第2話:現代魔術への手がかり
―――そして、迎えた放課後。
久しぶりの同好会に柄もなく気分が高揚しつつ、輪は現代史同好会の部室へと訪れていた。
『もしかしたら舞がいないんじゃないか』なんて不穏なことが脳裏に浮かぶが部屋を開けると懐かしい光景が目に飛び込んできた。
わずかに空いた窓から吹く風が美しい黒髪をそよがせ、端麗な横顔には思わず見惚れそうな憂いをわずかに秘めている。
「輪・・・・・・?入ってくればいいじゃない」
その瞳がこちらを向いて、不覚にもどきりとしたことが悔しかった。
ここに戻ってくる前に、舞が『ずっと一緒がいい』なんて言うものだから意識してしまうのも仕方のないことだ。
「ああ、久しぶりだと思ってさ」
「そうね。久しぶりに登校してみてどうだったの?」
「短い期間でも気の持ちようで、少しは変わるってことに気付いたよ。やけに話しかけられるわ、変わったって驚かれるわ。そっちはどうなんだよ」
「用件もなく二人と会話する成果を挙げたわ。これは稀に見る快挙よ」
「へえ、頑張ったな。それで何を話したんだ?」
ここでも残念さを滲ませる舞だが、人には段階というものがある。
彼女なりに頑張ったのだから、ここは素直に誉めてやろうと思ったのだ。
「正確には総数では五人だったけど、三人には同じことを聞かれたわ」
「へえ、何を聞かれたんだ?」
「あ、あなたと付き合っているのかって」
「俺も聞かれたな。同じタイミングで失踪して登校まですれば疑われるよな。それでなんて答えたんだ?」
「ご想像にお任せするわ、って言い放ったわよ」
「・・・・・・何て?」
折角、人が頑張って尋問に耐え抜いたのに彼女は実質的に認める言葉を残してきてしまったのだ。
「ひ、人の口に戸は立てられないのよ。否定すれば広がる、そういうものなの」
それっぽい弁論で誤魔化そうとしているが、アスガルドで見せた冷静で頭脳明晰な頼れる舞の姿はどこかへ行ってしまっていた。
そもそも、勘違いされても別に構わないと態度が物語っている。
「いや、否定しなきゃ余計に戸が立たないが。つーか、お前まんざらでもなさそうな顔してるな」
「・・・・・・じ、実際、まんざらでもないもの」
「・・・・・・お、おう」
思ったよりもストレートに返されて沈黙したのは輪の方だった。
あの言葉から態度に少しだけ変化が見られたのは輪だけではないようだ。
「ふふっ、照れる輪も可愛いものね。私に手玉に取られるがいいわ」
「何かどうでもよくなった。お茶飲むか」
「急に倦怠期の夫婦みたいな態度になったわね・・・・・・」
折角、輪が素直に照れたのに雰囲気をぶち壊しにかかること多数なのが鷹崎舞という女だった。
魔術だけでなく男を程よく萎えさせる才能も秀でており、天は完璧な人間など作らない証明でもあった。
「それはいいとして、今後の話をしようぜ。戻ってきたのは昨日の夜だから、俺達に残された時間は六日ちょっとだ」
「ええ、私達がいなくなっても大きな騒ぎにならない手を打っておく必要があるわね。恐らく、今度は長いこと戻れないわ」
この一週間で行うべきこと、それは二人が消えた後の後処理だ。
前の転移では戻ってくるつもりだったので全く備えをしていなかった。
今回は少なくとも事件に巻き込まれてはいないと明確にしてから去ろう。
輪は特に親と仲が良いわけでもないが、どんな親でも子供が消えて何も感じないはずはないと信じたかった。
舞と仲が悪いという親だろうと、きっと娘が消えれば探すだろう。
その備えは舞と相談してやっておくのが第一の目的だ。
「それと、ウチの書斎をもう一度だけ漁ってみましょう」
「ああ、現代魔術についてだな」
アスガルドで自分の力を理解した今ならば、豊富な書物から新しい情報を得られるかもしれない。
舞の家には昔からの魔術に関して研究していた記録が残っていたので、そういう家系だった可能性もある。
今なら解るが、この世界は
輪のように自分自身で
舞と同じく自分で魔術を扱える者が他に存在しているのかは、確かめる術が書物の中にしかない。
―――と、言うわけで舞の家へとやってきた。
街の郊外に位置する二世代住宅かと間違える規模の家だが、彼女の親はあまり帰って来ないそうだ。
研究職だということだが、親子仲もあまり良くないと聞いている。
『血が繋がっているか怪しいものだわ』なんて珍しく毒づいていた舞を思い出す。
レンガ調の外壁をしており、西洋の洋館を思わせる家が鷹崎家だ。
庭もキャッチボールくらいなら出来そうな程に広いが、インドア派の舞が有効活用することもないだろう。
内部は白い壁に濃色のフローリング、そこは一般的な一軒家の内装と変わらない。
書斎は玄関から入って左、舞の父親は既に亡くなっているので自由に出入りして書物を閲覧できる。
ドアを開けると茶色の柄入りの絨毯に事務用デスク、壁の本棚に並ぶ本。
書斎というイメージにぴったりな落ち着いた空間が広がっていた。
「さて、この中から手分けして漁りましょう。タイトルからそれらしいものを抜き出す作業からの方がいいわね」
「ああ、それにしてもすげー数の本だな」
ぼやきながらも本を手に取ろうとした時。
―――わずかに文字盤が輝いた気がした。
この世界に文字盤が反応する程の
舞にしても魔術が発動しない限りは対象にはならないので彼女ではない。
それなら、今の反応は何なのかと考え込む。
すぐ近くという程でもなかったと思うが、明確な確信があるわけでもなかった。
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