第15話:魔術喰い

「難しくないってお前・・・・・・それを出来ない奴がここにいるんだが」


現在、輪が持っている生体魔素アストマナのストックは仮に満タン状態を十とするのなら雷鳴魔術スパーク用の文字盤が一の針を指し示している。

つまり、必然的に練習するものは雷鳴魔術スパークしかなくなってくるのだが、わずかに電気らしきものが出るだけでは発動したと言えない。


「そうね・・・・・・。目を閉じた方が解り易いかしら。一旦、まぶたの裏の暗闇を意識する。そのまま意識を腕に持っていく感じって言えばいいのかしら」


「・・・・・・目を閉じて、と」


どうやら真剣に教えようとしてくれているらしいので、茶化さずに目を閉じて言われた通りにやってみる。

自分の中に身を沈めていくような感覚を経て、訓練棒を握り締めた腕へと意識を飛ばしていく。


今だ、と自分で咄嗟に思った瞬間に従って世界に干渉する呪文を紡ぐ。


「———雷鳴魔術スパーク第一式ワン


バチリ、と雷が弾ける音がした。


サラや舞に比べると明らかに雑ではあるが、しっかりと放電現象は表面を念入りに加工・強化された訓練棒に纏わりついていた。

舞のスペックの高さは知っていたつもりになっていたが、まさかこちらの魔術にまで順応して輪に教えられる程になるとは想定外だ。


「出来たじゃない、少し不格好だけど」


「ああ、助かった。お前って手先は器用なんだな」


「器用だったら友達くらい作ってるって言いたいのかしら」


折角、舞を見直しかけていたのに恒例のネガディブ発言により台無しだった。

それでも魔術の成功に少しばかり気分が高揚し始めていた時だ。


誰も近付いてこないと思っていたのに、一人の男が二人に近付いてくる。


髪はオレンジに近い茶色、容姿自体は端麗で高身長の二人と同じ年頃の男だが、その表情には悪意のようなものは見えなかった。

その男の接近で周囲からはざわめきに近い形で関心が寄せられる。


「なあ、ちょっといいか?そっちの・・・・・・男の方だ。そうそう、お前」


怪訝そうな顔をした輪と視線が合うとこくこくと頷く男。

そろーと輪の後ろにポジションを移す、人間慣れしていない舞は先程の頼りになる雰囲気はどこへ無くしてきたのか。


「喧嘩売りに来た・・・・・・って雰囲気じゃなさそうだな」


「いや、喧嘩売りに来たんだよ」


その剣呑さを感じさせない雰囲気に対して友好的に接しようとした輪だが、どこか掴み所のない笑顔で男は返す。

威嚇するだけの相手なら全く意に介す必要もなかったが、こういう掴めない男相手が最も苦手とする所だった。


喧嘩を売りに来たというからには、求められる手段は一つだろう。


「つまり、魔術でってことだろ?」


「そういうことだ。なーんか妙なんだよな、お前ら。隠してるって様子でもないのに普通じゃないっつーか」


「妙って言われても俺達は普通に生きてるつもりだ。それに初心者の俺とやってもそっちに得なんかないだろ」


「得って言うと、俺個人が楽しそうだからってだけかもな。まあ、タダとは言わねえさ。お前が勝てば魔術から何からの基礎を教えてやる。普通の魔導士ってだけなら諦めろ。付き合いも見所もない奴に、手を貸してやる義理はねーしな」


結局の所は挑んでくる理由もわからなかったが、要するに勝てばこの世界や魔導院の事を知ることができるということだ。

先程の周囲の反応を見るに一目置かれている男のようなので、付き合いを持っておいて損はないだろう。

問題は何を考えているのかわからないことと、勝てるかどうか。


完膚無きまでに負ければ周りの興味はほぼ消え失せるし、魔王絡みで協力を得ることも難しくなるだろう。


こちらにメリットしかないように見せて、男の方が優位な条件を提示してくる辺りは相当な食わせ者だと言える。


「俺に一撃当てればお前の勝ち、お前は倒れたら負けってことでいい。その代わり、全力でやると誓って貰うぜ」


「・・・・・・全力で、か」


出し惜しんでいたわけではなく、まだ生体魔素アストマナのストックも足りないので焔魔鋼双イフリートの具象化は出来ない。

何より、あれは周囲を人が囲む状態では危険だと身を以て察したはずだ。

サラからは動きの質を上げる魔術めいた怪しい技術は教わったものの、結局の所は動きのスタートダッシュの加速が上がる程度でしかない。


だが、輪は全てを承知していながら無言で訓練棒を手に取った。


「輪・・・・・・やるつもりなの?」


「ああ、ここは退けないだろ」


無論、勝てば大きなリターンを得ることができるのも受けることにした理由だ。


しかし、何よりも輪の力を完全に操れるようにしておくには腕に自信のありそうな目の前の男はうってつけの練習相手だ。

振るう敵がいなかった輪の現代魔術が軋みを上げて戦いを歓迎する。

内側には魔術を振るうことへの昂揚が無意識に満ちるが、それを頭を振って抑え込むと口を開いた。


「これって決闘って扱いになるんだよな。死人が出たらどうするんだ?」


「今のコロシアムには俺達への影響を軽減する魔術が発動してるし、さすがのここも死人はほぼ出ねーよ。それでも攻撃貰うと生体魔素アストマナ持ってかれるからな、かなりキツいぜ」


「・・・・・・わかった。それじゃ、始めようぜ。名前を言ってなかったな、逆無輪だ」


「アルク・レイザードだ。万が一にも負けたらよろしくな、輪」


要するに相手が死ぬことも大怪我をすることもないということだ。


ああ、それなら・・・・・・この熱に身を任せるのも良いだろう。

熱に身を預ければ己が持つ凶器への制御を失うという恐怖も今だけはなくなる。

男は通常より長く槍を意識したであろう訓練棒を取り、輪はそのまま剣程度の長さの訓練棒を取って対峙する。

どうやら、サラが口にしていた魔導器ロッドとやらは使わずに対等な条件で挑んでくるらしい。


雷鳴魔術スパーク第一式ワン


学んだ技術を使用して訓練棒を強化しておく。

だが、目の前の男は武装こそ合わせてきたものの容赦をする気はなさそうだった。


「———雷鳴魔術スパーク第三式スリー


第一式が武装強化、第二式が目の前で炸裂させるとサラからは聞いていた。

そして、第三式の効果は相手を見ればすぐにでも察することができる。

中空に舞うは雷のやじり、それが二つ同時に輪を狙って嘴を合わせてきているように見える。


第三式スリーは相手への直接攻撃、何とも解り易いことだ。


宣言通りに輪を試すかのように、破壊力を固めた鏃が放たれる。


―――だが、少なくとも輪は普通の魔導士ではない。


「・・・・・・やっぱり、普通じゃないな。お前はよ」


嬉しそうに笑みを浮かべるアルクを前に輪は辛うじて回避行動は取ったが、避け切れなかったはずの攻撃を全く受けることなく立っていた。

内側に意識を飛ばすと、それだけで一つ分と少しだけ針が進む。

所謂、生体魔素アストマナタンクが満タンにならない限りは輪に放たれた魔術はその威力を十分に発揮できない。


魔術を喰う魔術師、それが逆無輪という存在だった。

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