第4話:母と娘
「輪は親への説明はどうするつもりなの?」
「連絡もろくに着かない変わり者だからな。何回か電話してダメなら手紙とメッセージを残しておくさ」
別に母親が全く輪を子供として見ていないかと言えばそうでもない。
たまに電話はしてくるし、生活できる分の仕送りだって貰っている。
それでも普通の家庭のように食卓を囲んで団らんを望むのは難しい冷めかけた親子関係だった。
興味がないわけではないが、過度の干渉もしない。
現状がどうあれ育てられたのは事実なので、アスガルドに行く前に事件に巻き込まれたのではないと言い残したかった。
「問題は学校の方だよな。行方不明にするわけにもいかないだろ」
「とりあえず一か月ばかり休学届を出すのもアリね。ウチの学校、そういうシステムがあったはずだし」
「ああ、病気で使った奴がいたけど・・・・・・保護者の承認がいるな」
結局は、両親と連絡する時までは二人からは何も出来ない。
自分達がまだ未成年で半人前なのだと改めて思い知らされることとなった。
この世界では魔導院のように任務もなく、二人は魔導士として戦う必要もない。
鷹崎家の広大なリビングのある黒皮高級ソファーに身を埋めて適当に映画を流しながらくつろぐ。
画面では舞の父親の趣味だったというガンアクションが繰り広げられていく。
「私達も似たようなことしてたのよね」
「ああ、今でも実感が湧かないな」
ゲームで辿っていた剣と魔法の世界に二人はいたのだ。
発展した技術は思った通りではなかったが、むしろこの世界にはない優れた技術に慣れてしまえば心が躍る。
最初は不安だらけだったが、元の世界に戻る方法があると再認識して随分と精神的にも楽になった。
もう一度、転移する時も動揺せずに臨めるだろう。
あの世界でなら、今までの自分も変えられる。
「アスガルドに戻ったら・・・・・・俺はもっと強くなれる気がしてる」
「ええ、
「サーシャと戦って思った。魔術は人を傷付ける道具なんかじゃない。持ち主次第だってな」
アスガルドにおける魔術は生活に活かせる技術、防衛の手段の役割の他に競技としての側面もある。
試合形式で行うのなら、自己を磨く手段になり得るのは間違いない。
元の世界に帰る為に、自分の限界を超える為にも強くなると決めた。
「確かに魔術が競技として更に発展すれば一番よね。正直、授業自体は楽しいと感じることも多いわ。自分の可能性を探っている快感はあるから」
「ああ、魔術は人の命を奪う為に存在するべきじゃない。それだけは言える」
そう、輪が力強く答えた瞬間だった。
―――ガチャリ、と家の鍵が開く音がした。
「・・・・・・・・・えっ?」
舞が立ち上がり、入口の方を確認する。
リビングへのドアが開いて姿を現したのは、スーツを着こなしたスタイル良い女性だった。
長い黒髪に端正な顔は舞によく似ているが、少しくたびれた表情が印象的だ。
「母さん・・・・・・?」
「・・・・・・お前のお母さん、若いな」
整った容姿は舞にも受け継がれているようで、高校生の娘がいるとは思えない若々しい見た目だ。
そして、この場にいる輪の気まずさは尋常ではなかった。
「お客さんが来ていたの。そちらは・・・・・・?」
「舞さんとは同じ高校で仲良くさせて貰っている逆無です。すみません、勝手に上がり込んで」
「構いません、娘がお世話になっていますから。舞の母の
淡々とだが子供だと輪を侮蔑することなく、慇懃に頭を下げてくる浅海。
その瞬間、妙な感覚が輪の中で次第に広がっていく。
別に舞の母親の人格が破綻していたとか、そんな意味でなく単純な違和感だ。
「母さん、帰ってくるのは明日じゃなかったの?」
「そう言っていたかもね。仕事の都合だから仕方ないでしょう」
「別に文句を言っているつもりはないわ」
二人の間に流れる空気は輪の母親との間に漂うものよりも更に重く、輪の気まずさは更に加速していく。
「それを言うなら、親が留守の間に彼氏を連れ込む舞は節操がないんじゃない?」
「か、彼氏じゃないわよ。同じ学校の友達よ」
「彼のことを好いているのは一目瞭然ね。がさつで面倒臭い性格の娘を貰ってくれる普通の異性がいるだけで、親としては喜ばしいけどね」
舞の時折、口が悪いのも母親譲りなのだと実感する。
しかし、娘に対する遠慮のなさがあるとしても、相手を傷付けかねない部分に触れる点が舞とは違う所だった。
最初の部分を聞かなかった事にするには、ガッツリ聞こえすぎている。
「・・・・・・よ、余計なお世話は無用よ。私のペースでやるわ」
「私相手と同じ態度で接すれば、すぐに捨てられるから気を付けた方がいいでしょうね。それで、話があるんでしょう?」
バッグをテーブルの上に置くと、冷蔵庫から大型の牛乳パックを出して豪快に飲み始める鷹崎母。
モデル並みの抜群のスタイルは、どちらかと言えば小さめの胸の舞には遺伝されているかどうか。
「何を考えているのかしら、輪?」
考えていることはお見通しで、娘の方にじろりと睨まれた。
「母さん、この本に見覚えはあるの?」
舞が差し出したものは、先程のアスガルドの魔術と魔笛の融合に関する研究について書かれた奇妙な本だった。
この本について関りがあるかを確かめるのが、今回の第一目標となる。
「あの人の書斎から持って来たみたいね。知らないけど」
「じゃあ、アスガルドと呼ばれる町については?」
「聞いたことない単語ね。ゲームか何かの話なら終わりでいい?」
舞は母親の表情を見ようとアスガルドについて単刀直入に踏み込んだが、顔を見る限りでは何の反応もなかった。
母と娘の冷めた会話はそれっきりで、無言の浅海は腹を壊しかねない速度で牛乳を飲み干していく。
だが、そこで引き下がるわけにはいかなかった。
なぜなら―――
「舞のお母さん、本当はアスガルドのことを知ってますよね?」
彼女はほぼ確実に嘘を吐いていると言えるからだ。
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