第51話:大罪魔笛


魔笛杯ワンド・・・・・・?」


「我々も十分に力を付けました、魔導士の優秀な技術によってね。要するに・・・・・・お前達から得るものはもう何も無い」


表情が醜悪に歪み、取って付けたような敬語も剥がれ落ちる。


サラからすれば、形状から能力が判断できないだけ厄介だ。

触れれば危険だということは現状の判断材料から察しているので、サラも近付いてやる気は毛頭なかった。

遠距離からでも十分に封殺、殺す気はないが制する手段はある。


慎重に様子見をしていたサラに向けて男は動く。


あまりにも無造作かつ無警戒に正面から向かってくる仮面の男の行動で、サラは逆に出遅れる羽目になった。

先程までは緩慢だった男の身のこなしは予想を遥かに超えて速い。


「・・・・・・上等じゃないの!!」


サラは手元の魔導器ロッドを操ると、五つの刃を敵へと叩き付ける。

様々な機構を組み込んである刃は、単純な物理への耐性自体はいかに固い素材を使っても限界がある。


明確な弱点を彼女は旋風魔術を昇華することで埋めた。


刃には合計二つ、制御を受けるマナストーンと防衛用に同素材を別に搭載する。

攻撃を受けると風の塊を前方に破裂させることで、防衛しつつ後方へと逃れる機能が組み込まれているのだ。


「小癪な真似をしますねッ!!」


故に、その刃が風の膜を纏って物理攻撃をするのは稀だ。

死角にある刃のみが攻撃を仕掛けては離れ、敵の正面に浮遊する刃は風の塊を敵に叩き付けて撹乱かくらんする。


たった一人で包囲戦を可能にする魔術制御、それがサラの持つ才能の一つ。


大鎌の取り回しの悪さを的確に突き、付かず離れずの距離から敵を狙い撃つ。

その連携を以てしても男は死角を突いたはずの攻撃を回避し、弾き、反撃の隙を伺いながら鎌を操る。


「ふむ、魔素との共鳴ですか。一定距離にある二つのマナストーンに同種の魔素を宿らせる高等技術、才気溢れるお嬢さんだ」


「そりゃどーも。降参するならこれ以上は虐めないわよ。暴力とか嫌いだし」


「く、ははっ・・・・・・大口を叩けるのもそこまでですよ」


籠った声に愉悦と嘲笑が混じったことを聞き取った時、サラの操る刃の内一つに露骨な変調が起こっていた。

刃が妙に重い、と数え切れない修練の末に自在に魔導器ロッドを操るようになった彼女は直感する。


「あんた、何してくれたのよ?」


「ただ、斬っただけですよ。直接は触れていませんが、私にはそれで十分なんですよねぇ」


とにかく中距離からの攻撃も危険だと判断した時、男は思わぬ行動に出た。

近付ければ勝機があるにも関わらず、敵が自分から距離を置いたのだ。

下がる、まだ下がる、このままでは逃げられると危惧してサラは自分の射程距離までにじり寄る。


先程まで男がいた場所まで不思議な距離の取り合いは続く。


その刹那、サラは真横から妙な音がするのを聞いた。

そう、まるで・・・・・・。


―――家屋が倒壊するような音。


野菜を販売していた店の二階が半壊して材木が降りかかってくる。


「嘘、でしょ・・・・・・ッ!?」


舞い上がる埃を風で舞い上げ、周囲の人々に突き刺されば危険だと咄嗟に案じて意識を飛ばしてしまった。

何が起こったかわからないままで彼女は人命を優先したのだ。


それが自身の明確な隙を生んだと悟ったるまでに少しの時間を要した。


「人命優先、とても美しいことですね」


煙が晴れる前に男はこちらに疾駆して来ていた。

接近する隙を許してしまったと後悔するも、反応が大幅に遅れたのは致命的だ。


それでも、彼女の練磨は嘘を吐かなかった。


障壁化プロテクト実行ランッ!!」


瞬時に集結した四つの刃は一つが足りない状態でも四角形を構成し、内側に強力な翠風の障壁を展開する。

触れるものを拒む反発力の塊は男の突進さえも相殺して主の命を救う。


しかし、命を許された代償は思いのほか大きい。


「あと三つ、それでアナタの希望は消える」


「・・・・・・三つもあれば十分よ」


五つの刃の内、二つが完全に動きを止めていた。

先程までは重くとも動かせていた刃までも、完全に共鳴を行うことが出来ない。

まさに残る刃は男の言うように、命までの灯の如く輝きを中空で放っている。


確かに使える戦力が減ったのは痛いが、男の能力を推測することは出来た。


「二度斬ったら停止ってとこね。あんたの魔笛杯ワンド?だったっけ」


「聡明な方だ、二回斬られた魔導器ロッドがあることに気付きましたか」


五つの刃の内、二つを狙って男は二回ずつ斬り付けたように見えた。

そんな一見して無意味な行動には単なる防御以上の意味があるのでは、とサラは戦いの中で見抜く。

魔術への理解と勘の良さはサラが他の魔導士と比べても誇れる才能と言えよう。


一度斬れば機能の低下、二度斬れば生体魔素アストマナを受ける機能の停止。


人体に受ければどうなるかは喰らってみなければ何とも言えないが、大人しく体で受ける程に彼女はお人好しではない。


しかし、さすがの彼女も意識の外だったことがある。


「では、ここで問題―――三度目ではどうでしょうか?」


「えっ・・・・・・?」


サラは停止させられて真横に墜落したはずの刃の一つへと目を向けた。

その時になって、彼女は注意深く見ていたはずの戦場で失態とも言える見落としがあったのだと気付く。


仮面の男が斬ったのは二度ではない。


もう使えないとサラが意識を逸らした隙間を突いて、三度目の斬撃を同じ刃に浴びせていたのだ。

結果、三度の攻撃を受けた魔導器ロッドには見て取れる影響が出始めていた。

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