第53話:幕引き
―――ようやく、サラの元へと辿り着いた。
輪はサラが交戦していた、歴史の教科書で見えた覚えのあるクチバシ型の面を付けた男を一瞥すると安堵の息を吐く。
魔導院から増援はすぐに出せず、出ても街の混乱を沈める為に動かすだろうと舞が考えていた通りになった。
そのおかげか、人員の避難は被害もなく速やかに完了したようだ。
事の顛末は道中で出会ったアルクから聞いている。
急いで派遣された数名の熟練の魔導士達は人々の混乱を静めた上、一箇所に集めて
本来ならば手当ては魔導士の仕事ではないが、怪我人がいることを予期して派遣されたメンバーだったのだろう。
輪達の戦闘時間が思いのほか短かったせいで、戦闘面の介入はなかったが。
そして、サーシャを連れて今に至る。
「エデルガンド嬢、私は火の粉を払おうとしただけであって・・・・・・」
「ルーク、貴方が無用な負傷者を出したことは知っています。私は止めるか、止めないかと聞いているのです」
サーシャは魔導士達と話をしていないが、輪達が聞いた状況は共有できている。
ルークと呼ばれた男は飄々とした態度で躱そうとするも、彼女の追及は状況を曖昧にすることを許さない。
「アナタと戦いたい者などいないですからねぇ、今回は大人しく退くことにしましょうか」
手にした大鎌を消すと仮面にかけた手を大人しく下す男。
それを見てサーシャもこれ以上は追及してみても無意味と判断したのか、この場での追及はしなかった。
「退きますよ、貴方が余計なことをしたせいで騒ぎになってしまいましたから」
「・・・・・・それはそれは。残念です」
「次は無いと思ってください。私と戦いたければ話は別ですが」
ルークをひと睨みして牽制すると、サーシャは輪達に向かって歩いてくる。
今更になってサーシャが敵だと知って驚くサラを尻目に輪達は一歩前に出た。
ルークもこの期に及んで暴れるつもりはないようで、離れた場所から興味なさげにこちらを眺めている。
「まずは仲間が不要な犠牲を出したことを謝罪します。そして、サカナシリン・・・・・・とそちらの―――」
「・・・・・・鷹崎舞よ」
名前を請う彼女の視線を受けた舞は仏頂面でそう返した。
舞も彼女が正々堂々と戦い、目先の目的よりも犠牲を出さないことを優先した誠実さは認めているようだ。
敵だと認識しつつも見るべき所がある、複雑な気持ちが見て取れた。
「タカサキマイ、貴方達の戦いぶりは実に見事でした。特にリン。貴方とはもう一度、試合形式で戦いたいものです」
「ああ、俺もサーシャに勝てるぐらい強くなるさ」
気高き騎士と戦った経験を経て、輪は初めて目的を除いても自身が強くなりたいと強く願っていた。
殺し合いでなく、正式な試合としてならサーシャとはもう一度戦いたい。
自分の果てを踏み越えた感覚と届かなかった場所に手が届いた快感は簡単には忘れられないだろう。
「あそこまで私に喰らい付いた相手は多くありません。それに・・・・・・」
少しだけ悪戯っぽい顔で彼女は微笑むと輪に目線を返す。
その時だけはサーシャの仕草は二十に満たない少女のように見えた。
「私が手を握られた男性は貴方が初めてです。敵として戦わない道があることを願いましょう」
「・・・・・・は?」
二人はどう理屈を重ねても敵同士であるのは間違いない。
今回は偶然にも利害が一致したが、これから先に出会えば戦うしかないのだと互いに理解した。
だから、言葉はそれっきりで彼女も踵を返してアスガルドを去る。
今更になってここで戦う利点は何もない。
この場に大した消耗もしていないサーシャがいる以上、まともに戦っても勝てる道はないのは自明の理だ。
かくして、激動の一日はここで終わる。
気配を察知していたとはいえ、舞と遊びに来た先にはとんでもないものが待ち受けていた。
「・・・・・・色目を使うとは、いい度胸ね」
去って行くサーシャの背中を舞が恐ろしい眼で追っていた。
彼女が言っていた『手を握られた』というのは、あくまでも
突っ込むとまた巻き込まれるのは経験していたので放置するに限る。
「ふーん・・・・・・手、握ったのね。まあ、あたしには関係ないけどさ」
そして、小さな変化が一つだけあった。
サーシャまでもが何かを責めるような眼で輪をじとっと眺めていたのだ。
「別に邪な理由じゃねーって。必要なら後でゆっくり説明するぞ」
「いいわよ、別に。大した美人だったし、そりゃそうよねー」
聞く耳を持たないサラからは、誰かの面倒臭さの感染が垣間見えた。
折角、物分かりがいい代表だったので元に戻ることを祈るばかりだ。
その時、チカリと内側で何かが輝く。
今回の強敵との戦いで白の文字盤は至高の魔笛を吸って針が大分進んだ。
他の文字盤は蓄積量が下がったが、貴重な力を得た収穫は大きい。
「・・・・・・本当に、戦ったんだよなぁ」
魔導士として強敵と戦った実感が今更ながらに湧いてくる。
物語の勇敢な主人公のようには戦って勝つことは出来なかった。
だとしても結果はさておき、やれるだけはやったと心から言える。
サーシャのように正義を持った人間だったからこそ、戦いの後に自分の全てを出し切った清々しい気持ちが湧いてきた。
白銀の剣士自身も言ったように、あれは殺し合いなんかじゃなかった。
この先には、きっと苦しい戦いも厳しい現実に向き合う戦いもあるだろう。
それでも、と抗い続ける覚悟だけはとっくに出来ている。
反魔導士協会との最初の戦いは、こうして幕を下ろした。
これから先に訪れる不穏への気配を残しながら。
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