第54話:現代魔術師の物語



そして、三日後。


反魔導士協会の襲来から魔導院は騒がしかった。


なぜ、輪達がいち早くサーシャの元へ向かうことが出来たのかは何度も教官達に聞かれた上に関与を最初は疑われた。

しかし、サラや救助で成果を挙げたアルクの証言もあって濡れ衣を着せられるには至らなかったのだ。


ちなみに襲撃に際して魔導院への伝達を行ったものの、無断に近い形で駆け付けたサラとアルクは教官達に絞られた。


早急に向かった行為は結果的に見れば正解だが、伝達した情報があまりに杜撰ずさんだったせいだ。

救援の魔導士が少なかったのは、そのせいもあったらしい。


―――それにしても謎は多かった。


サーシャの力だけがなぜ白の文字盤だったのか。


反魔導士協会は何を目的としているのか。


魔笛杯ワンドと呼ばれる技術はなぜ生まれたのか。


どれも現状では解明することは出来ないが、とりあえずはアスガルドも防衛手段を講じている最中のようだ。

防衛費用で市場は動き、人は騒めき、魔導士はまだ見ぬ戦いに備える。

たった二人の襲撃がアスガルドを揺るがしたのは間違いはなかった。



そんな中、現代魔術師の二人は。



「・・・・・・大分、馴染んで来たよな。この世界にも」


「ええ、そうね。私は悪くはないと思ってるけど」


アスガルド周辺で評判の肉専門店にてマイペースに肉を喰らっていた。

騒ぎがあったせいで、魔導器の獲得条件だったレイ院長からの任務は七日後まで伸びてしまった。

居酒屋を思わせる喧噪が広がる中で、輪達は隅で慎ましく昼食にありついた。


「輪も金銭的にも暮らしていけるようになったわね」


「俺がヒモみたいな言い方は・・・・・・まあ、そうだったな」


反魔導協会の襲撃を防いだ功績は大きいと判断されて、叱られたサラとアルク含めて報酬が多少は支払われた。

報酬が多額と言える程ではなかったのは、襲撃に対する対応に不備が幾つかあったことも作用していたのだ。


以前は肉代も舞に出して貰っていたが、今は自分の財布から出せる。


「上手くやれてるのはいいけど、私達・・・・・・帰れるのかしら」


「・・・・・・すぐには難しいだろうな」


ふと、舞が呟いた言葉に輪は気の利く答えを返せない。

零れ落ちた不安は輪の頭にも何度か浮かんだことだったからだ。


置いてきたものについて、色々なことが思い出される。


もしも、前の世界に帰れるのならば少しは変わった自分でいられる気がしていた。

そうなれたのも、きっと。


「・・・・・・舞、一度しか言わないぞ」


「何か物騒な物言いね。何かしら?」


「この世界で一緒に来たのが、お前で良かった。あんまり言ったことないが、その・・・・・・本当に感謝してる」


ぽかんとする舞を直視できない輪は誤魔化す為に肉を頬張り始める。

どうせ、いつも通りにからかってくるに違いないと備えておいた。


しかし、今日は違った。


「・・・・・・わ、私だって、ずっと一緒がいいと思ってるわよ」


思わず顔を見ると、舞は不意打ちをまともに喰らって真っ赤な顔で俯いている。

そういえば、不測の事態に意外と弱いのを忘れていた。

普通の少女のように恥じ入りながらも、強い想いの見える目線と健気な言葉を返してくる舞に思わず心臓が高鳴る。


それは、さすがに反則だった。


彼女が不器用ながらも誤魔化さずに、ぶつけてきた言葉を受け流せるはずもない。

奇妙な気まずさを覚えながらも二人は肉を黙って頬張る。

お互いのことを大切に思っていることなど、解り切っていたのに。


「まあ、魔王のことは地道に探そうぜ。急いで何とかなるものでもないだろ」


「そうね・・・・・・。こにも馴染んで来たし」


気まずさにようやく慣れた輪の言葉に舞も頷く。


思わぬ形で二人はアスガルドへとやってきた。

帰り道を塞がれて、不安を抱えながら二人で歩みを進めた。


そうして、二人はこの世界故に得られたものを糧にして変わろうとしている。


輪は真っすぐな熱を取り戻し、舞は歩み寄る強さを。


この世界から元の世界に戻れたら何をしよう、と考えることもある。

他人にもっと言葉を掛けて、思い切ってクラスメートの会話の中に飛び込むようにしてみよう。

都合の良いだけの人間ではなく、友人の一人として認められたい。

変わりたい自分の姿はイメージ出来始めている。


それもアスガルドから帰ることが出来ればの話。



そう、思っていたのに。



部屋に戻った二人の前には慣れてしまった魔王からの手紙が待ち構えていた。

部屋の玄関に落ちるメッセージは以前のものとは違う。


『与える時間は七日、一時の帰還を許す 魔王』


絶対に有り得ないはずだった大きな変化を前にして、手紙を握り締めた輪は立ちすくむばかりだった。

そうして、しばし目を閉じた舞は困惑した様子で呟く。



「私達の・・・・・・来た歪みが、開いた?」



―――現代魔術師メイガス物語ロンドは新たな局面を迎えようとしていた。




■第二部:現代魔術師達の帰還 へ続く

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