
アスガルドと現代日本の基準を正確に知る者でなければ、今回の一時的な転移は可能でないということだ。
内側から歪みは閉じなければならない性質上、魔王が二人と同じアスガルドにいたのは間違いないだろう。
転移の時に誰も着いて来た気配はなく、アスガルドの住人の中に魔王はいる。
しかし、舞同様にアスガルドから現代日本に来られる者がいるのなら。
空間転移を行える魔術がアスガルドに存在しているか、問題はそこだ。
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