第3話:謎めいた著者

「輪、どうしたの?ぼーっとして」


「ちょっと魔素マナの気配がしてたみたいだったからな。お前はこの世界に魔素マナってどれくらい感じるんだ?」


「探知系魔術が使えないし、はっきりとは言えないけど・・・・・・ごく少量だと思うわ。大気の魔素マナ生体魔素アストマナを両方使うタイプの魔術は全部使えないわね」


やはり輪の感じていた通りで間違いはないようだ。

体内に元から生体魔素アストマナを生成する能力を備えた舞とは違って、輪には何もない。

万が一、この世界で何かが起こったとしても頼れるのはアスガルドで培われた度胸だけだ。


「その魔素マナの反応の場所はわからない?」


「さすがに、そこまでは無理だ。魔王の気配とも違った気はしたし、安定して探知できるわけでもない」


サーシャや魔王のような特殊な魔素に文字盤が反応することもあるが、サラのような普通の人間には反応が弱い。

普通に使用するなら浸食魔術ヴェーラの探知の方がずっと便利だ。


「仕方ないわね。また、反応があったら教えて」


「ああ、わかった。頻繁に反応があるようならマズいしな」


一度は妙な反応のことは忘れると決めて、手近な本から漁ろうと手に取った。

職業だったのか脳科学等の本も多く、軽く目を通してみても素人目にはお世辞にも面白いとは言えない内容だ。

本をひたすら取り出しては一つの棚が終わっては本を戻す作業。


「輪・・・・・・これって、魔術関係の本じゃないかしら」


「何かあったのか?」


舞が真剣な表情で先程から同じ本のページを捲り続けており、輪は舞に歩み寄ると隣から本を覗き込んだ。

本の中身はどこか日本語にほぼ近いが、やや記号に寄せた特殊な言語で書かれているようだった。


いや、この文字は見覚えがあると輪は思い当たる。


「恐らくだけど、その通りよ。アスガルドで使われていた言語だと思うわ」


「何で、その文字で書かれた本がこんな所にあるんだ?」


「さあね、少し内容を読み込んでみましょう。手がかりになりそうよ」


二人は腰を据えて本に目を通していく。


本に記述されていたのはアスガルドで行われた魔術の研究についてだった。

魔術が本来は人間の未知の可能性を開拓し、利便性を向上させる為に研究されていたのはアスガルドの街並みを見ればわかる。

その中で、この本の著者は魔術を飛躍的に昇華させる可能性に辿り着いていた。


―――魔術と魔笛の融合、と著者は説く。


この本の著者は魔性の研究に躍起になっていたのがよくわかった。

魔術の多くは周囲の魔素マナを必要とするが故に、現存する魔導器ロッドの技術を超えられないという限界がある。

その問題を解決するのが魔笛ガロンであり、自身から周囲を侵食する性質から周囲の魔素マナに関係なく幅広い運用が可能だ。


研究の最中、著者は理論上は存在可能とされる魔術体系に辿り着いた。


理論として完全とは言い難い代物だが、魔術と魔笛の融合の第一歩になるかもしれない幻の魔術体系。


「それが・・・・・・掌握魔術アブソリュート?」


「名前をレイ院長が知っていた時点で少しはそんな気はしていたわ。発見されていない現象に最初から名前があるはずがないでしょう」


「つまり、掌握魔術は理論上は存在した魔術ってことか。何で俺がってのもあるけど、著者名も書いてねーし・・・・・・この本はどうやってここに来たんだ?」


「・・・・・・予測できることが一つあるわ」


気にはなるが、最も重要なのは掌握魔術のルーツを解明することではない。

アスガルドと現代日本が繋がりを持ち始めていることに疑問を持つことだ。

そこまで考えて、舞の思考が輪でも少しはわかった。


「私の父と関わりがあった人間、あるいは本人がアスガルドに転移していた可能性が高いってことよ」


レイ院長は最初に魔導院の門を叩いた時、確かに『二人と同じ境遇の者が過去にいた』と言っていた覚えがある。

少なくとも鷹崎家に関わり合いのある人間がアスガルドから本を持ち帰った。

そうなると、最も疑惑の目を向けられるのは・・・・・・。


「気は進まないけど、母さんと会う必要があるわね」


「色々と事情がありそうだが、俺は入らずに家族二人で話した方がいいか?」


家族の事情に赤の他人の輪が首を突っ込むべきではないとは思う。

しかし、母親と真っ向から話すと言った時の舞の表情は辛そうで、輪にはどうしても黙って引き下がることが出来なかった。

これで拒否されるようなら、踏み込むのは止めよう。


「・・・・・・一緒に来てくれると助かるわ」


「いいよ、どうせ予定もなくてヒマだしな」


この話し合いで母親がアスガルドのことを知っているようであれば、しばしの別れを切り出す機会にもなる。

だからこそ、舞も無関係ではない輪に同席を頼んだのだろう。


アスガルドに閉じ込められ、輪は近くに誰かがいてくれる心強さを知った。


普段は舞と軽口を叩き合っていようとも、いざと言う時は力になってやりたいとは思っている。

それが輪に居場所を与えてくれた舞への恩を返す唯一の手段だった。


「確か、家に帰って絵来るのは確か明日の夕方だったはずね。輪の予定は大丈夫なの?」


巻き込むことを申し訳なく思っているのか、心なしか元気がない。

輪だって家庭の事情に首を突っ込むのは気まずいだろうと思う所はあるものの、言い出したのは輪の方だ。


「ああ、別に気にしなくていいから。俺の自己満足でやってるだけだ、舞が気にすることじゃない」


「・・・・・・でも、本来なら私が一人でやることだし」


「アスガルドに関しては俺達二人の責任なんだから、お前一人に説明させるのはおかしいだろ。理由なんかそれだけで十分だ」


「そうだったわね。それでも、その・・・・・・あ、ありがとう」


素直ではない舞だが、輪への感謝だとか謝罪に関してはたまに素直になる。

自分の羞恥を優先するか、本音を優先するかの線引きは舞なりにしているのだ。


そうして、現代に戻ってきた最初の壁は舞の母親と決まったのだった。

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