第20話:魔笛の森(ガロン・フォレスト)


その後、念の為に参加者候補のアルクにも話をした所、二つ返事で了承してくれたのでメンバーは出揃った。


任務に行く前にアルクとサラから魔術に関する基礎のレクチャーは受けたものの、あくまでも軽く程度だ。

二日後の昼に四人は目的地へと旅立った、と言っても時間にして一時間。

もう時間に関しては現地の呼び方である『こく』と『刻間こくかん』と呼ぶのも面倒なので舞との間では相変わらずである。


今回の移動に使用するのはこの世界では鉄輪車てつりんしゃと呼ばれ、二十人ほどを運搬できる移動手段だ。


人々はいつだって移動手段が面倒だと考えて利便性を追求する。

向こうの世界でも古来から歩きでは行けない場所の為に馬車が生まれ、果てには空を飛ぶ飛行機が生まれた。

鉄輪車はそのエネルギー効率の悪さとコスト故に民間用には普及していないが、路面電車のような役割を背負う地域も増えてきているそうだ。


「思ったよりも揺れないし、早いのね・・・・・・」


「この車輪って完全にではないけど大半は浮いてるし、車輪自体が風を後ろに送るのが役割なのよ。マナストーンも酷使すると壊れるから、たまに地面を走る時は揺れるわ」


磁力を使ったものではないにしろ、役割的にはリニアのようなものと捉えるのがよいのかもしれない。

左右に折り畳まれたヒレのような部分は進行方向が左右にぶれないように制御するものだとアルクからは補足を受けた。


「大分速いけど、人が轢かれたりしないのか?」


「たまにあるんだよ。だから、一応は警鈴って呼ばれるもんで注意を促す仕組みになってる。人を殺したら基本的には操ってる側が悪いことになるからな」


交通の仕組みは現代日本の方が遥かに整備されているようだが、ルールとしては似通っている節があった。

マナストーンという便利なエネルギーがある世界と自分たちの手だけで研鑽を続けてきた世界では産業の得意不得意があって当然だ。


「それで・・・・・・空気壊すかと思って遠慮してきたんだけどよ、お前らルナフォークと仲良かったのか?」


「ああ、初日にサラが俺達の面倒を見てくれたんだよ」


「言いたいことがあるなら言ったほうがいいわよ、遠慮しながら一緒に行くのは嫌でしょ?」


「別に貶すつもりはないぜ。威張ってた奴らを魔術でボコったってくらいしか知らねーし。問題は実力はどうかってことだ。そっちの二人は知識に関しては真っ白に近いし、俺らが着いてきた意味くらいはわかんだろ?」


「それぐらいはわかってるつもりよ。そっちこそヘマしないでよね」


引っかかる言い方に反応したサラと飄々とした態度で返答するアルクの間では、特に険悪という程ではないものの棘を含んだやり取りが交される。

アルクは思った以上に今回の任務に対する責任を感じているようで、棘のある言葉を向けることで警戒を促したのかもしれなかった。


そんな二人の手には布に包まれた長細い何かが握られている。


それが魔導器ロッドであろうことは明白で、二人が立ち合いの時には使用しなかった魔導士としての本当の力だ。


「・・・・・・何か嫌な空気ね、サラのことで何か気に入らなかったのかしら」


「それにしても舞は随分と落ち着いてるな」


「こういうギスギスした空気には慣れているのよ。私が原因のことも多かったから仲裁する力はないけど」


「・・・・・・ダメじゃねーか」


相変わらず残念少女っぷりは健在の舞の様子に安心すら覚えてしまう。

ようやく鉄輪車から降ろされてから歩くと、どこまで続いているかも見えない森が見えた。

行く先に身を横たえる広大な森には妙な特徴があった。


「あれが魔笛ガロンの元になってるものよ」


多い茂った木々からはむせ返るような草木の匂いが届くのは変わらない。

ただし、サラが指差した遠くの景色には濃紫の霧と表現すべき何かが薄っすらと掛かっている。

森の上だけに見える紫色の現象は現代でも観測された話は聞いたことがない。


「全部ってわけじゃないけど、多くの森は私達にとっては未知の領域なの。魔笛ガロンの総数、他に知られていない個体はいるのか。だから、こうして魔導士が出向くのよ」


「まあ、俺らが行くのは開拓済みの浅い部分だし、他の部隊も潜ってるみたいだけど油断は禁物って話だ」


その森に足を踏み入れようとした時、輪は妙な感覚に襲われていた。

輪の持つ生体魔素アストマナは全てが文字盤のイメージとして内側に存在しており、他の魔素マナによる攻撃を一部吸収して自らの力にする。


今、わずかに光を放ちかけたのは黒い水晶を戴く文字盤だ。


授業で話を聞いた時から不審には思っていたのだが、魔術の種類は基本的となるものは五つと教えられた。

あの授業は基本的な内容しか教えられないが、その上位や応用魔術が存在する。

例えば、舞の『空間歪曲魔術ディストーション』や輪の掌握魔術アブソリュートは最初の授業で教わる浸食魔術ヴェーラの応用及び上位版だそうだ。


だが、基本的には五つで収まるはずの魔術の型に反して輪の中には七つの文字盤が存在している。


「・・・・・・そんなはずないよな」


ここに近付いて黒い文字盤が反応した事実を考えると輪の中で一つの想像が生まれてしまっていた。


―――黒の文字盤が求めるのは魔笛ガロンなのではないか。


そもそも、現代社会に生きている輪にこの世界で生きるのが前提であるかのような力が宿っていたのはなぜなのか。

本来ならば他の世界に辿り着いてもおかしくはなかったはずだ。


「リン、さっさと終わらせましょう」


サラの声で足が止まっていたことに気付き、今は余計な思考を振り払って三人の後を追いかける。

思考に没頭していると命さえも落としかねない世界なのだと気を引き締めなおして歩みを進めていく。

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