第19話:事情と友情
そうしている間にサラと視線が合ったので、手を振ってみる。
眼がしっかりと合って、二人の知っている優しさを持った苦笑と共にサラはこちらへと歩いて来る。
なぜこんなに恐れられているのか知らないが、サラは少なくとも二人に対しては誠実で優しい少女なのは間違いなかった。
「・・・・・・ごめん、ちょっと場所移さない?」
「ああ、そうしよう。何か悪かったな」
「いいわよ、隠しても仕方ないじゃない」
ばつの悪そうな表情を見て、彼女にとっては見られたくない場面だったのかと思って一言告げておく。
三人は表にあるカフェは避けて、裏庭にあるベンチへと向かっていた。
塔のあちらこちらにある階段を下ってベンチへ腰かけるとサラは口を開く。
「恥ずかしい所を見られちゃったわね。クラスじゃあんな調子なのよ」
「・・・・・・でも、あなたに嫌われる要素なんかないわ」
さすがにおかしいと思ったのか、不愉快だと思ったのか舞が不機嫌さを声に滲ませながら言い返す。
舞は友人の類がいなかった分、恩人に対しては自分なりに応えようとする殊勝さも持ち合わせているのは輪の知る所だった。
彼女の言う通り、サラがあんな扱いを受けるのはどうにも納得いかない。
「確かに理事長先生とは遠い親戚なのもちょっと引かれてる理由なんだけど・・・・・・あたし、魔術を暴力に使ったのよね」
「暴力って・・・・・・サラがか?」
「そ、正真正銘あたしがやったのよ」
苦い色を滲ませたサラはあっさりと二人に重い事実を語り始めたが、何もなく彼女がそんなことをするとは思えない。
「そっちの世界がどうか知らないけど、前にこのクラスで好き勝手やってた奴がいたの。魔術への適性だとか色んなくだらない理由で威張っててさ」
「まあ、そういう奴はこっちの世界でもいたな」
「そいつってイラついた時に、決まってクラスの子に当たってたわけ。それがあたしの友達で、どんどん行動もエスカレートしてたのよ。ここまで言えばわかるでしょ?」
サラの性格を考えれば魔術を暴力に使ったという理由にも納得がいく。
友人を虐めた者に対してサラは魔術を使って鉄槌を下した、推測するにクラスからも恐れられる程に徹底的に潰したのだろう。
輪の視線を受けて彼女は自嘲を込めて笑う。
「そう、あたし・・・・・・そいつが精神的にしばらく来られなくなるまで叩き潰したのよ。“魔術は正しく使うべし”って魔導院の規律に背いてね。そりゃ、気に入らない相手を感情に任せて潰すような奴なんて怖がるわよ、その様子も皆に見られてたんだから」
魔導院は魔術に対する規律が複数あり、所属する院生達は規律を守って結果を出すことで自由な生活を約束される。
だが、彼女は正面からそれに逆らって院生の一人を力で排除しようとした。
その顛末は見ていないが、友人もそれなりに酷いことをされていた様子なので耐え難かった感情をぶつけたのだろう。
「それで、その後はどうなったんだ?」
「あたし自身も謹慎喰らって、当の友達はここを辞めたわ。守ろうとした相手もあたしのせいで壊しちゃったのよ」
人間とはどんな力を持とうが、心には弱さを秘めている。
誰かが暴力によって屈服させられれば、次は自分の番ではと無意識に想像してしまうのは人の性だ。
例え理由自体は正当なものだったとしても、魔術という人の手には余る人知を振るう強者を見て恐れるのは当然と言えよう。
理論としては、少しばかり捻くれた輪も納得できるものだ。
「その子は虐められなくなって、辞める理由はなかったんじゃないの?」
「威張ってた本人は消えたけど、あたしのことを恨んでる取り巻きは残ってるから。正面からは挑んでこないけど陰口は叩いてるわよ」
本人はもう気にしていないようだが、気分の悪い話だと吐き捨てたい気分だった。
もしかしたら何らかの嫌がらせは受けているかもしれないし、輪が口を出した所でクラスの雰囲気は簡単に変わるものでもない。
だが、恩を受けた彼女が陰のある笑顔で二人に気を遣わせないように振る舞っているのが見ていられなかった。
「・・・・・・これ、お前を誘いに来た。一緒に来てくれないか?」
輪は手にしていた任務参加者を記入する紙を彼女に向けて差し出した。
このタイミングでと思わなくはなかったが、彼女を恐れる人間ばかりだと思われるのが単純に心外だったのだ。
例え理論で納得しようが、心では納得できるはずもない。
何より、恩人には自分なりに報いるのが輪に叩き込まれた信条だ。
異世界に来た二人を助けてくれて、迷惑もかけ、誠意だって十分に見せてくれた。
勇者にはなることは諦めても、そんな彼女に言葉の一つも掛けられない男にはなりたくない。
「これ、あたしが行っていいの?」
「いいわ、私達を巻き込むかもって考えているのなら心配無用よ。巻き込まれるのには慣れてるわ」
舞が優しい口調でそう答えると輪は自分の熱をまたしても吐き出すかを迷う。
異世界では真っ直ぐにいく努力をしようと決めたはずで、恩人の彼女に掛けてやる言葉が羞恥で阻まれてはならない。
普段ならいざ知らず、今は立ち止まる場面ではない。
「それにさっきの話だけど、お前は確かにやり過ぎたのかもしれない。俺達は事情を知らないから、かもしれない程度だけどな」
「・・・・・・まあ、それは認めるけど」
「でも、これだけは言っておく。お前は・・・・・・」
ぽそりと呟いたサラの抱える葛藤もモヤモヤも輪は察している。
だからこそ、この場では答えてやるべきだと心に抱えた熱は更に増す。
「———お前は悪くねーよ」
「・・・・・・えっ?」
目を丸くするサラに対して、輪は一つ頷いて見せた。
確かに暴力という行為を全肯定するべきではないし、彼女がその手段に魔術を用いたことには反省の余地があったのかもしれない。
それでも、その真っ直ぐな心と他人を救おうとした行動自体は間違っているとは誰にも言う権利はない。
強いて言うのなら標的にされた少女だろうが、彼女もきっとサラを恨みはしていないはずだ。
「俺は捻くれてるから皆が正しいって言おうが自分の気持ちに従う。だから、一緒に来てくれないか?」
「・・・・・・ふふっ、リンって変わってるわね。でも、ありがとっ!!」
精一杯の言葉で告げるとサラは嬉しそうな笑顔で応えてくれた。
そんな顔をしてくれるのなら輪が羞恥も超えて言葉を尽くした甲斐が少しはあったというものだ。
「俺達は友達いなくて困ってるんだ。仲良くしてくれると助かる」
頬を掻くと照れ隠しで不愛想に告げるのは、舞では伝えるのが難しい言葉だと思ったからだ。
それに対して、サラは笑顔のままで両手を差し出してくる。
「あたしで良ければよろしくね、二人とも」
二人に用意された握手の為の手を握る。
こうして、異世界に初めての友人と言える存在が誕生したのだった。
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