第14話:天才魔術師


「まあ、つまりだ。私の職務として、お前達がここについて理解する手伝いはしよう。躓けば時に助言もする。だが、手取り足取り教えてやると期待はするなと言っておく。ここに慣れるかもお前達次第だ」


何となく察してはいたことだが、ここは前の世界にあったような学校とは存在そのものが異なっているらしい。

教師は生徒の面倒を見るべきだ、それが前の世界にある倫理を反映した世論だ。


しかし、その義務は異世界では存在しない。


教官が行うのは、道を発見する意欲がある生徒への援助でしかないので何から何まで面倒を見ることはない。

ルールに従う限りは自由、ある意味でこれほど迷い易い道もない。


「……つまり、私達が教わるのは基本だけ。後は好きにしろと?」


舞は年上には耐性がある方なので、サラの時のように戸惑った様子は見せていなかった。


「そこまで薄情でもないさ。質問には答えるし、授業で必要なら個別に指導もしよう。ただ、漫然と授業を受けるだけなら苦労すると忠告しているつもりだ。特に二人は、な」


冷淡なまでに言い放つ教官を見ながら、輪はこういう意味ありげな発言をする人間しかここにはいないのかなどと不届きなことを考えている。

しかし、そこまで脅しをかけた女性教官はため息を吐いて少し表情を和らげた。


「と、まあ脅してしまったが……事情がある君達が生活で戸惑わないようにある程度のことは教えておく。改めて歓迎しよう」


どうやら、二人がこの世界で浮かないようにと配慮して最初から厳しい言葉をかけてくれていたらしい。

別に鞭でしばかれるわけではないのだろうし、どちらにせよ道を自分で切り拓くしかない二人にとってはこちらの方がいいのかしれない。


そう、考えていた輪は訪れた教室でその甘さを知ることになった。


二人が異世界から迷い込んだ人間だということは特に同じクラスに所属する人間達には発表されてしまっている。

未知とはロマンに成り得るが、それは自分に実際に被害を被らない場合だ。

例えばどんな世界にいたのか、過去、同じ人間かさえもわからない者と同じ空間で過ごせと言われたら、誰しもがそれを受け入れるわけじゃない。


人間の心理としては、むしろ関わり合いを避ける。


「……こういうのって転入生は休み時間に囲まれるもんじゃないのか?」


「人に囲まれたことがないから、どっちでもいいわ」


「……悲しいこと言うなよ」


現実ではそうも言えないが、異世界においてはまだ悪意を以って接してくる人間がいた方が楽だった。

関わり合いになろうとしない、そんな無関心が教室の中には満ちていた。

この環境の中で魔王を探し出さなければならないのかとため息が止まらない。


昨日の魔王からの手紙の内容を思い出す。


『私はここにいる 魔王』


まるで二人を挑発しているかのような内容で、人に紛れている魔王は二人のことを見ているのかもしれない。

学校の生徒か、関係者か、それともそれ以外の人間か。


「同じクラスで良かったわ。輪がいれば寂しくないもの」


「ああ、それには同意する」


昨晩にはっきりと輪を個人的に気に入っていると告げてから、何だかはっきりと好意を口にされているようで反応に困る。

席は自由のおかげで隣になれるのはいいが、授業で二人が分かれる時にはどうしたものかと今から頭が痛い。


そして、そんな中で二人の一日目が始まった。


何を言っているのかは言語的にわかるのだが、内容が新世界のものすぎて把握するのまでに時間がかかる。


例えば―――


魔術には炎熱魔術フレア氷結魔術ブリザード雷鳴魔術スパーク疾風魔術ゼフュロス浸食魔術ヴェーラが基本である。

ここまでは良い、文字盤にある色とも白黒以外は一致したので自分の力の理解は更に深まったと言えよう。


だが、問題は次からだ。


魔術とは生体魔素アストマナの流れを体感する近くを養い、術式に当て嵌め、コントロールすること。

理屈はわかるが、人間は『歩け』と言われれば歩く。

それは人間の行動に歩くという言葉が割り振られており、そこに脳内から電気信号が走って体が動くからだ。


生体魔素アストマナは元は人間の体が司るもの、その操作を記号化する為に名前と方式を唱えるそうだ。


―――イメージと言われてできるものか。


そもそも何をイメージすればいいのか、どうイメージすればいいのかの常識が輪にはない。

イメージだけで神秘を起こせるのなら、魔導士以外の人間を魔術を行使して世界は魔法大国になっているはずだ。

いきなり広いが簡単な設備しかない実習室に移動させられても何もできない。


「いきなり実習って言われても困るよな」


「・・・・・・こうだったかしら、炎熱魔術フレア第一式ワン


舞は特に気負いがあるでもない様子で、実習用に置かれた棒型兵装を手に取ると呪文を唱える。


ボウ、と小さな炎が灯る。


それは周囲の視線を集め、輪は呆然とその炎を眺めていた。


「いや、何で出来るんだよ!?」


「空間把握とかは得意だったし、それに比べればそこまで難しくもないから」


残念な点があるせいで忘れていた、この女は基本的にはハイスペックなのだ。

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