第50話:魔導士の戦場

「まさか、私の力を吸収しているのですか?」


サーシャの端麗な顔を間近で見据え、絶対に離すものかと全身全霊を振り絞って彼女との均衡を保つ。

その明確な隙を見ても黙っている舞ではなかった。


「貴方の負けよ、剣を離しなさい」


サーシャの背中へと少し離れた場所から手を突き付けていた。

実際は輪を巻き込むことを恐れて撃てないかもだろうが、ここまで堂々と言われれば相手はその可能性を疑わない。

いつもは残念な所もあるのに、この土壇場で大した駆け引きだ。


輪は足払いを警戒して密接を維持している、ここからでは輪を転がすだけの動きのキレも出せまい。


「貴方達は勘違いをしているようですね」


サーシャが静かに呟くと、後ろにわずかに重心を移す。

輪の視界が揺れと共に反転し、足払いを掛けられたと反射的に理解した。

彼女は輪の拘束から脱出すると、そのまま舞へと距離を詰めて今度は逆に広げた手を突き付け返す。


「純粋な力では男性に劣りますから。全身から力を生み出す術は体得しています」


「………」


さすがの舞もこの一瞬ではサーシャの動きは読み切れなかった。


「待てよ、まだ詰んでないだろ」


咄嗟の旋風魔術ゼフュロスで体勢を立て直した輪は、再び白銀の曲剣を手にして立ち上がっていた。

先程の鍔迫り合いで白の文字盤は回復しているので絶望するには早い。


「成程……いい眼です。しかし、貴方達の取れる策はもうないはず。あったとしても、彼女を封じている状況では詰みに限りなく近い」


サーシャの言うことは反論の余地もなく正しい。

まだ体力も気力も残っているのは、敵が輪達を傷付けない為に捌きに重点を置いているからに過ぎない。

傷付けてでも決着を、とサーシャが決意するだけで勝利の目は完全に潰える。


この相手には勝てない、今はまだ。


「……残念ですが、ここまでのようですね」


それは勝敗を告げる言葉ではなかった。

彼女の瞳は不自然に遠くを見つめており、輪の内部にも異変が起こっていた。

この周辺で感じる奇妙な気配はサーシャのものだけではない。


「大人しくしているように命じたはずですが……あの男は人道に反することを実行しかねません。私が止めるべきでしょうね」


ため息を吐くと彼女は剣を拾い上げて鞘へと納める。

同時に二人に向けられていた闘志も消え失せ、本当にこの戦いはここで終わりだと言っていると確信した。


「何の話をしているの?」


「連れてきた同志の話です。危険を承知であれば、貴方達も着いて来ても構いませんよ」


そして、白銀を纏う騎士は険しい眼で壁越しに何処かを見つめた。



―――輪がサーシャと真っ向勝負に持ち込んだ時から、時間は少し遡る。



舞が救援を依頼して増援が街を訪れた時、街にはもう一つ異変が起きていた。


時間がなかったので魔導院には簡単に伝達したが、先に出発したサラとアルクはバザー付近まですぐに駆け付けたのだ。

その頃に吹き上がる炎を見た三人は舞を救援に行かせ、様子を見ることにして今に至るというわけだ。


サラとアルクから見ても輪と舞の二人が組めば、相当に強力な魔導士と化す。


「何よ、これ……?」


だが、サラは街の光景を見て呆然とした。


街には人が何名か倒れ、付近に立つ人間を中心に避けるように人だかりが割れる。

まるで、そこにいる人間が元凶と言いたげに人々は逃げ走る。

その中にも倒れる人間が出始めているようだ。


疫病にも例えられる不吉極まりない光景だ。


「あんたは街の人を助けて。あたしがあいつとは話してみる」


腕力のあるアルクに人の避難を任せ、サラは用心深く旋風魔術ゼフュロスを纏わせて大気を汚染する能力を警戒しながら男に近付く。

男は見るからに奇妙な見た目をしていた。


紫がかった黒髪に切れ長の目をした、美青年とも言える容貌。


断言し切れないのは、顔の下半分がクチバシのように突き出た奇妙なマスクで覆われているからだ。

全身に纏う黒いローブから怪しげな風貌のせいで人々に絡まれたのか。


「さっきから人が倒れてるのはあんたの仕業でしょ?話を聞かせて貰うわよ」


サラは恐れる様子もなく、堂々と不審な男に声を掛ける。

それに対して顔を上げた男は目だけで笑みを示すと、マスクのせいでこもった声で問いかけに反応した。


「私に触れるなと言ったのですがねぇ、アストガルドの方々は気が短い」


肩を竦めると男はアルクが避難させていく人間達を嘲るように眺める。

その目でサラにも理解できたが、彼は人間を路傍の石程にも思っていない。


「あんたに触れると倒れるって……魔笛ガロンね」


全てではないが、魔笛には触れたものを侵食する力を持った個体も多い。

魔笛ガロンとは本来は現象名であり、同時に反魔導士協会の中でそれを宿す者の力を指す。


「ご名答、私は魔笛を宿す者ですが……でしたら、どうしますか?」


「あんたを拘束するわ。少なくとも何人かを傷付けたのは事実だし」


「ふむ、拘束ですか。エデルガンド嬢には余計な暴力は避けろと厳命されていますが、降りかかる火の粉は払わねば……」


芝居がかった口調で応じ、大仰に額を抑えて見せる男。

だが、返答からサラは男が示す明確な宣戦布告の意志を読み取った。


故に、有する魔術の展開を躊躇いはしなかった。


共鳴魔術レゾネイト実行ラン


彼女が握る本体からの指示で自在に動く五つの刃。

それは遠距離攻撃においては魔導院でも最高クラスを誇る魔導器ロッドであり、使役者であるサラの優秀さは周知されている。


「とっさに風を纏う判断といい素晴らしい。どうやら、貴方は当たりのようだ」


「当たり……?何の、ことよッ!!」


業を煮やしたサラは相手の弁論を封殺せんと魔導器を操って先制攻撃を仕掛ける。

遠距離から様子見しつつ魔術を実行できる彼女の優位性は一対一でも絶大だ。


刃が五つ揃って円陣を描いていく。


旋風魔術の操作によって実現するは強力な風の射出だ。

避難はアルクがすぐに終えるはずと、周囲の人家だけを破壊しないように範囲を絞り、上空から男目掛けて翠色の輝きを凝縮した閃光は放たれた。

その速度たるや簡単に躱せる代物ではない。


強風が起こす風鳴りと共に、目の前の地面を閃光を正確に穿つ。


「あえて外したけど次は当てるわよ。大人しく捕まっときなさい。無実なら開放するから」


「ああ、魔導士のそういう物言いが気に食わないんですよ。優れていると、裁くのが当たり前だと思っている顔がねぇ」


男は今の光を避けようともせずにその場に立っていた。

そして、顔を狂気に歪めながらも虚空を握る。


「―――魔笛杯ワンド大罪魔笛クライム・ガロン


男の右手に握られるは紫色をした大鎌の兵装。


刃の付け根には醜悪な大きな目を象った装飾が纏われている。

人が触れるだけで倒れたことからも、相当に強力な魔笛ガロンを有するのは確実だった。

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