第17話:異世界との違い

「それにしても、変わった魔術だったな。今見た限りだと魔術を吸収したのと、具象化の二つか」


「正確には一つだよ。魔術を吸収した分だけ、具象化とやらに変換できるみたいだ。ところで、具象化ってそんなに珍しいのか?」


「まあ、普通じゃ無理。解り易く言うと、水って冷やし続けると凍るだろ?魔素の場合は強く凝縮されると固まる。ただ、自分のイメージのままに武装として固めるとなると難易度は跳ね上がる」


この世界と共通の科学を出されるとイメージがし易く、肉を食べた店の店主が放り込んだマナストーンとはその原理を利用したものだろう。

だが、高い難易度のはずの具象化を成功させた原因は何となくわかる。


それは輪の内側には既に型が存在しており、後は必要な生体魔素アストマナを注ぎ込むだけで完成するからだ。


そして、そのいびつな構成こそが現代魔術とこの世界に存在する魔術の違いなのかもしれない。


「輪……また、あなた変なモノ出したわね」


「時々、絶妙に言葉が足りないのを何とかしてくれ。それに魔術ちからの異常さじゃ舞の方が上だろ」


「知らないわ、勝手に使えるようになってたんだから」


「……ははッ、やっぱ面白いわ。お前ら」


二人が部室にいた時と似た雰囲気で会話を繰り広げる横で、アルクは愉し気に笑っている。

その表情からは輪を試そうとした時の様子は消えており、戦いを挑んだのもこの男なりに孤立した二人を気遣ったのかもしれなかった。


「そういえば、色々と教えてくれるんだろ?」


勝負の条件には輪が仮にとは言え勝った場合はこの世界の知識を教えてくれるという有難い条件が付いていたはずだ。

この男が魔動器ロッドとやらを使えば絶対に勝ち目はなかったとしてもだ。


「俺は約束は守る男だぜ。大体のことは教えてやるよ。まあ、俺が勝っても多少は手を貸してやるつもりだった」


「それなら、何で煽るようなことをしたんだよ」


「勝ち取った物にこそ価値あれ、ってウチの爺さんには教わってな。ここで生きるには時に自分の価値が試されるって教えたつもりだ。まあ、大半の理由は面白そうだったからだけどよ」


子供めいた笑顔でそう言うと、切断された訓練棒を元の場所に挿し直すアルク。

どうやら少しばかり捻くれてはいるものの、基本的には気の良い男らしい。

その爺さんとやらは時には戦って勝ち取ったものに充実感を感じるものだ、と言いたかったのかもしれない。


それは全身に心地よく広がる充実感を意識すると理解できる気はした。


「さて、それじゃ……一緒に怒られようかね」


観念した表情のアルクを前に、この世界に存在するかは定かではない鬼の形相をしたミレイ教官が立っている。

まだ若い女性ながら、その威圧感は輪を以てして覚悟を決めさせるものだった。


「お前達二人、ついでに鷹崎はついてこい」


「……何故か巻き込まれたわ」


隅で地味ながら魔術の練習をしてながら観戦していた真面目な舞もついでに拉致されていく。


連れて行かれた先は一番近くの棟にあった空き教室の一つだった。


魔導院は二つの区画に分かれており、一つはコロッセオを含む魔術の実技に関わる施設が集まっている左棟と座学用の場所やカフェ等の生活する上での施設がある右棟だ。

三人が座らされたのは左棟にあった客間の一つで、狭いソファーに舞・輪・アルクの順に座らされる。


ちらりと舞を目を合わせると距離がやたらと近かった。


「おい、そこ。青春してる場合か」


「……青春、ってなんだ?」


ミレイ教官は所在なさげに互いを意識する輪達に鋭い突っ込みを入れ、アルクは言葉自体を知らなかったのか首を傾げる。

日本語に近くはあるが厳密に言えば違う、それがアスガルド言語らしいのだ。


「若いからこそ出来て、後から思い出に浸れるもののことだ」


「へえ、変わった言葉があるもんだな」


「逆無、お前は随分と落ち着いているな。恐ろしくて震えている方が可愛げがあるるものだ」


教官はため息を吐くと、逸れた話題を立て直して矛先をまずはアルクに向けた。

曰く、さすがに異世界から来た人間と考慮して二人で細々とやらせていたのに熟練者が絡んで一戦交えるとは何だ、と。

さすがの魔導院でも強者が鳴れない弱者をいたぶることを許してはいないようで、アルクが叱られたのはその一点だった。


「お前はもういい、行ってよし。後は遊ぶも勉学に励むも好きにしろ」


言うだけ言うとミレイ教官はさっさとアルクを追い出した。

残されたのは輪と舞の二人で、ミレイ教官は二人の顔を見比べると面倒臭そうに鼻を鳴らす。

二人のいた世界にいる教師とは随分とイメージが違った人物だった。


「授業なのに遊んでもいいんですか?」


「度を過ぎなければ構わん。前にも言ったが魔導院の利益になる仕事さえこなしていれば、ある程度は自由にやらせるさ。アイツはあれでも非常に優秀でな」


舞が教官に訊ねるが、過度の干渉はしない魔導院のスタンスは変わらない。


「さて、お前達を残した理由だが……常識を教えてやろうと思ってな。詳細はレイザードが教えるだろうし、そうでなければ自分で学べ」


どうやら魔導院のプログラムではなく異世界から来たことを考慮した、彼女なりの厚意のようだった。

口では厳しいことを言いながらも、ミレイ教官は二人に対しては配慮はしてくれているらしい。

それは魔導院からの指示なのか、個人的なものなのかは判別できないが。


そして、その部屋にあったボードを使ってそのまま授業が始まった。


本当にこの魔導院はよくも悪くも自由だった。


「まずは、魔導院の仕組みについてだ。授業はお前達が自由に組むが、必須とされる授業は必ず受けて貰う。ここまではお前たちの世界にもあったかもしれないが、ここからも前達の本分だ」


「……働くとか何とかってやつですか?」


「そうだ。所謂、依頼タスクと言う。外部から、私達からそう頻繁でもないが依頼を出す。それをこなして食い扶持を稼ぐ。魔導院にも収入があり、そこでお前達から金を取らずに住まわせている価値がようやく出る」


「ちなみに失敗したら何かあるんですか?」


まさか殺されはしないだろうが、結果を求める魔導院ではもしかすると何かのペナルティーがあってもおかしくはない。

事前にその情報を頭に入れた上で依頼の選択をするのも重要だろうと考えた。


「未完成の者達に完璧を求める気はない。だが、結果次第で区別はする。結果を出せずに足掻く者には手を差し伸べるが、意思もなければ魔導院には要らん。私達は授業に出ろと叱る義務はない。自分で手を抜いた末に結果が出なくて苦しむのも自分だ」


将来性と呼ばれるものも結局のところは結果を元に成立しているのだ。

この年でこの結果を出したから、成長を見せているから、全ては「惜しかった」という結果を元に構築される。


要するに才能もなく、努力もしない人種の来る場所ではないということだ。

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