第2部:現代魔術師達の帰還
第1話:逆無輪の日常
道路に様々な車が走り、忙しなく人は行き交う。
自宅のマンションから続く無機質なコンクリートの階段も、一際目立つ緑の葉を付けた街路樹も見慣れた光景だ。
道路に降りれば周囲はそれなりに小綺麗な家が立ち並ぶ住宅街。
コンビニは歩いて二分、それだけが便利な都心の端地だ。
緩い坂を下れば、学校までは一直線。
普通でない少年は普通の高校生として学校に行く。
―――逆無輪は、現代魔術師である。
「そんなに経ってないはずなんだけどな……」
先日まで、別世界のアスガルド交易都市にいた十七歳の高校生。
たったの十数日でもアスガルドでは得難い経験をしたが、一週間後には再び異世界に戻ることになる。
魔王がなぜ一時的にも二人をこの世界に戻したのかはわからない。
それでも、残してきたものに対して憂いを抱いていた輪にとっては降って湧いた幸運だったのだ。
この一週間が過ぎれば、当分の間は戻れないと理解していた。
偏差値だけはそれなりの
舞はもっと上の高校に行けたのではとも思うが、事情は知る由もない。
「……さて、行くか」
魔導院の門を潜った時にも経験した緊張と共に教室のドアを開く。
命の危機さえも乗り越えた経験からか、思ったよりも軽いドアだった。
人々の命を背負うよりは、教室で奇異の目で見られる方が遥かに軽い。
ガラリ、と開いたドアに視線が注目する。
想定するに三日、もしかしたら行方が分からないことも伝わっているかもしれなかった。
こうして奇異の視線を受けるのは今でも苦手だ。
「……おはよう」
それでも、顔を上げて教室に向けて声を上げる。
適当に挨拶をしたり挨拶されれば返す程度だった輪が、自分から踏み出した瞬間でもあった。
「お前……輪っ!!連絡も通じねーし、無断欠席だって言うから心配してたんだぞ!!」
席に付こうとした輪に駆け寄ってきたのは唯一の親友だった翔だ。
異世界に閉じ込められた時に親友の有難みを知り、輪の胸にも再び会えたことへの感傷はあった。
今なら少しだけ素直に言葉を返せる気がした。
「悪かったな。心配かけたし飯くらい奢る」
「……お、おう」
輪の変化を感じ取ったか、翔も目を白黒させる。
その時、アスガルドに行った時は二人して部室に置き忘れていた携帯が震える。
何もメッセージがないと思いきや、クマのデフォルメされたキャラクターがサムズアップしてるスタンプだった。
また、放課後に部室で。
そんな意味が込められているのを察した輪は、思わず小さな笑みを漏らす。
舞も面倒臭いようで面倒臭くないやり方を覚えたようだ。
「……お前、何か変わったなぁ。大人っぽくなったっつーか」
「そうか?まあ、そうかもな」
心の底では冷めていた輪が今を大切にすることを決意し、自分の弱さを知ったからだろうか。
魔導院で教えられた『道を切り開く意志』が芽生えつつあるのかもしれない。
「まあ、でも……良い方に変わったなら嬉しいぜ。どこ行ってたか知らねーけど、いい冒険だったみたいだな」
「……まあ、それなりにな」
にっと笑った翔の言葉にやや捻くれた言葉を返して頷く。
前までなら完全に否定していたが、肯定気味の言葉が出ただけでも成長だろう。
そうしている内にいつもの教室が戻ってきて、輪の事も大きな騒ぎにはならなかったようだ。
無論、この後に担任には事情聴取をされたが『風邪で寝込んだ』の一点張りで凌ぎ切った。
輪の行方が解らないと翔は最初に気付いたが、警察に届けるのは躊躇ったおかげで帰還が間に合った。
ちなみに向こうの世界では、サラ達やレイ院長に事情を説明して三日は留守にすると告げた。
こちらの一週間は向こうの二日足らずなので丁度いい具合だろう。
「ねえ、逆無くん。翔くんが連絡取れないってぼやいてたけど、風邪だったの?」
「そうそう、ヤバいんじゃない?って話してた所だったんだけど」
休み時間、女子数名の集団から声を掛けられる。
こういう直球の質問を輪だけにされるのも中々に珍しいことだ。
「ああ、運悪く携帯も壊れてたしな。翔にはさっき謝ってきたよ」
「……怒らないで欲しんだけど、逆無くんって前より明るくなったよね」
「ぶっちゃけ、私も思った!!前が悪いってゆーワケじゃないけど、クールっぽい感じが消えた?」
やはり冷めている部分が女子達にも伝わっていたらしい。
それをかなりオブラートの包んでくれてるだろう彼女達には感謝である。
しかし、感謝も吹き飛ぶ発言を輪の耳が拾った。
「たぶん、鷹崎さんと上手く行ってるとかじゃないの?」
「……ちょっと待ってくれ、俺と舞が何だって?」
「呼び捨てじゃん!!一緒に帰ってたし、決まりじゃない!?」
きゃいきゃいと盛り上がる女子達を前に輪は悟る。
どうやら部活を終えて帰る所を彼女達には見られていたようで、すっかり舞とは恋人関係だと誤解されていた。
加えて、そんな輪に更なる追撃は入る。
「あれ、鷹崎さんも今日から登校してきたって聞いたけど」
好奇の目線が輪に集まるのを察して、やはり前に進む意志だけではどうにもならないと輪は逃亡を開始する。
そう簡単に逃がして貰えなかったが、偶然だと言い張って動かなかった。
こんな光景でも輪は懐かしさと共に想う。
本当に、帰ってきたのだ。
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