第18話:世界と彼女の事情

「要するにやるときはやれということだ。そして、根幹となる知識がもう一つ。なぜ戦闘用の魔術が存在するかだ」


ミレイ教官は授業では全員の共通認識として、一から学び直さないことを初めに教えてくれている。

例えば高校の数学で掛け算の解説はしないように、応用レベルのことを授業で扱うには必ず前提となる知識が存在するからだ。


「アスガルト交易都市は一切の軍事行為が禁じられた中立地帯だ。商流、魔導士の管理団体、ここには多くが集結する。要するに最大勢力が中立地帯にある。過去の戦争への反省、中立地帯の強化によって均衡が保たれて世界は平和を手に入れた」


過去に経験した戦争の反省を活かして各国が団結した結果の平和と言えるわけで、輪達の世界にも通じるものはあった。

だが、それならば魔術を戦闘方向に発展させて学ばせる必要はどこにあるのか。

マナストーン等を扱う技師としての役割があるのだろうが、戦闘を必要とする何かがこの世界には潜んでいるはずだ。


舞もそれを感じ取ったのか、話にじっと耳を傾けている。


「我々が持つ生体魔素アストマナは言い換えるなら生命力、または構成力だ。我々の心核を動かすものもこれとされている。だが、生活にまで転用される技術、それを扱う魔導士の大幅な地位向上、それらに何の弊害が出ないと思うか?」


「・・・・・・便利なものには裏もある、そういうことね」


心核とは心臓のことなのだろうが、この世界ではそう呼ぶらしい。

そして、冷静な舞の相槌を聞いてミレイ教官は一つ頷く。


「その通りだ。増幅して零れ出した魔素マナは歪んだ生命を生み出してしまった。我々はそれを魔笛ガロンと呼んでいる。皮肉なものだ」


それからの教官の話を要約するとこうだ。


そうして、発展させるべきエネルギーが新たな敵を生んでしまった。

今から人間たちが魔素マナの利用を止めた所で消滅することはなく、人間達は技師として生まれた魔導士に戦う術を獲得させるしかなかったのだ。

魔笛ガロンは今も立ち入りできない広大な森の奥に数多く存在している。


そして、同時に生み出した弊害が反魔術協会はんまじゅつきょうかいの存在である。


彼らは魔笛の力を受け入れざるを得なかった存在であり、かつての魔導士の専横により追い出されて大陸の隅で今も生きている。

魔導士として生きられない者、迫害された者、生き方を見失った者、それらへの救いを反魔術協会は謳っている。

最近では活動はほとんど目立たないようだが、未だに存在はしているそうだ。


「彼らを生み出した原因への取り組みはされているが、現段階での彼らを救済するものではない。故に魔術師は正しき在り方を重視し、人を導く魔導士と名を変えて根本から改革を行ったのだ」


この世界は重要な技術を担う魔導士を中心に回っているが、単純に見えて意外と複雑な社会構成をしている。

世界が上手く纏まっているのは共通の敵がいることも大きいのだろう。


「つまり、私達の任務っていうのは・・・・・・」


魔笛ガロンを潰すものが多いな。察しがよくて嬉しいぞ」


にやりと笑うミレイ教官を見て、二人とも逆に表情を強張らせた。

いきなり異世界に来て獣だか何だか知らない存在と戦えと言われても、“そうですか”と承服できる方がおかしい。


「ああ、そうだ。更にいい知らせがある」


「・・・・・・ミレイ教官の良い知らせって大体ダメだろ」


「ええ、かなりのサディススティック教官なのは理解したわ」


「何をこそこそやっている。私は優しいからな、最初の任務を用意してやった。随分と元気が有り余っているようだからな、特に逆無は」


一戦交えたアルクは叱った癖に、いきなり崖に突き落とすような真似をする恐ろしい女性だった。


「ただし、それで命を落とされても寝覚めが悪い」


「めちゃくちゃスッキリ朝を迎えそうな表情してますけどね」


「さっきの罰としてアルクを同行させ、もう一人付けてやる。森の浅い場所だ。死ぬことはあるまい」


「スルースキル高いわね・・・・・・」


結局、チュートリアルめいた授業で学べたことはそれだけだった。

愉し気に語り続ける教官に押し切られ、アルクへの言伝てと共に受け取った書類にはもう一名の名前を記入する空欄があった。


「サラに頼んでみるか」


「私たちがお願いできる人間なんて、それぐらいしかいないもの」


輪も舞よりはコミュニケーション力はあると自負するものの、決して友人作りは得意な方ではない。

寂しいことを言いながら、二人して聞いておいたサラの教室へと向かっていく。

時間的にも授業が終わる頃だったので、そちらにいれば直接お願いしてみるつもりだったのだ。


サラは優秀な上に陽気で気立てもよく、周囲から引っ張りだこかもしれない点が危惧する所だった。


幸いにもサラは教室の端に腰かけていた。


だが、二人と接していた気立ての良い彼女とは違って、達観した色さえ持つ冷たい表情を見せている。

見た所、彼女の周りには誰も寄って行かずに遠慮がちに避けていくばかりだ。

レイ院長の親戚という事情と考えても、触らぬ神に祟りなしとでも言うように避ける人々の様子は明らかに不自然だった。


まるで悪意というより恐れられているような態度だ。


「・・・・・・意外な状況ね、共感できるわ」


「舞がそう言うなら、やっぱりそういうことなんだろうな」


「ええ・・・・・・ってどういう意味かしら。私がぼっちで輪に依存しているとでも言いたいの?」


「いや、そこまで言ってないだろ」


何にせよ、二人が想定した状況とは違っている。

理由は知らないが、彼女が友人の類が少ない人種なのは二人の目からしても間違いはなさそうだった。

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