第16話:天雷

障壁魔術プロテクトって感じでもねーか。何か面白そうな予感がしたんだが・・・・・・勘も馬鹿にならないもんだな」


再び雷の鏃が襲い来るが、回避能力を向上させるスキルが不完全な今の輪では一つ避けるのが精一杯だ。

誰しもが襲い来る矢を避けた経験もないのに回避を成功させる程に甘くはない。


それは、何の力も持たない人間ならばの話だ。


「・・・・・・まさか、吸収してるってのかよ?」


「さあな、避けられないからこうするしかないんだよ」


無論、全てを受け切れているわけではなく衝撃を吸収している間に回避行動を取ることで逃げ回っている。

一つは躱さなければ三本全ては捌けないので内心では冷や冷やしっぱなしだ。

システム的な防御があるとはいえ、雷の塊がこちらに向かって襲ってくるなんて恐ろしいに決まっている。


内側にある黄色の文字盤の針は三を少し過ぎた辺りで、吸収した雷は四本分。


どうやら同じものを吸収すると効率が落ちる仕様らしい。

切れる息を必死で整えて、無意識に震える足を踏み締めて前へと進む。


「現代魔術だってあったんだ、雷ぐらい降るよな」


捻くれた呟きを残して、今の現状を受け入れる。

そろそろ魔術だけで攻めてくるのも終わりだろうと踏んだ時点で輪は決意と共に文字盤へと意識を沈めていく。

針は三と半分、これだけあれば維持するだけの生体魔素アストマナは確保できているだろうと確信する。


故に、二つ目の文字盤に秘められた力を解き放つ。


―――顕現するは、雷を纏う二又の戦槍の姿。


「来い、天翔創雷ヘルメスッ!!」


有する力はぼんやりとは把握しているものの、全ての力を知って扱える程に都合は良くいかないらしい。


「・・・・・・は、ははははッ!!具象化かよ、そりゃ妙な気配感じるわけだ。やっぱ、勘に従って良かったわ」


心から楽しげで純粋な笑顔を見て、向こうの世界に残してきた翔の顔を思い出す。

これも直接言うことはなかったが、本当に気の良い友人だったので異世界生活が長引くと心配させてしまうかもしれない。


掌握魔術アブソリュートって名前があるらしいけどな。さて、悪いけど時間がないんだ。少し練習に付き合ってくれよ」


「自分から弱点教えるなんて、お前も変わった奴だな」


槍を構えて形状を維持しながら自分の生体魔素アストマナの残量に気を配るのは思った以上に慣れが必要な作業だった。

天翔創雷ヘルメスの消費量は紅の文字盤を使用する時よりは少ないが、それでも長時間となると維持が難しいだろう。

恐らくは吸収量も多いが消費も早いことがこの魔術の最大の欠点なのだ。


欠点を乗り越えるには現段階では手段は一つ。


二又に分かれた槍の先端が雷を帯び、終結した雷は球体へと収束していく。

その余波に耐える為に必然的に体勢は低く落ち、一撃を放つ構えは完了した。


「・・・・・・魔動器ロッドアリにしとくべきだったかな」


ぽりぽりと頭を掻くアルクが訓練棒に第一式ワンを纏わせて、迎え撃とうとする表情に迷いはない。

人に魔術を向けたことのない輪はその相手に魔術ぼうりょくをぶつけるべきかは迷うが、結論を出して槍を構え直す。



そして、輪は雷を纏う槍をアルクの目の前の地面へと叩き付けた。



広がる輝きと余波はアルクごと周囲を薙ぎ払う。


設備の損傷を考えているのか翠色の光が薄く地面に広がり、天翔創雷ヘルメスの一閃はそれさえも軋ませる程の威力を発揮していた。

人に振るわなくて良かったと思うと共に、魔導院が誇る防御性能はこれ程かと異世界の技術に内心で舌を巻く。

攻撃を当てると肉体的な影響は大きくないものの生体魔素アストマナが失われるそうだが、焔魔鋼双イフリートの時の体が重くなる感覚の延長だろう。


体が動かなくなれば戦えない、そうして決着はつく。


「大した威力だねえ。まあ、扱い自体はまだまだみたいだけどな。ゲホッ!!」


アルクは晴れる砂埃の中からせき込んで現れるという締まらない登場を見せた。

直接当てるのを意識的に避けたとはいえ、あの余波をあっさりと凌いだアルクに輪は息を呑んだ。


「それで・・・・・・どう、して当てなかった―――ゴホッ!!」


「初めて使った魔術を容赦なく相手に叩き付けられる奴の方がイカれてるだろ」


「いい答えだ、気に入った。気を緩めるなよ」


アルクはその答えを聞くと身を沈めると棒を改めて構え直す。

今までの飄々とした雰囲気は影を潜めて、今は本気で相手を潰すことに全力を費やすことにしたのだと理解する。

本能が相手の持つ脅威を感じ取らせて、雷槍を体の前で構えを取らせた。


その場に満ちるはわずか二、三秒の沈黙。


足元の小石が弾けるのを耳が聞いた途端、風が穿たれる。


雷を纏った高速の突きは今の輪では躱せない速度を絶妙に計算して正確に右肩を狙ってくる。

まるでスローモーションにさえ見えるような、現代での生活では向かってくることのなかった馬鹿げた速度の刺突。


それを避けたのは偶然でしかなかった。


どこに来るかを察した途端に槍が反射で上がり、得物の刃で上へと弾き飛ばす。

捌くことができたのは単純に得物の強度の差でしかなく、本来なら回避できたかわからない切っ先は途中から切断されて中空を舞っていた。


「ゲッ、やっぱり持たねえか……」


げんなりした表情で切断された棒を眺めると手にした柄を放り捨てるアルク。


「持っていた武器が違いすぎる。魔導器ロッドとやらがあるんだろ、対等にやる気があるなら使えよ」


魔導器ロッドまで持ち出したら、それこそ初心者のお前と対等じゃないさ。本気でやった攻撃を凌いだ時点でお前の勝ちだよ」


再び飄々とした態度に戻るとあっさりと負けを認める。

翔に似ているようで似ていない、少し捻くれた所がある印象の不思議な男だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る